第一話
ルベル・スノウは人間を知らない。
青いカールボブの髪に澄んだ青い人懐っこそうな瞳。白い肌を持ち、幼い肢体は線が細い。
雪原を歩く彼女は、一目見た者なら雪の妖精だと思うだろう。それほど愛らしい見た目をしている。しかし、地元の人は誰も彼女に近寄らない。
理由は単純だ。ルベルに触れれば凍りつき、永眠させられると言噂されている。
その証拠とでもいうように、抱えている籠は白く凍りついている。彼女の足跡に沿って、氷が張られていた。
彼女の吐く息は白くならず、代わりに氷の礫が光にを受けてきらめく。
数百年も生きている彼女は、いつの間にか氷の魔女と呼ばれるようになっていた。しかし、彼女はその呼び名を知らない。
一帯は彼女の影響で白い雪に覆われている。彼女の放つ冷気が、この地域全体の空気を下げている。
それでも生物は逞しい。植物は環境に適応して、新たな生態系を作っていた。
白い幹に赤い実がポツリと灯っている。この地帯で採れる“雪リンゴ”だ。
彼女は背伸びをしながら、丁寧に一つずつ採っていく。
手に取るとすぐに凍りついてしまうが、彼女には見慣れた光景だ。籠に入れると、また次へ手を伸ばす。
四つほど採った、そのときだった。ふと、頬をかすめる温かさがあった。一瞬、凍っていた彼女の毛先が溶ける。
何事かと周囲を見回した。
「……あ」
か細く、澄んだ声を漏らす。見上げた彼女の視線の先には、人影が一つ落ちてくるのだ。
空から人? と、一瞬首を傾げる。しかし、大きな音と巻き上がる雪煙に、彼女の心臓が一瞬にして飛び跳ねた。
大変だ──もしかしたら、落ちた人は死んでしまったかもしれない。どうしようかとワタワタと手を動かしてから、取り敢えず無事を確認しようと走り出した。
残る彼女の小さな足跡は、雪に巻き上げられて消える。
人が落ちたところに向かうと、雪が円状になくなっていた。地面から生えた“雪草”が溶けるように黒く変色している。
真ん中に横たわっているのは、服が焦げた幼い人影だった。
顔は中性的で男か女かはわからない。赤い髪は鮮やかに太陽の光を反射している。
耳は尖り、頭には黒い角が生えている。
──竜族。
そういう種族がいるというのは、本で読んだことはある。ただ、本物を見たのは初めてだ。
近づこうとして、戸惑った。凍らせてしまうと思ったからだ。しかし、このまま放っておくこともできない。
ルベルは恐る恐ると手を伸ばす。指先に、まるで生き物の鼓動のような熱さが滾った。
近づいても空気が凍らない。草も白くならない。こんなことは初めてで、レベルの胸は高鳴った。
足を一歩近づけた。熱さが体を包みこんでいく。
ふわりと、彼女の髪が揺れた。
肌に触れる熱さという感覚を初めて知ったようで──ルベルは、噛みしめるように立ち尽くす。
思考の波に飲まれそうになって、慌てて頭を振った。
──この人は凍らない!
なぜかはわからない──けれど、ルベルはそう確信を持てた。駆け寄り、屈み、竜族の肩を揺らす。
「大丈夫ですか?」
少し控えめに、声をかける。
凍ってしまわないか心配だったが、彼女が触れても大丈夫だった。
安堵の息をついてから、ルベルはさらに強く肩を揺らす。
「……ん」
小さく呼吸を続けていた竜族は、目をうっすらと開けた。赤色の燃えたぎるような瞳は、吸い込まれそうなほど美しかった。少し細長い瞳孔は異質だ。
起き上がると──竜族は大きく伸びをした。
「ふわぁ、眠ってた」
「……え、えぇ?」
「んあ? おはよう、ありがとう起こしてくれて」
とんでもない一言に、ルベルは混乱する。
眠ってた? 空中で? そして、落下した?
地面に叩きつけられたように見えるけど、笑顔を見るとどうやらへっちゃらのようだ。
快活そうに笑い、ギザギザの歯が見えた。
「僕はティルト。君は?」
「え、えっと……ルベルです」
「ルベルか。ごめんね、急にびっくりしたよね」
ティルトは頭を掻きながら、恥ずかしそうに目を細める。
「あ、あの本当に大丈夫ですか?」
「ん? 大丈夫大丈夫。僕、頑丈さだけが取りえだからさ。あ、でももしよかったら、家にお邪魔させてもらってもいいかな?」
「ふぇ……!?」
急な提案に声が裏返る。
そんなルベルに返答するかのように、大きく吸い込まれそうな少し揺れるような低い音が鳴った。聞いたことのない音に、彼女は辺りを見回して音の出どころを探る。
そんなとき、ティルトは「たっはー!」と笑う。
「お腹がすいちゃってさ。ほら、すっごい音が鳴っただろ?」
「……あなたのお腹の音だったんですか!?」
「うん。だから、ルベルお願い! ご飯何かくれないかな? お礼はするから」
言われ、迷い、しかし放ってはおけないと小さく頷く。
「……私の家でよかったら」
「やったー、助かるよ! ありがとうルベル!」
ティルトが手を握ってきた。高い竜族の体温にドギマギする。
手がしっかりと触れ合ってるのに相手が凍りつかないことに気がついたのは、少し遅れてからだった。
「ルベルの手って冷たいんだね」
いたずらっ子のような笑みを見せたまま、ティルトはそう言った。




