表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/27

2-08 ランナウェイ・ボーイ ~四人が死に、やがて一人が生まれた。そして時は流れ……~

 心筋梗塞で母が急逝した、とある平凡な会社員。

 葬儀を終え相続の手続きを進める中、生前に語られる事のなかった母の過去を、彼は知った。母の結婚は二度目で、初婚では前夫と息子を亡くしていたのである。

 異父兄の墓前に母の死を報告しようと思った彼は、先方の遺族の所在を求めて調べ始める。その過程で新たに知ったのは、悲惨な鉄道事故だった。

 異父兄を含めた三名の死者。そして前夫の死も、それに伴う二次被害だという。

 彼はさらなる真相を求め、発生当時に事故を取材した記者との接触を図るのだが……

 母が急死した。享年七三歳。突然の心筋梗塞で、救急車で病院に搬送された物の、結局助からなかった。まだ早い様に思うが、これも寿命と考えるしかない。先に逝った父の元に行けた事を願うばかりだ。

 葬儀と初七日の法要を終えて落ち着いたところで、相続の手続きの為に戸籍謄本をとると、驚くべき事が判明した。

 母の結婚は二度目で、初婚の相手とは死別していた。また、前夫と死別する少し前に、長男…… 僕から見れば異父兄も亡くしていた様である。

 母方の祖父母は、僕が生まれる前に亡くなっており、他に交流のある母方の親類もいないので、その辺りの話を聞く機会は全くなかった。

 異父兄は、四〇年前、一〇歳で亡くなった。そして前夫は、その二ヶ月後、後を追う様に亡くなっている。

 前夫との死別後、母は旧姓に戻し、今の家がある埼玉に転居。父と出会い再婚し、僕が生まれたという流れの様だ。僕の手前、話題を避けていたのかも知れないが、成人した折にでも、そういった事情は話しておいて欲しかった。

 異父兄が眠っているのは、前夫側の実家の墓だろうか。母が亡くなった事を、墓前に報告なりしたいと思ったのだが、前夫側の戸籍をさらに遡って閲覧し、連絡先をたどる事は難しい様だ。

 前夫の係累から見れば、僕は全くの他人である以上、仕方がない。



 異父兄の手がかりとなりそうな物があるかもと思いながら、地道に母の遺品を整理する毎日だったのだが、それらしい物は全く見つからない。

 十日ほどして、母の愛読していた小説類の書棚に、背表紙に何も書かれていない古びた冊子がある事に気付き、開いてみるとこれが当たりだった。

 隠してあった訳ではないらしいが、存外と気付かない物である。

 新聞や雑誌の切り抜きを集めて貼り付けてある、いわゆるスクラップブックだったのだが、異父兄の死因となった、ある鉄道事故に関連した記事が集められていた。

 現場は遮断機のない簡易な踏切で、異父兄達は接近する列車に気付かず、追いかけっこをしながら侵入。内一人が転び、残りの二人が助け起こそうとしたが、列車のブレーキが間に合わず跳ねられてしまったというのが、事故の一部始終だ。三人はいずれも即死だったという。

 ここまでなら一昔前であれば、たまにありそうな事故だ。しかし、話には続きがあった。

 列車の運転士は偶然にも、鉄道会社に勤務していた異父兄の父親…… つまり、母の前夫だったのである。

 遺族であると同時に、鉄道会社側の事故当事者ともなってしまった事で、前夫の悲嘆と苦悩は計り知れなかっただろう。だが、事態はさらに悪化する。

 走っていたのは四人で、先頭の一人は踏切を渡りきって無事だった。彼の証言から、死んだ三人からは、普段から殴る蹴るの暴力や、金品の恐喝を受けるなどしていた事が判明した。

 事故時は下校中で、彼は三人分の荷物を持たされていた。しかし急に嫌気がさし、持たされていた荷物を放り出して逃走したという。当初は〝追いかけっこ〟と報じられていたが、激高した三人が追いかけていたというのが、正確な状況であった様だ。

 学校側はいじめを否定したが、取材に応じた同級生や近隣の住民が、次々に証言する事で、それが裏付けられた。

 結果、三人が死んだのも、内一人の父親が跳ねた列車の運転士だったのも、いわば因果応報であるという風評が地域で広まり、遺族達は同情されるどころか批難の矢面に立たされてしまった。

 特に、いじめを主導していたのは異父兄だったという事で、母と前夫は、世論だけでなく、残る二人の遺族からも責め立てられる事になった。

 異父兄の死から二ヶ月後、前夫は精神を病み自殺した。

 スクラップ記事で確認出来るのはここまでだが、恐らく母は、前夫を葬った後、逃げる様に引っ越して来たのではないか。

 切り抜きには、元となった掲載媒体と発行日のメモ書きも添えられていた。主には新聞だが、いじめ関連についての詳報は、雑誌が多い。

 速報性を重んじる新聞と、個別の事件を深掘りする雑誌との、メディアとしての性格の違いから来る物だろう。

 新聞の方は、事故が発生した地域の地方紙だった。雑誌の方はいわゆる女性週刊誌である。壮年以上の女性が主要読者なので、子供のいじめが関わる死亡事故は、記事として扱う価値があったと思われる。

 誌名で検索すると、発行元は何と、僕が務めている出版社だ。ただ、休刊して既に二〇年という事もあり、僕はその女性週刊誌を知らなかった。

 後継誌とされている雑誌の方は知っているが、キャリア女子向けに特化した内容である。前身誌は、主に家庭の主婦を対象としていたのだが、休刊・リニューアルは時代の流れだろう。

 ともあれ、手がかりが一つ出来た。僕は総務部経理課の所属で、出版の現場とは部門が違うのだが、一応は同じ会社で本社勤務だ。

 うまくすれば、当時の取材資料とか、担当者をあたれるかも知れない。切り抜きは、担当者の氏名が記載されている署名記事だから、個人は既に特定出来ている。

 問題は、四〇年という時間の経過だ。社員であっても定年退職している筈だし、フリーランスだった可能性もある。連絡がつくかどうか、事件内容を覚えているか、そもそも存命なのか。

 まずは、出来る事からやってみようと思った。



 職場での昼休みに、自分の机でパンをかじりながら、PCで社内データを検索してみた。

 担当者は一〇年前に定年退職していて、現在は七〇歳。最終役職は出版部門編集局長で、現在も役員として在職中の常務とは、同期入社である。

 例の記事は女性雑誌の物だが、この人が手がけた仕事は、ドキュメント・ルポ単行本の編集が多い。


「熱心に調べてるね。……もしかして、使途不明金の疑いとか?」


 振り返ると、課長がディスプレイの画面をのぞき込んでいた。経理部門なだけに、調べ物となれば、真っ先に浮かぶのは、不明瞭な経費についてである。


「あ、いえ、そういうのではなく、個人的な興味で。僕の入社前に定年を迎えられた様ですが、色々と興味深いお仕事をされている方だなと」


 身内が関わった事故の取材担当者だったという事情は伏せ、当たり障りない答えをしておいた。藪蛇で、事故について再取材でもされたら面倒である。


「うん。ご本人から直接、色々と伺ってるよ。元々は新聞記者志望で、本命の採用試験に落っこちて、うちに来たってさ。ある大きな事故で、背後関係をスクープしてね。それをきっかけに、雑誌記者から単行本編集に転じたそうだよ」


 課長もよく知っている人の様だ。まあ、経理部門は社内の全部門・全社員に関わる訳なので、元編集局長とつながりがあっても当然だろう。


「大きな事故って、もしかして、列車に子供が三人跳ねられて、運転士がその内の一人の父親だったっていう、四〇年前の鉄道事故ですか?」

「そう、それ。よく知ってるねえ…… あの事故、発生の半年後位からタブー視されててね。過去の大事故の特集とか、TVで時々あるけど、まず扱われないんだよ」


 あの事故が、現在ではそんな扱いになっていたとは思わなかったが、二次被害の事があるので、意外には感じられなかった。


「その記事をたまたま、家にあった古雑誌で見つけて。うちの出版物だったので、どんな人が記事を書いたのかなと。タブーになったのは、運転士が自ら命を絶ったから、ですか」

「そう。今で言うメディアスクラムに、うちの記事が火を付けた結果じゃないかって事でね。雑誌記者から異動したのも、左遷の意味合いが強かったっておっしゃられてたね。自分で取材して記事を書けなくなったって、かなり苦痛だったみたい」


 文章は人命を奪う事もある。出版社の人間なら、肝に銘じておかなければならない事だ。その上で、どこまでやるかの線引きは、人それぞれである。

 スクープを世に送り出した代償として、記者として活動出来なくなったというのは、相当に辛かっただろう。同業他社へ転職しようにも、問題となったのは署名記事なので、それが障害となる事は容易に察せられる。


「まあ、担当した本のヒット率は高くて、編集やプロデュースの才能もピカイチだったし。五〇代頃には役員昇進の話も出てたんだけど、当時の経営陣には、昔の経緯を問題視する人もいて流れちゃってね。最終的に、局長で上がりって訳」

「引退して、今頃は悠々自適って感じですか」

「いや。フリーとして、我が社の本の編集は続けてるよ。当人は役員になるより、現役を続行したかったみたいだし。さすがに正社員時代よりはペースが落ちてるけど、ルポライターが担当編集者として指名してくる事が多いんだ」

「なら、お話を伺える機会があるかも知れませんね」


 現役編集者なら、連絡が可能そうではある。ただ問題は、編集畑でない僕が、どうやって知己を得るかだ。

 事情を明かせば、紹介してもらえるかも知れないが、事故のその後について再取材されるリスクもある。


「ファンになっちゃった? まあ、本社には時々顔を出してるから、タイミングが合えば紹介してあげるよ」

「ありがとうございます!」


 課長はあっさりと、こちらから切り出すまでもなく、紹介を申し出てくれた。

 出版社に出入りする著名人は多いのだが、業務上関係ない社員が個人的に興味を持ったからと言って、簡単に紹介して貰える訳ではない。

 今回の場合、相手が会社のOB、かつ編集者という裏方である事から、課長も融通を利かせてくれるつもりになったのだろう。

 エース編集者でありながら、過去のいきさつで、本来の業績に見合った処遇を受けられなかった人である。その様な人へ興味を持った事に、好感を持たれたのかも知れない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第26回書き出し祭り 第2会場の投票はこちらから ▼▼▼ 
投票は2026/01/10(土)18:00まで!
表紙絵
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ