2-03 100万分の1のオメガになった俺、24時間以内に契約しないと爆発するらしい
24時間内に番契約して生き残れ!!
辺境の地で差別に耐えながら生きるアッシュ・フランク(23)。男女のニ性以外の、アルファ、ベータ、オメガに三種の性別に属さない「未覚醒者」として不死身のグリフィンの住む白獣の国で息をひそめていた。彼の人生はある朝、幼馴染のシャルルの訪問で一変する。
「お前は100万分の1の純血オメガだ」
一年前に無理やりアルファに番を結ばされたシャルルの告白と不審な行動。そして彼が残した金貨。困惑するアッシュの元に女王からの使者が現れ、彼の特別な存在意義が明かされる。
騎士ノワールと公爵レッドが突きつけた恐るべき選択肢—「24時間以内に番契約を結ばなければ爆発する」
しかしアッシュの心はすでに、アルファと番を結んだシャルルへの想いで満ちていた。絶体絶命の危機に、アッシュが下した決断は彼らの運命を大きく変えることになる。
じっと両手を見つめる。
「クソッ!俺の運命は俺が決めたい!」
親指の爪から小指の根本まで乾燥し、うねるような痛みに支配される。昨日、人生が一変した。
「未覚醒者は短命だ。仕事にくるな」
工場長からの冷たい解雇通告が耳に残る。不死身のグリフォンを司る白獣の王国では、男女以外の第二性によって人々は厳格に区分され、三種類にわかれていた。俺であるアッシュ・フランクは何処にも属さない。
「俺は、支配階級のアルファには近づけず、一般人のベータには嫌われ、優秀なアルファの子供を産むオメガにもなれない」
窓ガラスには灰色の髪と瞳の俺が写り。外では朝6時の日が昇り始め、新たな一日の始まりを告げている。
「オメガのアイツだけが俺に優しい」
トントントン——軽快なドアのノックが朝の静寂を破った。
「シャルルか」
溜息をつきながらドアを開けると、長い金髪と青い瞳の男が立っていた。純白の貴族服に、アルファの番契約を示す首輪が見える。
「ご機嫌よう、アッシュ。仕事をクビになったみたいだね」
「また屋敷を抜け出してきたのか?」
俺は即座にドアを閉めようとするが、シャルルは軽やかに笑いながらドアを押し返す。
「伯爵の目を盗んで来た。無駄にしないで」
シャルルは同じ村で育った幼馴染だ。十八歳の時、彼の第二性がオメガと判明してからは、俺が彼の発情期の世話をしてきた。未覚醒の俺は彼に触れても発情を引き起こさない唯一の存在だったからだ。
だが一年前、すべてが変わった。
「お貴族様のオメガが何の用だよ」
「首を切られてスネてるね。聡明で華麗な僕は、君に施しをあげるよ」
シャルルは袋を差し出した。中にはずっしりとした金貨が入っている。
「お前を無理やり番いにした公爵の金はいらない」
「馬鹿にするな!これは、僕が王宮で仕事をして稼いだ金だ!」
シャルルは激怒し、金貨の袋を叩きつけた。散らばる硬貨が床で冷たく響いた。
「すまない」
俺は膝をついて金貨を拾い始めた。シャルルもため息をつきながら手伝ってくれる。
「情けないな。人は俺をドブネズミって呼ぶんだ」
「それは僕のフェロモンで君のフェロモンをドブ臭く書き換えたせいだよ」
シャルルの言葉に、俺は手を止めた。
「フェロモンでそんなことは出来ないはずだ」
「君は本当は百万分の一の純粋オメガだ。僕はアルファから君を守るために細工をした」
意味がわからない。
「純粋オメガは伝説だ」
純粋オメガとは、ベータの両親から生まれる特別なオメガの子供。強力なアルファの子供を産める存在として王国では重宝され、発見されれば即座にアルファと番契約させられる。
「伝説じゃないよ。僕の目の前にいる」
シャルルの声には確信があった。俺は信じたくなかった。そんな特別な存在のはずがない。
「どんな理由かしらないが、金はいらない」
「アッシュ、どうして君はそんなに頑固なんだ」
「簡単だ。お前を犠牲にしてまで生きていようと思わない」
シャルルは苦笑いを浮かべた。その表情には、言葉にできない何かがあった。
「リドリー伯爵との生活も悪くないよ。大学に通わせてくれ、就職先も紹介してくれた」
シャルルは一年前、アルファのリドリー伯爵に無理やり番契約をされて自由を奪われた。それ以来、俺とシャルルの関係は変わってしまった。
「俺は伯爵を許してない」
「これ以上言わないで。とにかく貰って」
シャルルは袋を俺の手に押し込んだ。その温もりが残る。
「…ありがとう。恩は必ずかえす」
「恩はいらない。もし、王都から騎士団がきたらそのお金を使って逃げて…」
シャルルの言葉に違和感を覚えた。なぜ騎士団が来る?
「来るわけないさ」
シャルルはしなやかな背中を翻すと、部屋を出ていった。ドアが閉まる直前、小声でつぶやいた言葉が俺の耳に届いた。
「アッシュと番契約をしたかったな」
その言葉に胸が痛んだ。オメガの番契約は解除すると命の危険があるのだ。
「俺はお前のことが…」
言葉にできない感情が胸に広がる。ふと窓ガラスに映る自分の姿に気づいた。黒い蛇が首に巻き付くように、痣が浮かび上がっていた。
「なんだこれ?」
視線を落とすと、昨日、職場で渡された厚生労働省の全国魔術検査の診断結果が目に入った。封筒を開くと予測外の記載があった。
「俺が純粋オメガだって?」
純粋オメガは女王の保護下に置かれる。俺は急いでバックパックをかつぎ腰にナイフを一つ下げた。
「やばい。逃げないと」
シャルルの言葉を思い出す。
〝王都から騎士団がきたらそのお金を使って逃げて″〝君は百万分の一の純粋オメガだ″
「あいつは最初から知っていたのか?」
けれど無情にも、ノックの音が部屋に響き渡った。重く、威圧的な音。覗き窓から見える黒い鎧に身を包んだ騎士が二人。逃げる時間はない。
俺は渋々扉を開けると、一人の黒髪の騎士が入室した。
「私は女王守護騎士団の隊長、ノワールと申します。昨日の魔力検査の結果、あなたは百万人に一人の特殊なオメガとして覚醒したことが判明しました」
隊長は穏やかな口調で話すが、その目には鋭い光があった。同時に赤い髪と瞳をした騎士が入室。一瞬で部屋の空気を支配した。
「初めまして。俺はレッド・デュカス・モンマルト伯爵だ。真珠ちゃん」
「真珠?」
「君は綺麗な銀髪だからな、あだ名をつけた」
鼻の奥に強いウィスキーの香りが広がり、俺を支配しようとしていた。これが噂に聞くアルファのフェロモンか。
「アンタのフェロモンの香り?」
「あぁ。俺の番い候補の真珠ちゃんは俺のフェロモンに反応した。な、ノワール」
「遺伝子検査によりレッド様がアッシュ殿と一番相性がいいとデータが出ました」
モンマルト伯爵がどれほど高貴な血筋であろうと関係ない。
「悪いが番い契約を拒否する。俺が純粋オメガになった経緯を教えろ」
レッドより会話が可能そうなノワールに話をふる。
「純粋オメガの場合、体内では魔力が蓄積され続け、臨界点に達します。先日の魔力検査がきっかけで、完全覚醒が始まりました」
隊長は王の印章が押された巻物を差し出した。俺は震える手でそれを受け取り、開いた。
『オメガ保護勅令第一条。純粋オメガは王国が管理し、24時間以内に適合アルファと番契約が必要。契約しないと魔力が暴走し爆発する』
「24時間以内に番契約しないと死ぬのか」
二人が深くうなずくのをみて、脳裏にシャルルの言葉が浮かび上がる。
〝アッシュと番契約をしたかった...″
俺は強く決意する。
「番契約する相手は、自分で選びたい」
「ふぅん。俺の誘いを断るんだな」
俺はレッドをじっと見つめた。このアルファから放たれるフェロモンに、俺の体が確かに反応している。だが、心は違う。
「レッド。俺に一つ聞かせてくれ。番契約は一度結んだら解除できないのか?」
「通常は無理だ。しかし、女王が城で管理する不死身のグリフォンの血には、番契約を解除する力があるらしい」
レッドの言葉に、俺の心に一筋の光が差し込んだ。シャルルを救う方法があるのだ。
「レッド、お前に取引を持ちかけたい」
「ほう?」
レッドの赤い瞳が好奇心で輝いた。
「俺はお前と番契約する。代わりに無理やり番い契約されたシャルルを救う手伝いをしてくれ」
「リドリー伯爵のオメガか。なぜ俺がそんな危険な真似をする必要がある?」
レッドの問いはもっともだった。女王の城に忍び込みグリフォンから血を得て、さらにリドリー伯爵の番い契約を解除するのは国家反逆に近い。
「お前が俺のフェロモンに反応したように、俺もお前のフェロモンに反応した」俺は正直に答えた。「それでも俺はシャルルを救いたい」
俺の言葉にレッドの瞳に欲望が燃えていた。
「いいだろう、真珠ちゃん。二人で女王の城に忍び込み、グリフォンの血を手に入れよう。だが、24時間以内に番契約をしないと爆発だ」
「わかった。要求を飲む」
そこへノワール隊長が割り込んだ。
「謀反を相談するのはよして下さい。レッド様、純粋オメガが番契約する二十四時間内に、一度だけの王族に願いを叶えて貰うシステムをご存知でしょう?」
ノワールの言葉に眉間に皺を寄せるレッドをみて、上手く誘導されかけた事に気づく。
「俺のうなじをアンタに賭ける。番い契約したいなら誠意をみせてくれ」
襟元を引っ張り、痣の浮いたうなじを見せた。レッドの瞳が欲望で暗くなるのを感じた。
「約束しよう」
レッドは俺に跪き、無骨な手を差し出した。その姿は、高貴な貴族というより、野生の獣のようだった。
「グリフォンの血が本当にシャルルに効くかどうかは保証できない。いいか?」
この時、シャルルがオメガの体にアルファの性質をもつ特別体質だと知らなかった。
「彼を救うためなら、何でもする」
「これで決まりだ」
この誓いが、のちに俺を予想もしない未来へと巻き込む。
「俺たちは王都へ向かい女王との交渉になる。覚悟しろ」
人生が一変した朝だった。レッドが俺の手のひらに冷たい金色の塊を押し付けた。
「この懐中時計が生命線だ。リミットは翌朝の7時」
文字盤に刻まれた数字が目に焼き付く。
「レッド。俺の運命は俺が決める」
24時間のカウントダウンと、俺たちの物語はここから始まった。





