2-04 悲報! 抜きゲーみたいな星でパスポートをなくした俺はどうすればいいですか!?
桜田一善は、とある汚職事件から身を隠すためにジュペット星で長期滞在することに。惑星での素晴らしいひと時。本来ならばその星での豊かな文化交流を語る予定だったのだが。何者かにより、パスポートを奪われ、滞在許可エリアの外に放置されてしまう。命の危機から何とか難を逃れるものの、身分を証明できるものをなくした状態で異郷の惑星での新生活をはじめることに。
ここが銀河の果てだと気づいて目眩がした。
カチカチ、と顎のあたりから音が響く。
顎の下、頸動脈の真上。タトゥーよりも取り返しがつかないものが鼓動よりも速い速度で時を刻んでいる。
埋め込まれた骨伝導のスピーカーが震えた。
【現在、旅行者桜田一善さまは滞在許可エリアの外にいます。ただちにエリア内にお戻りください。65385スタン過ぎると、この装置は爆発します】
クソ! スタンって何分何秒、地球が何回まわった時だよ!
俺は走り出した。
木にもたれかかり、カバンを漁る。
底の方から刃物を取り出した。
カチカチと顎のあたりから音がする。
俺にできるのか。この俺に。
クソ! まるで『ソウ』じゃねぇか。いや、目玉をエグるほうがまだマシだ。なんだってこんな……
「なんで俺はたった数ヶ月の旅行のためにこんなもん埋め込んじまったんだ……」
呟き、熱いものが頬をつたった。
呼吸が荒くなる。息を整えようとする。
む、無理だ。こんなことするくらいなら一か八か走り出したほうが……
そう考え走り出した瞬間---
「んがっ!?」
足がもつれ、転んだ。ナイフを持ったまま。
切先は自分の首筋。
さ、刺さる!?
反射的に避けようとするも。ナイフは首を抉った。
血が吹き出した。床に小さな丸いものが転がる。そこからカチカチと血の池をつたって響いた。
と、取れたのか。しかし、これじゃあいずれは失血多量で死んでしまう。頭のなかに真っ暗なもやが広がっていく。死、という一文字が頭の中に浮かんだ。
目が覚めると、知らない天井があった。
なぜだ? 俺は死んだんじゃないのか。
周囲を見回すと、窓からは、奇妙な植物に飲み込まれた地表。空は紫色。光の輪が交差して重なる天体があった。
昨日と同じ、惑星ジュペットの景色だ。
夢だけど、夢じゃなかった、か。
だが妙だ。俺は首を出血していたんだぞ。
首に手を当てると、風船のような感触があり、それが右手に続いている。服をはだけて見てみると、巨大なヒルのようなものが首から手首まで伸び、俺の鼓動に合わせてビクビク動いていた。
なんだこれ、ヒルか。地球でもヒルみたいな吸血する生物で止血する治療を聞いたことがある。この惑星では当たり前なのか? 外したらどうなんだ? 人間に使っていいもんなんだよな。
プニプニしたものを指でつついたら先のほうから血がピュッと吹き出した。
……これさわっちゃダメな奴だ。
扉が開く音がしたので、そちらのほうを向いた。
そこには人型の樹木のようなものがいた。
この惑星の知的生命体だ。そっちのほうと会ったのははじめてだ。
「……よっす~」
現星語であいさつするも反応がない。
樹木はこちらの前に来ると、腰を下ろした。
頭の部分をかき分けると、そこから木のコブが盛り上がり、割れた。
するとそこから人が産まれた。女性だった。なるほど、そうやって産まれるんだな、と納得した。
銀色の髪、光が髪になじみ滝のように下に流れている。とても目を奪う色だ。
観光の時も思っていたが、この樹木の外星人はどうやって美醜を判断しているのだろうか。
「目覚めたようだな」
銀髪の女性が言った。
「そっちが会話するんだな」
「観光の時にも、相手をしていたはずだが」
「あの時、相手をしてくれた子はもっと知能が低く感じたよ」
「自分の状況がわかっているのかい?」
「わかっているよ。はっきりするくらいね。観光でこの星に来ていたのに。酒で寝ていたところを誰かに運ばれて、滞在許可エリアから離れたところに放置されていた。目を覚めた時にはもうおそい。装置が作動し、爆破直前のところを体内から装置を外して。命拾いした」
「装置は首の頸動脈の上にあったというのに、よく取ろうとしたな」
「できなきゃ死ぬからな。こっちも必死さ」
嘘だ。実際は勇気も出なかった。
「それで、キミはいったい誰だ? 医者か。それとも刑事さんか」
「刑事のようなものだよ」
刑事のようなもの? 村上春樹の登場人物じゃあるまいし。
「キミのような事件について調査している」
そう言って、俺を見下ろした。
「最近多いんだ。地球人がこの星に来て、殺されるのがね。手口はさきほどのように。滞在許可エリア外に運ばれ、爆破される」
目の前の少女は俺のことをゴミのように冷たい目で見た。
「この星に来る人間は性風俗産業を目当てにやってくる。お前もそうなんだろう。地球で何かやましいことがあって、逃げるようにここに来た。おおかたほとぼりが冷めるまでこの星で好きなように過ごせと言われてたんだろう」
「おいおい、もっと自分の星に自信を持ちなよ。この星にはいいところがもっとあるぜ。……ほら、景色がいいとか」
そう言って俺はまた窓の外を眺めた。巨大な木の根が張り巡らされ、密集している。それは水面の波紋のように連なっている。
「惑星ジュペット、巨大な樹木の生命体が惑星を覆うように育っている。その大樹から伸びる根はさながら生命の胎動を感じさせる。私たちはその大樹に栄養素を運ぶために生まれてきた。大樹は吸った動植物のDNAをもとに自分たちのために動く命を生み出す。私たちはもともとは獲物をおびき出すための疑似餌に過ぎなかった。しかし、大樹が生命のすべてを飲みこみ惑星となってしまった。今、大樹が命を長らえるには外の惑星の支援が必要だ。その支援の見返りとして性風俗産業が発展した」
少女の言葉に、俺は返答した。
「仮にだ。仮にもしも、俺がこの星の性風俗産業を目当てに来たとしてもだ。関係性としては鶏と人間の関係と同じだ。鶏の無精卵を食べる代わりに、鶏の世話をしている。WINWINな関係だろ」
「下劣だよ」
目の前の少女は吐き捨てるように言った。
「もういい、どうやら何も知らないようだな。手がかりがないのなら、これ以上話す余地はない」
「おいおい、それはどういう――」
「キュルルルゥゥゥ……」
――扉が明けた先に声が聞こえる。すると、そこには木でできた生命体がそこにいた。
白衣を着ている。どうやら医者らしい。
さきほど、少女がいたところを見ると、誰もいなくなっており、窓が開いていた。
どこいったんだ。もしや刑事でもなんでもなかったのか。
と、なると困ることがある。
「は、ハロー」
俺はこんにちはしかこの星の言葉を知らない。
数日後、俺は病院を出た。というよりも病院から追い出された。
言葉が通じなくとも、彼らが俺を病院から出ていくように促したのはわかった。
病院の入り口の前に立ち、すぐに先のことを考えられるほど頭が回らなかった。
唐突に昔のことを思い出した。
夏休み、プールの中で誰かがカマキリの卵を見つけた。ちょうどプールサイドの近くで、同級生がケラケラと笑いながらその卵を棒で壊していた。
あの時、なんでカマキリの母親はあんなところで卵を産んだのだろう。
ここで産んだ時に自分の子供がどうなるのか、なぜ考えることができなかったのだろう、と腹が立った。
しかし、今、自分は軽い衝動的な欲求からこの星にやってきて、こうして途方に暮れている。カマキリの母親のことをバカにできない。
首すじにもぞもぞとした感触を感じた。
ずっと俺の傷口に張り付いているヒルの感触だった。
これはいつ外れるんだろうか。外せるんだろうか。
俺はジェスチャーで医者らしき者にこのヒルについて聞いたが。
彼は黙って首を横に振るだけだった。
あれの意味はなんなのか。医療用のギブスのようにいつか外せるときが来るのだろうか。よもや一生このヒルと付き合っていかなければいけないんじゃあるまいな。
俺は深くため息をついた。
パスポートをなくしてしまった。
ここから地球に帰れる手立てはあるのか。
答えはNOだ。海外と違って、宇宙には大使館がない。
今頃、地球では俺は異星まで逃げてそこで死んだ扱いになっているだろう。死んだ俺をアイツらはどう扱うか。都合の悪い問題をこっちに押しつけてトカゲの尻尾切りをするかもしれない。
じゃあここで暮らすのか。それも難しい。そもそも今の俺には身分というものがない。
「クソ! そもそもここどのへんだよ!」
毒づいて俺はあたりを見回す。この惑星で一番の目印と言えばアレだ。
すぐに俺はアレをみつけた。
根がそこを目指して渦を描くように密集し、竜巻のように盛り上がる。その先に巨大な花が咲いている。巨大な花はうなだれるように真下を向いて空に浮かぶ巨大な目玉のようにこちらを見下ろしている。虹色の豪華なネオンライトのように花は発光していた。
巨大な花の名はアスモデウス。あの花から疑似餌、通称ラバーズが生み出される。アスモデウスは遺伝子をもとにその個体が気に入る異性の姿をしたラバーズを生みだす。産み出されたラバーズはアスモデウスと一心同体。あの花が枯れれば、ラバーズも消えてしまう。
あの花を囲むように、様々な異星人に合わせた風俗街がある。
ここをグルっと回れば地球人の街に出るはずなんだが。
……どっちだ? 右か? 左か?
ハズレを選べば長い時間がかかることになる。
異星人だらけの街を通らなければいけない。地球とは違う文化、生態の知的生命体。自分の星では叶えられない欲望を叶えにきた奴らがいる街を通るんだ。
山手線の外回り、内回りとはわけが違う。間違えたら地獄を見ることになる。
眠らされている間に運ばれたんだぞ。そこまで遠くはないはずだ。正しい道を選べさえすれば。
「いや、待てよ、あるじゃないか。確実に同族にすぐに会える道が」





