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第五話

「むふふ〜……!」


 ルベルはふかふかのベッドの上で、満足そうに寝転んでいた。

 凍りついていなくて固くないベッドなんて初めての経験だ。こんなに眠りを誘うものなんだなという、夢心地な感覚を味わう。


 現在、ティルトの別宅というある御屋敷にルベルはいた。静かな住宅街で一際目立つ大きな屋敷である。

 誰かが定期的に掃除をしているからか、中は清潔に保たれていた。


 ルベルが通されたのは、客間として使われていた一室。ベッドにタンスに鏡台と至ってシンプルな内装だが、居心地は最高だ。

 窓から差し込む夕刻の光が、木の床に反射していいアクセントとなっている。

 

 ティルトは屋敷に着くなり、用事があるからと出かけていった。先ほど呼び出されていたからそのことだろう。

 何に呼び出されたのか、きっと尋ねても答えてくれない。それにルベルは、他人のプライバシーに踏み込まない決断ができるくらいには、デリカシーを持っているつもりだ。


 出かける前、ティルトはルベルに魔法をかけてくれた。

 想定外の出来ごとで上下する気温は調整できないが、日常生活を送る程度なら安定させられるものだ。

 つまり、それのおかげで今ルベルはフカフカのベッドに体を沈めることができるのだった。


 包まれる気配に、目が重くなる。気がつけば、暗闇に沈んでいた。


──カチリ。


 音が耳につく。

 ティルトが帰ってきたのかなと、体をのそりと上げようとした。


 直後のことだった。体に重さが乗り、身動きが取れなくなる。何が起きたのか分からず、足をバタつかせる。


「大人しくしろ!」


 聞いたことのある声に、視線だけ上げた。


 ぶつかった男が、ルベルを見下ろしていた。体重をかけられ、右手をつかまれる。彼女の首元には、剣がつきつけられていた。

 刃が、薄皮を切る。白い肌に、血が一筋垂れた。


 ベッドのシーツに血の染みができあがる。


「たくよぉ! 俺たち冒険者たちが汗水流して働いているのに、お前みたいな女はこんな贅沢な家に住みやがって。どうせ、金持ちの家なんだろ!?」


──なんで、どうなってるの? 

 声を出そうとしたが、恐怖で喉の奥に言葉が貼り付いてしまう。過呼吸気味の切れ切れの声しか出ない。


「恨むんなら、ぶつかった自分を恨むんだな!」


 痛い、冷たい、怖い──助けて、その思いで目を固くつぶった。


「兄ィ! 腕が!」


 別の小男の声も響く。


「なんだこれ、凍りついて──」


 瞬間、すべての音が消えた。静寂に包みこまれて、何があったのか理解できない。


 ルベルが顔を上げると、部屋は凍り付いていた。男たち二人も、恐怖で顔を引き攣らせたまま固まっている。

 自分がやったのだと気がついたときには、心に暗い影が差し込む。



※※※※※※※※※※



 ティルトは凍りついた自分の屋敷を遠くから見て、静かに微笑む。


「うん、想定外」


 顎に指を置いて、少し考えるように目を動かした。


「想定外で済む話じゃないですよ……」


 静かにため息をつく銀髪ショートヘアの少女。彼女の耳は長く尖っていた。所謂、森に住むエルフという種族だ。

 彼女はギルドの職員と同じ服を着ている。


 エルフ──サシャ・ローグワットは、ギルドの副マスターを務める。この街でも五指に入るほどの剣術の達人だ。


「でも、制御はできたでしょ?」

「……“ギルドが所有している家”と“問題児二人”を犠牲にしましたけどね」

「彼女を安全に仲間にしていくには、必要経費だよ。あの氷の能力を自在に使えるようになれば、ルベルは英雄になれる」


 ティルトの言葉に、大きくサシャはため息を吐いた。


「一部の人からは、魔女は殺せと依頼がありましたが?」

「殺せると思うかい? 他の人が危険だからと何百年も孤独で生きて少女を? それこそ、“自分たちの都合でしかないよ”」

「偽善的ですね」


 その辛辣な言葉に、ティルトはただ微笑みを返すだけだった。


「しかし、それこそが“ギルドマスター”たる器なんでしょうね?」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

「勝手に受け取らないでください。私はこれでも怒ってるんです」


 サシャの銀髪が揺れる。睨みをきかせる彼女からティルトは口笛を吹くように目をそらした。

 後頭部に両手を当てて、自分は関係ないと言うように振る舞う。


「……本当に彼女を怖い目に遭わせる必要はありましたか?」


 彼女の問いにティルトは、目を見据えて言う。


「あったね」


 淀みなく、ハッキリと。


「彼女の危険性をまず最初に示しておかないと、どうやって制御するか分からないままだ。そんな、霧の中を進むようなことをするほうが危険だよ」

「……しかし、いえ」


 何か言いたそうにしていたが、サシャは言葉を区切る。

 背筋を伸ばしたまま、大きくため息をつく。


「被害はギルド職員の結界で、屋敷一戸に抑え込みました。街への人的被害はありません。ただ、騒ぎにはなるでしょうね」

「うん、君はそれでいいんだよ」


 満足そうな彼を、サシャは睨見つけるだけであった。

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