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2-05 できそこないの巫女は狂犬辺境伯に愛される

瘴気しょうきが蔓延し魔物災害が拡大する王国。中央聖教会で“できそこない”と冷遇されてきた巫女マリエラは、聖女の出現により居場所を完全に失う。


命じられたのは、「狂犬」と恐れられるアルバート辺境伯への厄介払いの輿入れだった。魔境と呼ばれる地で生き延びる平穏など望めないと諦めていたマリエラ。しかし、迎えに来た辺境伯領の者たちは驚くほど優しく、辺境伯自身も噂とは異なっていた。


王都で凍りついた心が少しずつ解け、彼に惹かれていくマリエラだが、彼女は誰にも打ち明けられない重大な秘密を抱えていて――

 異世界より聖女が現れた。


 その(しら)せに、国中が歓喜した。聖女降誕祭だなんだと王都中が沸き立つ最中(さなか)、マリエラは大司教に呼び出されていた。


 王都の一等区に位置する中央聖教会。

 そこで暮らし、祈りを捧げる日々を送る一介の巫女であるマリエラにとって、大司教からの呼び出しなど滅多にあることではない。

 できそこないと呼ばれる自分には、特に。


 案内役の巫女に先導され、一目で高値と分かる調度品が並ぶ廊下を歩く。質素倹約(しっそけんやく)(うた)う巫女の生活エリアとは全く異なる景色に、自然と身体が強張(こわば)った。


「失礼します。マリエラをお連れしました」

「入れ」


 繊細な彫刻の(ほどこ)された木製の扉が開かれると、難しい顔をした大司教と目が合う。

 ギシ、と音を立てて革張りの椅子から立ち上がった大司教は、手元の資料に一瞬視線を落とした後、低い声で言った。


「マリエラ。お前の輿入(こしい)れが決まった。相手はアルバート=シャリブレ辺境伯だ」

「輿入れ……ですか」

「そうだ。魔物を(ほふ)ることしか脳のない狂犬が、聖女が現れたのだから巫女を寄越せと(うるさ)くてな」

「承知いたしました。ですが、その……私でいいのでしょうか」


 片方の眉を上げた大司教が、フンと鼻を鳴らす。


「巫女としか言われておらんからな。二週間と経たずに迎えが来るだろう。それまでに支度を整えておけ。婚姻に際して必要なものは全て先方が用意するそうだ」

「はい」

「ああ、部屋に戻る前に司祭の元へ行け。余計なことを喋らぬよう誓約を結んでもらう」

「承知いたしました。失礼いたします」


 深く礼をし、顔を上げた時にはもう目も合わなかった。マリエラは静かに退室し、言われた通り司祭の元へと向かった。


 祭殿で祈りを捧げる司祭に話しかけると、控え室へと促される。

 机の上に出された宣誓書は清められており、既に教皇様の名が刻まれていた。

 いつもと変わらぬ笑顔を浮かべたまま、司祭が言う。


「聖教会の内情に関することは全て他言無用です。分かりますね?」

「はい、司祭様」

「よろしい。ではこちらに名前と血判を」


 慣れない手付きで自分の名を記したマリエラは、左手を司祭へと差し出した。司祭は懐から取り出した針で親指の腹を傷付け、滲み出た血が宣誓書へとマリエラの指紋を残す。


「結構です。何か引き継いでおくことはありますか?」

「いえ、問題ないかと存じます」

「分かりました。神のご加護を」

「神のご加護を」


 自室へと戻るマリエラを、周囲からの視線が突き刺す。案内役の巫女が話を盗み聞いていたのだろう。できそこないと狂犬との婚姻など、巫女たちにとって恰好の話題だ。


「神聖力も上手く使えない巫女なんて、処分にも困るものね」

「あちらは魔物だらけなのでしょう?」

「辺境伯様にお目通りする前に殺されてしまうのではないかしら」


 悪意と好奇の入り混じった重い空気の中、マリエラは反応しないように口を固く結んだ。


「おめでとうマリエラ」

「シ、シルフィア様……」


 そんなマリエラの行く先を塞ぐように、金の髪を綺麗に編み上げた美しい少女が立った。巫女の中でも五本の指に入るほど浄化の力が強いシルフィアは、マリエラを自分の侍女のように使っていた。


「アルバート辺境伯様の元へ輿入れですって? あの方のお噂は王都にまで届いておいでよ。来る日も来る日も魔物を八つ裂きにし、返り血で真っ赤に染まって落ちないのですって。魔物を殺す力を得るために魔物の生き血を(すす)るってお噂もあるわ。王都を追われた狂人の魔術師も抱えているそうだし、魔物よりもよっぽど恐ろしいわね」


 ああ怖い、と身震いしてみせるシルフィアの目は笑っている。マリエラは愛想笑いを浮かべ、彼女に同調した。


「聖教会に迷惑をかけることだけはしないでよね」

「はい、神に誓って」


 去っていくシルフィアの後ろ姿が見えなくなるまで頭を下げ続け、マリエラは小さく息を吐いた。

 ここにいるのと、辺境伯の元へ行くのと、どちらが恐ろしいことなのかマリエラには分からなかった。

 どこであろうと心は休まらないのだろうと、そう思っていた。


 エリュシャイル王国は先代の聖女が身罷(みまか)られてから百年以上も聖女が不在であり、魔物の被害は拡大の一途を辿っている。


 シャリブレ辺境伯の治める領地は特に魔物の出現率が高く、また高位の魔物も確認される魔境だ。今まで何人もの巫女が派遣されたが、みな恐怖のあまり瘴気を浄化することもできず帰還した。

 土地も()せ細り、王家はかの地を見放したとの話も聞いたことがある。


 そんな場所に輿入れして、生きていけるのだろうか。


 聖女の出現により、世の中はよくなっていくと誰もが信じている。

 辺境の地も、救われるのだろうか。


 何も分からないまま、迎えの日はやってきた。


◇◆


 馬が二頭繋がれた小ぶりの馬車と、二人の騎士に一人の侍女。


「マリエラ様をお迎えにあがりました。私はエリク、こちらがジャイルとハンナです」


 お手伝いしますとマリエラの足元にあるトランクを持ったハンナは、一瞬考えるようなそぶりを見せた。それから優しげな微笑みを浮かべ、マリエラに尋ねる。


「お荷物はこれだけですか?」

「はい、そうです。よろしくお願いいたします」

「承知しました。敬語はお使いにならないで結構ですよ。私たちはマリエラ様にお仕えする立場ですので」


 そうは言われても、すぐには無理だと思った。マリエラの出立を見に来た巫女たちの視線が背中に刺さったまま。緊張は、解けそうにない。


 エリクに支えられて馬車に乗り込むと、後からハンナも入ってきて扉を閉めた。

 騎士の二人は外に座るようで、鞭を鳴らす音がしてすぐ馬車がゆっくり動き出した。


「シャリブレ領のことはご存知ですか?」

「あ、少しは……」

「楽しいところとは言えませんが、奥様のことはこの命に変えてもお守りしますのでご安心くださいね!」

「命……、その、やはり魔物がたくさんいるのですよね」


 怖いことをさらりと言わないでほしい。

 マリエラは震えを隠すように自分の腕を抱いた。


「はい。ですが居住区画には大規模な結界を張っていますし、奥様のお住まいになる城は特に守りを固めていますから滅多なことは起こらないと思います」

「あの、奥様というの、やめてもらうことってできますか。その、まだ実感がなさすぎて……自分のことと思えず……」

「あ、そうですよね! いきなり言われてもですよね。ではマリエラ様と呼びますね。私のことはハンナと」

「ありがとうござ……、ありがとう、ハンナ」


 あ、と思って言い直したマリエラに、ハンナの笑みが深くなる。

 馬車の中の空気が軽くなり、二人はそれからとりとめもなく会話を続けた。


 途中何度も休憩を挟み、宿屋の部屋も食事も気を使われ、マリエラはその度に恐縮して礼を言った。それでも日が経つ(ごと)に慣れ始め、緊張もかなり(ほぐ)れていった。


 最後の宿を出てしばらく走った頃、周囲の空気が一気に重たくなった気がして顔を上げる。そんなマリエラを安心させるように、ハンナが手を握った。外からエリクの声がする。


「マリエラ様、シャリブレ領に入りましたので魔物避けの香を()かせていただきます。少し癖のある匂いがしますので、ご気分が悪くなられたらすぐにおっしゃってください」

「分かりました。ありがとう」


 鼻がツンとするような、少しの刺激を感じる匂いだった。確かにいい匂いではないが、気分が悪くなるほどではない。ハンナに大丈夫だと頷くと、安心したように微笑まれた。


 ガタガタと馬車が揺れ始め、姿勢を保つことが難しくなる。椅子に伏せるように言われて従うと、揺れはますます酷くなった。


「道を直してもすぐに魔物の爪で掘り返されてしまうので、もうこの辺りは修繕を諦めたんです」

「そうなの……」


 魔物たちの影響はこんなところにも出ているのか。そう思いながら座面にしがみつく。あとどれくらいで城に着くのだろう。何時間もこの状況が続くとなるとかなり厳しい。


「はっ?! 魔石喰いの狼?!」

「笛を! この数は俺たちだけじゃ無理だ!」


 エリクたちの焦った声が聞こえ、ピィィィィと耳をつんざくような高音が鳴り響いた。

 ハンナが立ち上がり、マリエラを庇うように体勢を変える。


 馬車が止まり、獰猛(どうもう)(うな)り声と硬い物同士がぶつかり合うような金属音がして理解した。魔物に襲われ、エリクたちが戦っているのだと。

 思わず震えたのを感じ取ったのだろう、ハンナが安心させるように柔らかな声を発する。


「大丈夫、エリクもジャイルも腕は確かです。実は、私も騎士の端くれでして、盾になる前に剣になれます。それに、先ほどの笛は緊急事態を知らせる魔道具なんです。きっと我が領の騎士たちが助けに来てくれますよ。あと多分……いや、絶対旦那様も来ます。間違いなく」

「えっ?」


 辺境伯の住む城からはまだかなり距離があるはずだが、どうやってここまで来るというのか。

 自分を安心させるための嘘だと思ったマリエラは、優しさに応えようと必死で冷静さを保った。


 しばらく(うずくま)っていると、物凄い音と衝撃が馬車を襲った。何事かと目を回すマリエラの前で勢いよく馬車の扉が開き、血まみれの男が笑顔を覗かせる。


「ようこそ花嫁殿。生きて会えて光栄だ」


 差し出された手を取ることを、思わず躊躇(ためら)う出会いだった。

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― 新着の感想 ―
最後、血まみれの伯がなかなかパンチきいてましたね、台詞も良き。血まみれ姿で「生きて」と言われたら「はい、嬉しいです」と思ってしまいました。自分なら手を取って、この強そうな人を確保するところです。
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