第二話
「あの、寒くないんですか」
ルベルは風で揺れるティルトのボロボロの服を見て、尋ねた。
彼女の後ろをついてくる竜族は、笑顔のままだ。
「平気平気。これでも、寒さにはすっごい強いんだ」
そういうティルトの歩みに合わせて、雪が溶けている。なるほど、説得力がある。
「にしても、このあたりは雪ばっかりだね?」
「そうですね。……大体私のせいですけど」
少し表情が暗くなるルベルに、ティルトが後ろから覗き込む。急なことで小さく悲鳴を上げて、そのまま尻もちをつく。
抱えていた籠は、何とかひっくり返さなかった。
「ごめんね、驚かすつもりはなかったんだ」
手を差し伸ばしてくる。その手を掴むのを無意識に躊躇してしまった。
──触れれば凍らしてしまう……。染み付いてしまった恐れが、頭をよぎる。
そんなルベルの心内を読んだのか、引っ込みかけた手をティルトが掴む。
「なるほどなるほど、ルベルは“氷の魔女”と呼ばれてる人間だね?」
「……その呼び方は初めて聞きましたけど、多分合ってると思います」
ルベルの顔に苦笑がにじむ。人々に嫌われるのにはもう慣れてしまった。
彼女自身も、自分の意思とは関係なく人を凍らせてしまう体質を疎んでいる。だから、人に近寄らないで過ごしていた。
そんな彼女の悩みを吹き飛ばすように、ティルトは大きく笑う。
「氷の魔女は何でも氷漬けにしてしまうというから、僕がその氷を溶かしてやろうと思ったけどね。けれど──ただの女の子じゃないか」
どこがおかしいのか、目に滲んだ涙を拭いながら笑い続ける。
「……私、変なこと言いました?」
「あーいや、ごめんごめん。僕が早とちりしたってだけの話さ」
彼は誤魔化すように頬をかいてから、はにかむ。
「それに、思ったより君が可愛くてさ」
その言葉を聞いて、ルベルの顔は真っ赤になった。体温は変わらないのに、空気が熱く感じる。
そんな彼女の思考を遮るように、またティルトのお腹が鳴る。
「やぁ、ごめん! また鳴っちゃった!」
そのどこか緩い言葉に、力が抜けるようにルベルはクスリと笑う。
すると、ティルトはこちらをじーっと見つめてくる。
思わず顔をそらしてしまった。
「笑ってたほうがもっと可愛いよ」
その言葉に、ルベルはまた赤くなった。
そんな彼女の様子に、ティルトは気にすることもなく、先に進む。
置いていかれまいと小走りで追いつき──道案内を再開するのであった。
※※※※※※※※※※
「氷でできてる家なんて始めてみたよ」
ティルトはルベルの家を見上げながら、感嘆の言葉を漏らす。
「何でも凍らせちゃうので……」
また悲しそうな顔をすると、ティルトが頬を摘む。そして彼女のことを無理矢理笑わせた。
「は、はにすふんでふか!?」
「言ったろ? 笑ったほうが可愛いって」
頬を放したティルトは、楽しそうにしながら家の中に入っていく。
その後ろ姿を、ルベルはヒリヒリと痛む頬を抑えながら見つめた。
家の中は、彼女が言った通り氷漬けになっている。椅子の脚とかは固定されて動かすことができない。それでも彼女は、生活に必要なものは工夫をして使っていた。
本はページごとに分けて置いてある。料理をするときは大抵凍っても問題ないものを使う。ベッドに入るときは、凍って少し固い毛布で寝る。そうやって長年生きてきていた。
ティルトの足元を見ると、氷が溶け出してなかった。さっきまでは、足跡をつけるように焦げていたのにだ。
ルベルの驚いた視線に気がつくと、彼は足を上げながら笑う。
「炎は調整できるんだよ」
「……調整?」
「うん、必要ないところまで燃やしちゃうと、怖がられるだろ?」
それでも、たまに失敗するときはあるけどねと彼は苦笑いをする。
ルベルの胸の中に、ポツリとある仮説が波紋のように広がった。
──……炎を調整していた。じゃあ、私の氷も……?
正反対の仮説だけども、もしかしたらとティルトの手を取った。
「どうしたんだい?」
微笑むティルトと目を合わせる。
「私と付き合ってください!」
瞬間、周囲の温度が一気に上がり、床や壁を溶かす。
その反応を見て、自分がなんてことを口走ってしまったのかとアワアワと真っ赤になる。
「ち、違うんです……! 私に制御する方法を教えてほしかった……んです……」
尻すぼみになっていく言葉を受けて、「あぁ、そういうこと」とティルトは頬をかいた。
「ごめんごめん……。あんまりにも直球過ぎて、君の家を少し溶かせてしまったよ……」
「だ、大丈夫です……私が悪いんです……はうぅ」
目を回しながら俯くルベルの頭に、ティルトの手が乗る。青い彼女の髪が溶けるような錯覚を受けた。
優しい手つきに、ゆっくりと顔を上げる。
「できると思うよ」
その言葉は、長年の孤独を溶かすような気がした。
「でも、ここにずっと閉じこもったままじゃできないだろうね」
「……じゃあどうすれば?」
「街に行こう」
街に……行く?
その言葉が頭を駆け巡り、首を勢いよく振る。
「む、ムリです! 街に行ったら、全部凍らせちゃう」
「大丈夫、そのために僕もついていくさ」
「で、でも……」
渋る彼女に、ティルトは溶けた床部分を指差した。
「見てごらん? 君の氷、ずっと戻ってないよ」
確かに、いつもならすぐに凍り始める。
「だから、凍らないように最初は僕が調整役になってあげる」
「……それなら」
彼女は一歩、ティルトに近寄った。
「お願いしますね」
竜族は承ったとわざと仰々しく答えた。直後、またしても大きな腹の音が鳴る。
「ごめん、先にご飯をくれないかな?」
そんなティルトの様子に、ルベルは苦笑した。




