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2-13 全知の悪役令嬢は愛する全てを壊したい

 気が付けば、小説のワンシーンの中に立っていた。目の前には、悪役令嬢の元婚約者となる王太子と結ばれ幸せになるこの小説のヒロイン。そして私は、家族もろとも死をもって小説を退場させられてしまう悪役令嬢。

 読者であった私の知らぬ、文字となっていなかった余白の部分。彼女がこの国に捧げた19年間という時間の記憶を知った私は、薄情でありつつも彼女が愛した王太子を、彼女を傷つけたもの全てをぶち壊してやると決めた。



「あらやだ、貧乏くさいドレスだこと」



 その一言で、我に返った。


 目の前には、水色の瞳で私を見つめる、水色の長髪を垂らした女性。そして、その後ろに広がるのはとても広い庭。丸テーブルがいくつか設置され、何人もの男女が楽しそうに談笑する光景。



「仕方ないじゃない。ルネ嬢は男爵家なんですもの。あぁ、それともドレスを選ぶセンスがないのかしら?」


「あら、なら招待するべきじゃなかったかしら? ごめんなさいね、ルネ嬢」


「いえ……ご招待いただき、光栄です」



 私は、この光景を知っている。


 知っている? どうして?


 けれど……男爵家のルネ嬢。そのワードはよく知っている。



「申し訳ありません、ヴィオレーヌ嬢」



 ルネ嬢と呼ばれた水色の容姿をする女性は、私に向けてヴィオレーヌ嬢と呼ぶ。


 ルネ嬢と、ヴィオレーヌ嬢。


 私は、とある『小説』を思い出した。


 男爵家のヒロインが、王太子と試練を乗り越え幸せになるハッピーエンドのラブロマンス小説。王太子の婚約者である悪役令嬢に殺されかけながらも、王太子と乗り越え幸せを勝ち取る。


 その悪役令嬢の名前が……【ヴィオレーヌ・シェロン】。


 ワイングラスを持つ私は今、白いレースの手袋をしている。視線を落とし視界に入るのはダークブルーのドレスと、青色の長髪。


 鏡がなければ瞳の色は分からないけれど、今見るだけでは、ヴィオレーヌ嬢そのものだ。


 確か、第一章で彼女の取り巻きが主催したガーデンパーティーにルネ嬢が招待され、こう言われる。



『あらやだ、貧乏くさいドレスだこと』



 さっき、聞いた。しっかりと、聞いた。


 その事実で、全てを理解した。


 そして、視線を向けるのは……ルネ嬢が右手に持つワイングラス。


 気が付けば、私はそれに手を伸ばしていた。



「あっ……」


「ヴィオレーヌ嬢……!?」



 彼女から、そのグラスを奪い取った。



「……このワインはお子様の口には合わないと思うわ。どうせ味なんて分からないでしょうし、せっかくのワインがもったいないわ」


「そ、そうですわよね!」


「そうよ、男爵令嬢風情が、こんなに貴重なワインを――」



 私は、そのワインを迷う事なく一口飲んだ。


 この後どうなるかは分かっていても、躊躇う事なんて出来なかった。いきなり脳内に鳴り響いた警告音が私を追い立ててくる。まるで、脅迫されているかのような気分だった。


 途端、体内の臓器が一気に燃え上がり火傷しているような感覚に襲われた。


 熱い。苦しい。


 そして、食道が逆流し……



「ぁ……」


「え……ヴィオレーヌ嬢!?」


「きゃぁ~~~~~~~っ!!」




 口内に広がる、鉄の味。


 落としてしまったグラスの割れる音は、遠くに聞こえる。


 そして、隙間からどんどん零れていく。ぽた、ぽた……と、受け止めようとした手に垂れ、白いレースを真っ赤に染めていく。


 体内の熱が急激に温度を上げ、頭を強く振り回されているような、そんな頭痛が襲いかかる。


 もう……


 身体の力が一気に抜け……意識が落ちていった。




 ◇




 目の前に映るのは、遠くに用意された二つの椅子に座る、王太子とルネ嬢。そして私は……処刑台で首を晒されている。



「さっさと始めろ」



 とても冷たく、心を突き刺すような声が耳に届く。



 ――私は、どこで間違ったのだろう。



 そんな言葉が、脳内に鳴り響いた。


 まるで、ふたが開けられ溢れたかのように〝記憶〟が映し出される。


 遠くから見える、ルネ嬢の視線。私と目が合えば、不気味に笑い……


 〝ざまぁみろ〟


 と、伝わってくる。



「罪人、ギヨーム・シェロン、並びにカトリーヌ・シェロン、ヴィオレーヌ・シェロンを、謀反の罪で処刑する」



 ヴィオレーヌの家族の名が上げられる。家族もろとも死刑と、言い放たれた。


 ふざけるな。


 ふざけるな。


 ふざけるな。


 ふざけるな。


 ふざけるな。


 そんな憎しみが脳内に広がり、その記憶は閉ざされた。


 


 ◇




 目が覚めると、視界がうるんでいた。


 横になり、布団が掛けられていることが分かると、自分は先ほどまで眠っていたのだと理解出来た。


 実にリアルな夢だった。……いや、あれは夢じゃない。


 私の知る小説のワンシーン。悪役令嬢であるヴィオレーヌ・シェロンが家族と共に退場する場面だ。


 そして私は、その女性となった。私は近い将来、先ほど見たワンシーン通りに退場させられる。


 ……はは、クソッタレね。


 読者の私は、この小説に出てくる悪役令嬢ヴィオレーヌ嬢をあまりよく思わなかった。殺人未遂だなんて、酷い事をするものねと思っているだけだった。けれど……ざまぁみろだなんて、そんな一言はあっただろうか。


 それに……彼女の19年間の記憶を辿ると、そうも言っていられない。


 小説はとても面白かった。そう、面白かった。だから、読者の私は時間を忘れて夢中になり、何度も読んだ。


 けれど、本で言う行と行の間の白い部分。この小説の、文字として描かれていない部分には絶対に時間が存在している。


 ……彼女の内面が、皆が知らない彼女の姿が隠されている事に、読者だった私は気が付かなかった。


 彼女がどんな幼少期を過ごし、周りの大人にプレッシャーをかけられつつ、どれだけ努力したのか。大人達の板挟みになりつつも婚約者としてその場に立たされ、泣く事すら許されなかった。王太子が他の令嬢にかまけていても、彼の分の仕事は彼女が担っていた。


 そりゃ、こんなに頑張っていたのにあんな王太子の態度と他の令嬢への嫉妬はするに決まってる。


 人なのだから。


 そしてヴィオレーヌの父であるギヨーム・シェロンは……――謀反を起こしていない。


 読者ではなく、娘であったヴィオレーヌなら、はっきり言える。何者かに擦り付けられた。それを周りにいくら言っても聞き入れてもらえず、最後には家族揃って牢屋に、そして処刑台にあげられてしまう。


 ルネ嬢が〝ざまぁみろ〟と言った事が証拠だ。


 そして、彼女の記憶から、その真相は何となくだけれど分かっている。



「おっお嬢様っ!?」



 ノックの後に入ってきたのは、見覚えのあるメイド。確か名前は……フェリシー、だったかしら。彼女は私を見れば顔を青ざめ怯えつつも私に近づいては「お加減かがでしょう」と聞いてきた。


 確か、悪役令嬢は目つきが悪かったわね。そのせいで、周りの使用人やメイド達はヴィオレーヌを見れば委縮していた。



「ねぇ、あなた」


「はっ、はいっ!」


「今、西暦何年の何日?」


「せ、西暦1225年、4月23日ですっ……!」



 1225年の、4月23日……



「あのガーデンパーティーからどうなったの?」


「あっ、すぐに医師が駆けつけ治療していただき、その後こちらに運ばれ……一週間意識が戻らずにいました」



 一週間……か。高熱を出していたみたいだけれど、今はそこまでじゃない。身体は鉛のように重いけれど。


 その後、医者が飛んできては診察をされ、薬を処方された。解毒は完璧であっても、毒に犯された身体が疲れ切ってしまっているから安静と水分補給、そして栄養バランスの取れた食事を適度にすることが重要だそうだ。


 そして、医者が帰っていった。



「……ねぇ、聞いていいかしら」


「は、はい……」


「私が眠っていた1週間に……お見舞いに来た方は、いたかしら」



 フェリシーの表情を見るに……一人もいなかったようね。


 婚約者である、王太子すら。


 ははっ……あの男は何をやってるのやら。まぁ、あのルネ嬢のところに行ってるでしょうね。



「下がっていいわ。一人にして」


「かっかしこまりましたっ!」



 そして、部屋には私一人となり静寂が訪れた。


 分かっていてやった。小説では、ヒロインであるルネ嬢はあの日毒を盛られる。幸い、大事には至らなかったが……それを用意したのはルネ嬢をよく思わないとある侯爵。


 あのガーデンパーティーを催したのはヴィオレーヌの脇役の一人、クリスチーヌ・エモニエ伯爵令嬢。侯爵は彼女にこの毒殺事件の犯人を擦り付けようとパーティーにボーイを忍ばせ毒入りワインをルネ嬢に渡した。


 結局、ボーイ本人が犯人となる。エモニエ伯爵は、我々は関係ないとボーイ本人に擦り付けたのだ。


 ははっ、罪の擦り付け合いなんて……実に滑稽だ。


 けれど、社交界とはそういうものだ。実に醜い奴らの集まり。だから、足元を取られれば大変なことになる。


 その時、ベッド横のサイドチェストに何かが置かれていたことに気がついた。置かれていたものを取ると、目を見張ってしまう。白に金色の装飾がされた手紙。差出人は、王太子。


 中身に目を通すと……



「ふふ……ふふっ……あははははははははははっ!!」



 笑わずにはいられなかった。


 なるほど、『これ』ね!


 以前は、これを見て、ヴィオレーヌなら破り捨ててしまいたいと思うだろうけれど……今の私ならこう思う。なんて素敵なお手紙なのかしら!


 そして、呼び鈴を鳴らしメイドを呼ぶ。



「すぐに用意してもらいたいものがあるの」


「えっ」



 私の口から出てきたものに、メイドは目を見張っていた。まぁ、そうでしょうね。


 でもね、今の私はとても気分がいいの。


 だから、それを用意してと言えた。



 ……――待っていて、愛しの王太子殿下。




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