2-02 転生シンデレラはガラスの靴を落とさない
私、シンデレラでした。
新しい母と姉たちだよと、父から三人の女性を紹介された時、私の脳裏に浮かんだのはかの有名なお伽話だった。
いつの間にか転生していた私は、かの有名なお伽話の主人公でした。
いつ虐められるかとビクビクしていたものの、父がまだ存命のせいか、お伽話のようなことは起こらない。
それどころか、人間不信を拗らせた三人は懐かない野良猫のようにこちらの様子を伺っていて……? それに悪い人ではないっぽい?
だったら、三人と仲良くしましょう! お父様も死なせません!
原作クラッシャーと言う勿れ。ここは今の私にとって現実。家族みんなで幸せになるため頑張ります!
なので王子様はいりません!
ガラスの靴も落としません!
だから王子様! こっちくんなっ!
「どこに逃げようと、必ず君を捕まえる」
男の言葉を背に受けながら、履いてきてすらいないガラスの靴を落とすことなく、私は猛然と逃げ出した。
運命に逆らうために。
遡ること一月前。
「エラッ! エラエラエラ!! エラちゃーん!!」
扉の向こうから、狭い男爵家の屋敷中に響き渡る大声が聞こえてきた。
「相変わらずだな、サラは……」
厨房の隅に設えてある小さなテーブルでティーカップを傾けていたロティお義姉様が、湯気で曇った眼鏡を外してハンカチで拭きながら呆れたように呟く。
「ところで、今度は何を作ってるんだ?」
レモンの香りたっぷりのアイシングを混ぜていた手を止めずにのんびりと答える。
「これはウィークエンド・シトロンですよ。でもこれは今から掛けるアイシングがパリパリになった方が美味しいので、明日のティータイムにお出ししますね」
だから、今日のお茶のお供はそちらに用意したクッキーですよと、ワクワクとこちらを見ていたロティお義姉様をけん制するのを忘れない。
そしてアプリコットジャムでツヤツヤにしたパウンドケーキの上から一息にアイシングを流す。
たらりたらりと零れ落ちるアイシングをいい感じにパウンドケーキに纏わせていると、バタンと激しい物音と共に厨房の扉が開いた。
「エラちゃんっ!!」
「……サラお義姉様、厨房の扉は静かに開けてください。埃が舞うと食べ物に掛かります」
じとりとした目で扉の方を見ると、ペロっと可愛く舌を出すサラお義姉様がいた。
ふわふわとした茶色い髪をハーフアップにまとめて、きらきらとした紅茶色の瞳を輝かせたお義姉様がそんな表情をすると、小動物のようであざと可愛い事この上ない。
だけどそれが通用するのはお義姉様を可愛がっている商売相手と、お義姉様の見た目に騙されているボンボン位だ。……あぁ、もう一人いるけど、あの方はある意味例外だ。あの方はきっとお義姉様が寝起きでだるーんとカウチに寝そべっていても可愛いとか言いそう、というか言ってる。
「それはいやーん。ってそれどころじゃないのよエラッ! 大変なのよーっ!!」
興奮冷めやらぬ状態で、手に持っていた手紙を振り回すサラお義姉様を見てると、長い話になりそうだと諦めもついた。
一つ肩をすくめて、たっぷりと糖衣を纏ったウィークエンド・シトロンは今食べられないように片付けて、ロティお義姉様のいたテーブルにあと二人分ティーセットとクッキーを用意する。
「ねぇエラちゃーん? 今の美味しそうでお洒落なお菓子はー??」
「残念ながら、アレは明日でーす」
カップにお茶を淹れながら答える。
「むー、ざんねーん。でもアレ、パウンドケーキぽかったから日持ちもしそうよね? またお店に出したいなぁー?」
「はいはい。レシピは書きますけど、明日味を見てからにしてくださいねー。
で? お話って何ですか? サラお義姉さま?」
「そうそう! これよこれっ! お義父様からぶんどってきたのよー!!」
テンション高めのサラお義姉様がテーブルの上に置いたのは真っ白な封筒だった。
それは如何にもお高そうな、目に痛い程白い封筒に、真っ赤な封蝋の残りがある。
それが既に割られていることから、お父様も内容をご存じなのだろう。
「……これは…王家からじゃないか。
ウチみたいな下位貴族に何の用だ?? お義父上が何かやからしたのか?」
封蝋の残骸から差出人に気付いたのだろうロティお義姉様が訝しげに首を傾げる。
「ロティ姉様、呼び出しの理由が悪事って決めつけないであげてー。お義父様泣いちゃうわー。
あとこれはどちらかというとわたしたち宛ね。
というか、我が家だと該当するのはエラちゃんだけじゃないかしらー?」
誰も手に取ろうとしなかったからか、焦れたらしいサラお義姉様が封筒の中からこれまた真っ白な便箋を取り出すと、勿体ぶりながらテーブルに広げた。
なんとなーく気乗りしないながらも、ロティお義姉様も身を乗り出して読み始めたので、私も視線を落とす。
手が切れそうなほど真っ白な便箋に、お手本のような祐筆で書かれた内容から美辞麗句を拝すると、要は王家が主催する夜会の案内だった。……が
「……これ、要は王子様のお見合いパーティですよね?」
これのどこにサラお義姉様の興奮ポイントがあったのかと不思議に思ってしまうのは、サラお義姉様には結婚の約束をした恋人がいるからだ。例の例外だ。
普段から暑苦しい位にイチャイチャイチャイチャしてる二人なので、サラお義姉様が玉の輿狙いになったとは考えにくい。ホントに相思相愛、熱愛バカップルで有名なのだ。街中の人が知ってるレベルで。
そんなサラお義姉様たちが、お互い成人してるのに結婚せず婚約どまりなのは、ひとえに我が家の事情のせいだったりする。
まぁ、それもあと数ヶ月で解決する見込みだけど。私が十八となって成人を迎えるその日に。
その日を文字通り指折り数えているお義姉様の婚約者が鬱陶しい事この上ないが、それだけサラお義姉様を愛しているからしょうがない……たぶん。
君がもっと早く生まれていれば……って恨み節は聞こえないフリをした私は偉いと思う。
「王子のお見合いパーティが楽しみって、サラ宗旨替えしたのか?
あの鬱陶しい顔面キラキラ男はどうするんだ? たぶん奴はアナに捨てられたら泣いて縋るどころかサラを道連れに死出の旅に出かねないぞ?」
ロティお義姉様もわたしと同じ疑問を持ったのだろう。不思議そうな顔でサラお義姉様を見やる。
それにしても顔面キラキラ男って……。確かにサラお義姉様のお相手は、金髪碧眼でキラキラしい見た目だけど。平民街の王子サマとか女の子に呼ばれるくらい顔面偏差値高いけど。
そして何処までもサラお義姉様至上主義だけど。
ちなみにサラお義姉様に嫉妬して嫌がらせをした女性が、全員この男の逆襲にあったのは街では有名な話だ。ついでにサラお義姉様に横恋慕しようとした男達が涙目でこの男に怯えるようになっているのも有名。いったい何をしたんだ……。
「まっさかー!! わたしはダーリン一筋ですっ!
でもこのチャンス! 見逃せないー!!」
相変わらず興奮気味のサラお義姉様はイマイチ要領を得ない。
「だからなんのチャンスなんだ?」
「こんな国中の人々に注目される日なんて、商機以外に何があるのー?
今シーズン一推しのドレスを着たエラちゃんなら、宣伝効果間違いなしっ!」
「いやいや、私がモデルしてもねぇ。せっかくのドレスが勿体ないですよ。
ていうか、これお相手のいない貴族令嬢が対象ですよね?
それなら婚約済みのサラお義姉様はともかく、表向きだけならロティお義姉様も対象になりますよね?
私よりよっぽどロティお義姉様の方が美人ですよ?」
そう言ってロティお義姉様へ視線を向ければ、だらりと力を抜いて椅子に背を預けている姿でも、さらりとした艶のある黒髪に、綺麗なエメラルドの瞳を持ったロティお義姉様は、静謐な湖畔に佇む森の精霊のように凛として美しい。
うっとりとロティお義姉様を見つめていると、私の言葉に若干引きこもり気味で社交嫌いのロティお義姉様が顔を顰めていた。あぁ、そんな表情ですら美しいなんて完璧じゃないかしら?
「私はいかな……「広告塔とは言え、ロティ姉様を王子のお見合い相手に差し出したなんて魔塔主に知られた日にはウチのお屋敷なんて秒で更地よ?」
サラお義姉様の言葉に、国一番の魔法使いでもある魔塔主様の別名が脳裏に浮かぶ。
その名も『氷の獄炎使い』
矛盾してるという勿れ。
銀髪に冷気漂うアイスブルーの瞳を持った美貌の魔法使い様が一番得意とする魔法が、辺り一面を焼け野原にする爆炎魔法であると言うだけの話なのだ。火魔法ではなく爆炎魔法って辺りがもうね……。
「……それもそうですね」
魔法具作りが趣味のロティお義姉様は、サラお義姉様と将来のお義兄様が共同経営している商店で大人気の魔道具を作っている。
それに目をつけた……いや、一目で気に入った魔塔主様が、製作者であるロティお義姉様に会った瞬間一目ぼれしたのは、魔法使い界隈では有名だ。
そして魔法の話もできるし、趣味の魔法具作りも容認……どころか積極的に関わってくれる魔塔主様に、いつの間にかロティお義姉様も絆されていたらしい。
魔塔主様のお相手となると色々外野がうるさいのもあって未だ公表はしていないが、二人は密かに婚約の魔法契約を結んでいる婚約者同士だ。
年齢不詳な魔塔主様(実は長寿種疑惑アリ)と私より二つ年上のロティお義姉様が未だ婚約どまりなのも、実は私のせいで、これまた私が十八になるのを待って結婚するそうな。
魔法契約による婚姻(絶対離婚できない物騒なヤツ)を結んだ後に公表して有象無象を黙らせる作戦らしい。
そう、さっきから私の十八の誕生日が取りざたされているが、これは私とお義姉様達に血の繋がりがないせいでややこしい事になっているからだ。
別になんら複雑な話ではない。
私がまだ幼い頃に妻を亡くした男爵の父と、商家に嫁いで娘を二人設けたが、夫と死別し、その後娘達共々嫁ぎ先で不遇な扱いを受けていた元子爵令嬢だった義母が再婚した結果、私とお義姉様達は家族となっただけだ。
何やら盛り上がっているサラお義姉様と、それになんだかんだと付き合っているロティお義姉様を見ながら、私は初めて二人に会った日を思い出していた。





