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『しーちゃんと記憶の図書館』第103話
スケッチブックの約束
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「動物園の日」の午後、
ひとりの青年が図書館に入ってきた。
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肩から下げた布バッグから、
分厚いスケッチブックを取り出す。
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表紙の端は擦れて白くなり、
ところどころに絵の具の跡が残っていた。
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「これ……父のです」
青年は、ページをそっとめくった。
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中には、
小さな頃から描き続けられた動物たちの絵。
犬、鹿、キツネ、そして見たことのない不思議な生き物まで。
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「父は画家になりたかったんですけど、
僕が生まれてすぐ、工場で働くことになって……」
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青年は少し笑って続けた。
「でも、時間ができるといつも僕を動物園に連れて行って、
一緒に絵を描きました」
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最後のページには、
大きなゾウの背に親子が並んで座る後ろ姿が描かれていた。
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「父が亡くなる前に言ったんです。
『いつか、このスケッチブックを誰かに見せてくれ』って」
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しーちゃんは、そっと頷いた。
「ここなら、きっとたくさんの人が見てくれます」
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その日から、
スケッチブックは「動物園の日」の棚の真ん中に置かれることになった。
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ページをめくるたび、
父と息子の時間が、静かに息を吹き返していた。