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2-16 ガラテイアの聖骸

 警察崩れの探偵江ヶ崎(えがさき) 圭一(けいいち)は、ある日やってきた依頼者鷹見(たかみ) 修也(しゅうや)と名乗る青年から奇妙な依頼を持ち込まれる。


「姉を殺した犯人を見つけて欲しいんです」

「殺人事件の犯人捜しならば、私立探偵ではなく警察の領分ですよ」

「いいえ、警察ではダメなんです。だって遺体は見つかってなくて、姉が殺された証拠も現状ないんですから」

「は……?」

「それにこれは江ヶ崎さんにしか頼めないことなんですよ」


 意味ありげに笑う彼の思惑に翻弄されながら、江ヶ崎は事件と共に自分の過去の因縁とも向き合うことになっていく。


「よく見ていてください江ヶ崎さん、辿り着く先がどんな結末になろうともね……」


 とある探偵事務所の一室。一見好青年に見える依頼者が穏やかな笑顔を浮かべてこう告げる。


「姉を殺した犯人を見つけて欲しいんです」


 内容に反して、その表情も口調も喫茶店で珈琲でも注文するような気軽さであり。対面に座り言葉を聞く、探偵江ヶ崎(えがさき) 圭一(けいいち)を大いに困惑させた。


「一応大前提として申し上げますと、殺人事件の犯人捜しは私立探偵ではなく警察の領分ですよ」

「ええ、理解していますよ。だからこそ此処に来たんです」

「は?」

「遺体が出た明白な殺人事件であれば確かに警察の仕事です。ですが今回、此方に依頼したいのは遺体が見つかっていないからなのです」

「あの、それはどういうことですかね……鷹見(たかみ) 修也(しゅうや)さん?」


 あまりに不自然で意図の掴めない発言に、江ヶ崎は彼に問い返す。


「つまり姉は誰かに殺されたのですが、肝心の遺体は存在しないということです」

「…………全く訳が分かりません。何かの冗談でしょうか」

「いいえ、僕は至って真面目ですよ江ヶ崎さん」


 笑顔でそう答えると青年は、荷物から一枚の紙を取り出した。


「事実、僕の姉鷹見(たかみ) (さくら)は行方不明です。此方を見ればきっと理解して頂けるかと」


 その紙には大きな文字で【この人を探しています】という文言と共に、氏名や写真、服装や最後に見かけた日時や場所など、諸々の情報が書かれた、所謂行方不明者の情報提供を呼びかけるチラシだった。

 普通、真っ先に目が行くのは写真や名前の部分であるが、江ヶ崎(えがさき)がまず確認したのはそこではなかった。


(警察署で受け付けた日時に受理番号もある。そして連絡先として該当する警察署の電話番号も——)


「確かに、しっかり届け出をされているようですね」

「流石()警察官ですね。真っ先に注目される部分がそこなのは安心できます」


 感心した様子で江ヶ崎を褒める青年だったが、逆に江ヶ崎はその違和感に眉をひそめた。


「鷹見さんに自分が元警察官だと言った覚えはないのですが……」

「ええ、ここに来る前に聞く機会があったんですよ」

「……そうでしたか」


 一応は頷いたものの、江ヶ崎からしてみれば彼の態度には他にも違和感や気に掛かる部分がある。しかしそれ以上追及する理由もないので、そのまま話を進める。


「それでは先程の話の続きですが、お姉様が行方不明なのは理解しました。しかしそこで殺されたというのはあまりに話が飛躍しすぎていませんかね」

「いいえ江ヶ崎さん、僕は確信しているんです——」


 そこで何故か言葉を区切り、ほんの一瞬だけゾクリとさせられるような、底知れない何かをその顔に覗かせた。意識しなければ見逃してしまうほどのそれを、すぐに打ち消すと人の良さそうな笑顔を浮かべて彼はこう続ける。


「姉は間違いなく殺されています。そう思う根拠を明かすことは出来ませんが、絶対にもう死んでいるんですよ」


 そんな彼の様子はまさしく好青年のそれで、だからこそ穏やかな表情と口調で姉が殺されたと断言する内容が、その異様さを際立たせた。


(何なんだコイツは、絶対におかしいぞ)


 そうは思うものの、仮にも相手が依頼者である以上、江ヶ崎は会話を続けないといけない。


「それでは改めまして、依頼内容はお姉様の捜索ということでよろしいでしょうか?」

「江ヶ崎さん、だからさっきも言った通り姉を殺した犯人探しですよ」

「いや、殺されたかどうかも分からないのにそれは……」

「殺されてます」


 平坦なのに妙に凄みのある言葉と笑顔で、彼は江ヶ崎に詰め寄る。


「それにこれは江ヶ崎さんにしか頼めないことなんです」

「……一体どうしてでしょうか」

「だって貴方は、七年前のあの事件で、警察内部の隠蔽に唯一正面から反対した人ですからね」

「は……」


 江ヶ崎の思考は一瞬止まる。それほどまでに青年の言葉は思いがけないものだったのだ。何故ならそれは当時の警察外部の人間、それも今日いきなり会ったような人物が知っていて良い内容ではないからだ。

 しかし一方で青年の言葉はまだ止まらなかった。


「正しさよりも、組織の利益と体裁を求めた人々によって、貴方も事件の犠牲者も切り捨てられた。まったく酷い話ですよね?」

「何故それを一体どこで……」


 どうにか衝撃から立ち直ってきた江ヶ崎だったが、そんな彼に対して青年はいつの間にか席を立ち、江ヶ崎のことを見下ろしていた。


「いや、是非とも江ヶ崎さんにお願いしたかったのですが、その気がないのであれば仕方ありません。この依頼はなかったことにしましょう」


 そして江ヶ崎の問いには答えず、そのまま事務所の入口に向かう。


「お、おい」


 慌てて引き留めようとする江ヶ崎を一瞥すると、青年は微かに笑みを浮かべて小さくこう口にした。


「真に正しい者こそが救われることを願っています…………打ち捨てられたガラテイアに救いを」


 その言葉が終わると同時に扉は締まった。事情を聞きたい江ヶ崎は後を追って扉を開く。が、その通りは見通しが良い場所にも関わらず、江ヶ崎がいくら探しても青年の姿は見当たらなかった。


「本当になんなんだ……」


 一瞬、そのまま外に飛び出して青年のことを探すか考えた。が、机の上に置いたままの行方不明者のチラシを見た江ヶ崎は、すぐさまスマホを取り出した。


『あ、先輩!? 待ってくださいまだ金は』

「サル調べて欲しいことがある協力しろ!!」

『え?』

「そうすれば、もうしばらく金のことは待ってやるから」

『ほ、ほんとっすか。いや、そうじゃなくて急に何を……』

「いいから、今から読み上げるからな!!」

『え、えぇー!?』


 そうして江ヶ崎はチラシの情報を一通り読み上げると、相手の返事を待たずに「頼む」と言って通話を切った。サルこと猿渡は、警察時代の江ヶ崎の後輩であり、まだ警察内部にいて、関係が良好な貴重な知り合いだった。


(貸してる金のこともあるし、まぁいうことを聞いてくれるだろ)


 そこで息をついた江ヶ崎は、青年が座っていた椅子に、一冊の手帳が落ちていることに気づく。

 歩み寄って手に取ってみたところ、その手帳から一枚の写真が落ちる。当然それを拾おうとした彼だったが、その写真の内容が目に入ると思わずその動きを止めた。

 それはとある場所で一輪の百合の花が、ただ地面に置いてある写真だった。一見なんの変哲もない写真だが、江ヶ崎にとってはそうではなかった。


「件の事件で遺体があった場所に花……何なんだあの男は!?」


 乱暴に写真を拾って立ち上がった江ヶ崎は、すぐさまこう決意する。


(さっきのアイツの振る舞いを見るに、この場所には何かがあるはずだ……!! 直接行って絶対に突き止めてやる!!)


 そうと決めると行動が早い江ヶ崎は事務所の戸締りをして、そのまま外へと飛び出す。件の場所は事務所から電車で二時間弱程、山から程近い林の中にあるコンクリートの建物がそれだった。

 現場付近までやってきた江ヶ崎だったが、建物が見えてきたことでふと思う。


(待て、今の俺の状況はまるで誘導されているみたいじゃないか)


 あの事件が江ヶ崎にとって特別なものだからこそ、此処に至るまで無我夢中になっていたが。冷静になればあらゆる要素が、彼を誘導するために置かれているのは明白だった。

 しかし今更引けない江ヶ崎は、そのまま建物へと向かう。そうして敷地内に入ってきたところで飛び込んできた光景は、江ヶ崎の想像を優に超えてきた。


「これは腕……?」


 先程の写真で花が置かれていた場所に、同じ花に加えて人間の腕のようなものが置かれている。真っ白な、やや陶器のようにも感じられる質感がある奇妙なものであった。


(一見よくできた偽物のようだが、本物のようにも思える……どうしてこんなものをわざわざ此処に)


 そのように考え込んでいたところ、彼のポケットに入っていたスマホが震える。取り出して画面に表示された名前を確認すると、すぐさま電話に出た。


「サル、何か分かったか!?」

「あー、先輩それが……先輩が言ってたような届けは出てないみたいですよ。何か勘違いしてませんか?」

「は……だが、アレは確かに——」


 そこまで言いかけて江ヶ崎はある考えに思い至る。


(もしかするとあのチラシも含めて、最初から全てが意図的なものだった?)


 数々の意味深な言動、七年前の事件を仄めかす台詞。あの手帳を落としたのもわざとで、江ヶ崎が無視できない写真を仕込んだのもそうだったように、あのチラシ自体も彼を誘導するための偽装した材料の一つだったのならば、全てにある意味筋は通る。

 青年は江ヶ崎を動かしたかったのだ。


(しかしそんな手間を一体なんのために?)


 不可解さに視線を落とすと、件の腕の直ぐ側へ添えるようにメッセージカードがあったことに気付く。そこに書かれた文言は、奇妙なほど江ヶ崎の視線を釘付けにした。


【彼女はガラテイアになれなかった】





















「あ、見つけたね……? ふふ」



「姉さんようやくだよ……」


 薄暗い部屋の中、青年は誰ともなく呟く。


「かつて余計な手出しをして警察を辞めざるを得なかったように。本当はそうするべきだと分かりながら、不正義と間違いを許せない彼ならば、ちゃんとアレに辿り着いてくれる筈」


 そうして件の現場にあったのと同じ、一輪の百合の花を弄びながら嬉しそうに嗤った。


「頑張ってお膳立てしたんだ、早く全てを暴いてくれると嬉しいなぁ……ねぇ、愚かで哀れな江ヶ崎さん?」

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