第三話
ルベルは目を輝かせた。城壁の外からの景色も圧巻だったが、中の景色はもっとすごい。
多くの人たちが暮らし、過ごし、生きている。
そして何より──凍らない!
ティルトに連れられてやってきたのは、この国で一番大きな街だという。彼が飛んで運んでくれたため、そんなに時間がかからずに済んだ。
着陸直後は酔ってしまって気分が悪くなったけど、街の景色を見たら吹き飛ぶ。
人には様々な種族がいる。本で読んだことはあるが、目で見るのは初めてでとても感動する。
標準の人間。尻尾と耳が特徴的な獣人。鱗の肌に水かきが発達してるリザードマン。背が小さいドワーフや逆に人よりも数倍大きいギガントなんかもいる。
数こそ少ないが、ティルトのような竜族もちらほらと見えた。
「ティルトさん、人がいっぱいです!」
その場で飛び跳ねるようにルベルがはしゃぐ。彼女の靴のあとに沿うように、地面が凍りつく。しかし、すぐに溶けていった。
「まずは、ギルドに行かないとだね」
「……ギルドってなんですか?」
彼女にとって、“人間生活の常識でさえ”未知だった。
「まぁ、この街での暮らす許可をくれる場所だよ」
そう言われたところで、ルベルの頭の上にはハテナが浮かぶばかりであった。
その様子に、ティルトは微笑む。
「まぁ、ついてくればわかるさ」
「は、はい!」
彼の横を送れないように、ルベルは一生懸命ついていく。
街を歩いていると、思った以上に人の多さで目が回る。人のすき間を縫って歩くのがこれほど難しいものだとは思わなかった。
そんな彼女の手をティルトがそっと握ってくれる。
思わぬことに心臓が飛び上がる。肩が跳ね、躓いた。
「ってぇなぁ」
突っ込んだのは、一人の体つきの良い男の胸元。彼はこちらを睨見つけるように見下ろしている。
「兄ィ! 大丈夫ですか!?」
ルベルが謝ろうとすると、別の声が割り込んでくる。男の後ろにいた痩せぎすの小男だった。彼はルベルがぶつかった箇所を見ると、素っ頓狂な声を上げた。
「あ、兄ィの服が凍ってますぜ!?」
「な、何ぃ!? なんじゃこれは!」
二人の大きな声が段々と聴衆を集めていく。街人たちの視線にさらされて、ルベルは縮こまってしまった。
謝りそびれて、何も言えなくなっていく。ただ、アワアワと口を震えさせるだけだった。
過呼吸気味のか細い空気が、喉の奥から漏れる。彼女の目には涙がたまっていく。
ルベルの身体からは小さく冷気が漏れている。彼女の呼吸に反応して、周りの空気が凍りついた。
「おい、お前! この服どうしてくれんだよ! この氷なんだよ!?」
「え、えと……」
「ちょっとごめんね?」
何も言えなくなっていると、ティルトが男の肩を掴む。
笑顔のまま、ただ見据えていた。
「なんだガキ!? お前にかまっている暇なんてないんだよ!」
「うーん。お兄さん、そんなに怒ると寿命縮むよ? 特に人間の寿命は短いんだからさ」
「何を偉そうに……っ!」
彼の顔が歪む。ギリギリと何かが軋むような音が聞こえた。
ティルトが何かをしているのだろうが、ルベルにはわからない。
「それにお兄さんの服、大丈夫みたいだしさ? ここは、お互い穏便に済ませようよ」
「あ、あぁ……わかった」
その言葉を聞くと、ティルトは彼の肩から手を離した。男は逃げるように足早く立ち去っていく。
「ま、待ってください! 兄ィ!」
その後ろを、小男が小走りでついて行った。
「あ、あのありがとうございます」
深々と頭を下げ始めたルベルを、危ないからと言ってティルトが引き寄せた。距離が急に近くなり、頬を紅潮させる。
「で、でも……私がぶつかったのにあの人たちには悪いことをしたかもそれません」
ティルトと距離を取りつつ、ルベルは姿勢を正す。
「君は優しいね。でも、心配いらないよ、あれはわざとだからさ」
「……わざと?」
「当たり屋だね。凍りついたのは予想外だったらしいけど」
ティルトは男たちの消えた方向を見ながら、顎に手を当てている。
口元にはいつものほほ笑みがある。しかし、目は笑っていなかった。
「僕、あんまり騒ぎを起こすなって言われてるんだけどね。……君が怒られてると我慢できなくなっちゃった」
「えっと、あの……?」
「なんでもないよ。今度こそ、ギルドに行こうか」
ルベルは首を傾げるが、ティルトの差し出された手をおずおずと握り返した。
先導するように歩く彼は、今度はルベルが躓かないように気をつけながら歩いてくれる。時たま視線が合うと、ニコリと返してくれた。
なんだかそのやり取りが気恥ずかしく思えて、ルベルはまた少し俯いてしまった。




