第13話:ショートケーキと祝福の嘘
魔女が次に訪れたのは、駅近くのブライダルサロンだった。
白いレースのカーテン、花束の香り、幸せの演出で満たされた空間。
そんな中、依頼人の女性は真っ白なウエディングドレス姿で待っていた。
「来てくれて、ありがとうございます。……ドレスのままで、ごめんなさいね」
彼女の名は水無瀬 凛花。
結婚式を数日後に控えた、花嫁だった。
「魔女さん、お願いがあるの。
“プロポーズされた日の記憶”を、消してもらえますか?」
魔女は少しだけ眉をひそめた。
「……それは、“幸せな記憶”のはずよね?」
凛花は静かに笑った。
けれどその笑顔は、まるでガラスのように脆かった。
「幸せに“見える”だけの記憶って、時に毒になるんですよ」
彼女が語ったのは、表面上は完璧な恋の物語だった。
将来を約束した恋人に、夜景の見えるレストランでプロポーズされ、
満面の笑みで「はい」と答えた。
周囲の人々にも祝福され、写真を撮られ、ケーキを食べた——
「……でも、そのとき、私の心の中は空っぽだったの。
あの人を愛してる“ふり”をしていた。
本当に愛していたのは、別の人……もう、届かない人だった」
黒猫がつぶやく。
「にゃぁ……それじゃあ、今の結婚は……」
「ええ。“正しい”結婚です。
家の事情、仕事の都合、両親の願い——すべてを考えた、妥協の選択。
でもね、その“嘘の記憶”だけが、どうしても喉に刺さって取れないの」
魔女は少し迷いながらも、凛花の手をそっと取った。
——プロポーズされた夜。
煌めくレストラン。
笑顔の恋人。
指輪の箱。
そして、心の奥にある「名も呼べない誰か」への未練。
ケーキにナイフを入れた瞬間、
彼女は心の中で「ごめんなさい」と呟いていた。
記憶は、純白の光に変わり、
真っ赤な苺を乗せた小さなショートケーキの形をとった。
華やかで可愛らしい。
けれど、スポンジの中にはほんの僅かな塩気があった。
凛花はそれを見て、苦笑する。
「かわいいですね。でも……あの夜の私は、かわいくなんてなかった」
魔女は静かに答えた。
「それでも、あなたはあの夜、“逃げずに選んだ”んでしょう?
たとえ嘘でも、それを背負って笑ったあなたは、強いわ」
その言葉に、凛花の肩がふっと緩む。
「……それでも、もう一度だけ、本当の恋をしたいな。
——次の人生で、もし叶うなら」
魔女は微笑み返した。
「そのときは、その恋の記憶を、“本当に甘いケーキ”に変えてあげる」
瓶には、こう記された。
《記憶番号0794:水無瀬凛花/祝福の嘘/ショートケーキ》




