第14話:ドラゴンの涙と黒猫の鈴
「残高、にゃい……!」
黒猫が魔女のカバンの中で絶叫した。
瓶のラベルと生活費の帳簿をにらめっこするその姿に、魔女も苦笑する。
「今月は依頼が少なかったからね。少し、協会の依頼を受けようかしら」
その言葉と同時に、窓の外から金色の封筒がふわりと舞い込んできた。
《至急任務:記憶干渉体“ドラゴン”の鎮静要請》
《任務ランク:特級》
《報酬:生活費半年分+記憶精製石》
黒猫が顔を輝かせる。
「半年分! にゃっはー! 行くにゃ、魔女さまっ!」
向かったのは、雲より高い火山地帯。
その頂には、**かつて大陸を焼いたとされる“古き火竜”**が棲んでいた。
しかし今、彼は暴走していた。
理由もなく火を吐き、空を裂き、周囲の気候すら狂わせているという。
「ドラゴンの“記憶”が壊れかけている可能性があるわ。
……精神が崩れると、魔力と結びついて“災害”になる」
山頂。
そこにいたのは、威厳も知性も感じられない、
苦悶に満ちた目をしたドラゴンだった。
彼は咆哮と共に、魔女たちに火の槍を向ける。
「やるしかないにゃ!」
黒猫が飛び出し、空中で火の矢を受けて防壁を張る。
魔女もすぐに詠唱を始めた。
「忘却の霧よ……彼の記憶に触れさせて」
魔法陣が光を放ち、魔女の意識はドラゴンの心の奥へと入り込む。
——そこは、かつて人とドラゴンが共に生きた世界。
ドラゴンは人間の子供と友だった。
少年は毎日、彼の背に乗って空を駆け、
「僕の背中は、君の翼だよ!」と笑っていた。
だが、ある日。
村はドラゴンの力を恐れた人々によって焼かれ、
少年もその中にいた。
ドラゴンはその日から、記憶を拒絶し始めた。
「忘れたい、忘れたい、忘れたい……」
その願いが膨れ上がり、魔力と結びついた。
それが今の“暴走”だった。
魔女は静かに語りかける。
「あなたの痛み、わかるわ。でも……忘れるだけでは、癒えないこともあるの」
彼女の手から溢れる光が、ドラゴンの記憶を優しく包み込む。
——少年が作ってくれた手作りの首輪。
そこには、小さな鈴がついていた。
“空で迷子にならないように”と。
ドラゴンの大きな目から、ひと粒の涙が落ちる。
やがて火山の風が静まり、灼熱の空が穏やかに澄み渡る。
魔女の手には、小さな銀の鈴を模した記憶菓子が残っていた。
それは、黒くて小さな金平糖のような形をしていた。
だが、それを揺らすと……微かに鈴の音が鳴った。
黒猫がふくれて言う。
「にゃー。今回は命がけだったにゃ。でも……悪くなかったかも」
魔女は、空を見上げた。
遠くの雲間で、ドラゴンがゆっくりと羽ばたいている。
「ええ。彼はもう、空を恐れない。
——記憶と共に、また飛び立つわ」
瓶には、こう記された。
《記憶番号0795:名無しの火竜/空を忘れた翼/黒金平糖(鈴)》




