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第20話:ハッカ飴と殺意の手紙

 封筒は、真っ黒な蝋で封じられていた。

 その宛名には、震えるような文字で書かれていた。


 『どうか、あの人を“忘れさせてください”。私は、あの人を殺してしまう――その前に』


 差出人は明記されていない。

 だが、封筒には冷たいハッカの香りが染みついていた。


 魔女は、黒猫と共に手紙に書かれた住所へと向かう。

 そこは古びた団地の一室。

 チャイムを鳴らすと、ドアの奥から返事があった。


 「……鍵は開いてるわ。入って」


 室内は薄暗く、カーテンが閉ざされていた。

 椅子に座っていたのは、20代半ばの女性。

 名は、姫乃 菜月ひめの・なつき


 痩せた体。指先は、噛み癖で赤くなっていた。

 その目は疲れていたが、どこか必死に生きているようにも見えた。


 「お願い、魔女さん。私、もうすぐ“本当にやっちゃいそう”なの……」

 「……彼のこと、思い出すたびに胸が痛くなるの。泣きたくなる。

  でも次の瞬間、“殺してやりたい”って思うのよ」


 魔女は問いかける。


 「――その人は、あなたに何をしたの?」


 菜月の唇が震えた。


 「浮気。……じゃないの。

  彼は、私の“未来”を壊したの。私の中の“信じたい自分”を踏みにじったの」


 彼女と彼は、共に演劇の道を志していた。

 若く、夢を語り合い、支え合った。

 だが、ある日突然、彼だけが有名な劇団に合格し、連絡を断った。


 それだけならまだよかった。

 だが、テレビでインタビューに答える彼は言った。


 「昔、少しだけ同棲してた子がいたけど……あれはお遊びでした」


  否定されたのは、過去じゃない。

  “彼と信じた自分自身”だった。


 魔女は静かに手を差し出し、記憶を辿る。


 痛み、怒り、悔しさ。

 でもその奥底には、まだ炎のように小さく灯る“愛”があった。

 菜月は、それごと殺そうとしていた。


 そして、記憶は冷たく光り、

 ひと粒のハッカ飴へと変わった。


 それは透明で、薄く、舌を刺すように冷たい。

 けれど、中心にわずかに溶けきらない“甘さ”があった。


 菜月はそれを見て、ぽつりとつぶやいた。


 「……私、まだあの人を……」

 言葉の続きを、彼女は飲み込んだ。


 「忘れることは、逃げじゃない。

  でも、“忘れなきゃ殺してしまうほどの記憶”は、もうあなたの中で毒になっている」


 魔女は静かにそう言った。


 菜月は、瓶の中の飴を見つめながら深く頷いた。


 「ありがとう、魔女さん。……これでようやく、私の人生を“私だけのもの”にできる気がする」


 瓶には、こう記された。


 《記憶番号0800:姫乃菜月/殺意の裏に残った火/ハッカ飴》

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