『しーちゃんと記憶の図書館』第11話
海辺の老人
⸻
花の咲く海辺は、
電車とバスを乗り継いで半日ほどの場所にあった。
—
白い砂浜の端に、
淡い紫のハマエンドウが点々と咲いている。
—
「この花だ…」
少年が駆け寄り、しゃがみこんで花を見つめた。
—
そのとき、背後から低い声がした。
「その花を探しに来たのかね」
—
振り向くと、
潮風で深く刻まれた顔の老人が立っていた。
麦わら帽子の下からのぞく目は、
どこか優しい光を帯びている。
—
しーちゃんが事情を話すと、
老人はゆっくりと砂浜に腰を下ろした。
—
「50年ほど前、この海辺に一人の娘が来たんだ。
毎朝、この花のそばに座って、海を眺めていた」
—
少年が息をのむ。
「それって…妹さんですか?」
—
老人は小さくうなずいた。
「名前は知らない。
ただ、この村では“星を待つ娘”と呼ばれていたよ」
—
しーちゃんはその言葉に
胸の奥がかすかに震えるのを感じた。
—
「星を待つ…娘?」
—
老人は、潮風に髪を揺らしながら続けた。
「彼女は、夜になると海辺に立って、
ずっと空を見上げていたんだ。
まるで、誰かを待っているようにな」
—
砂の上で、ハマエンドウの花が静かに揺れていた。
それは、50年前の時間を
そっと今へとつなげているようだった。