第8話 爆雷天グロズマ・ザーン
その日、空が裂けた。
《五災》第四体、《爆雷天グロズマ・ザーン》が降臨したのは、雷雲に覆われた《ヴァル=ストーム山脈》の頂だった。轟く雷鳴とともに姿を現したそれは、翼を持たぬ竜でありながら、大気そのものを纏う神威の化身だった。
「でけぇ……!」
先行して偵察していた蓮が、思わず声を漏らす。龍の咆哮は、距離を隔てていても鼓膜を裂くほどの衝撃だった。
「雷を“纏っている”のではない。あれは……雷そのものか」
宗一郎は空を見上げる。全身に圧しかかるような魔力の奔流が、地にいる者すべての“気”を乱していた。
イリスは、その気圧に一歩退いた。
「魔法を……使っても、通じる気がしない……」
「うむ。あやつは、こちらの意思や流れをすべて“逆流”させてくる。気の乱れ、魔の乱れ、そのすべてを利用する者じゃ」
「つまり、近づくだけで……私たちの“心”すら、雷に溶かされる……」
イリスは顔を伏せた。
だが──
「ならば、近づかねばよい」
宗一郎の言葉に、蓮とイリスが目を見開く。
「“合気”は接近戦が基本じゃないんですか?」
「そう思い込んでいる者が多い。だが、合気とは“流れ”を読む術。その本質は距離にない。気の先を感じ、導くことにこそ意味がある」
宗一郎は一歩、前に出た。そして、両の掌をゆるやかに開く。
「雷とは、一瞬の力だが、放たれるまでに“兆し”がある。その流れを掴めば、雷すらも受け流せる」
山頂に向かう途中、雷鳴が地を走り、周囲の岩肌が爆ぜる。グロズマ・ザーンの咆哮が、天と地を貫いた。
だが──宗一郎の足は止まらなかった。
「蓮、イリス。ここから先は“流れ”を読む訓練の場とせよ。戦うな。ただ、感じろ」
「はい!」
「了解です……!」
雷撃の一閃が、宗一郎を襲う。
だが、その瞬間、彼は身体を一切動かさぬまま、ふっと“重心”を変えた。
光の軌道が、逸れる。竜の放った電撃が、大地に吸い込まれるように流れていった。
「えっ……あれを……!」
イリスは目を疑った。
宗一郎はさらに前へ。雷がまた走る。今度は、彼の周囲の空気が焼けるほどの至近距離だった──が、それも彼の“流れ”の中で消えた。
「これは……合気……」
イリスの魔力が震える。彼女の六冊の魔法書が、雷を見て同調するように、雷光を“舞”として取り込み始めた。
「……わかる。雷もまた、気の一部なんだ。流れを見れば、制御できる……!」
彼女は魔術を解き放った。
「《雷糸の舞・返し》──!」
雷が彼女を撃とうとした刹那、その電流が彼女の腕を這い、まるで龍を巻く蛇のように軌道を反転──そして、グロズマ・ザーン自身へと還っていった。
竜が、初めて悲鳴のような声を上げた。
宗一郎が小さく頷く。
「よいぞ、イリス。雷を受け止め、返したな」
「……でも、まだ完全には……怖い、です」
「怖れを抱いてもよい。だが、その怖れに流されるな。むしろ、“導け”」
そのとき、蓮が叫んだ。
「来ます、先生! 全力の雷が……!」
雲が裂けた。
グロズマ・ザーンが最後の一撃を放つ。天地を砕く雷槍。その絶望的な力に、イリスも蓮も、息を呑む。
だが、宗一郎は静かに、前へと踏み出した。
「──合気は、空にすら届く」
そう言い、彼は掌を上げた。
風が巻き、雷がうねり、大気そのものが一瞬、凪ぐ。
そして──
「“気の円”を、天へ還せ」
静かにそう呟いた宗一郎の掌から、目に見えぬ“流れ”が放たれた。
雷は──逸れた。
真っ直ぐ地に落ちるはずだった光が、弧を描き、再び空へと返っていく。
グロズマ・ザーンは、自らの雷に貫かれ、天へと崩れ去った。
空が静まり、風が戻る。
「……すごい……本当に、雷さえも流した……」
イリスは、ただ呆然と見つめていた。
宗一郎は振り返ることなく、ただ一言だけを残した。
「雷もまた、自然の一部に過ぎぬ。流れを知れば、すべては“無手”で導けるのじゃ」
《五災》第四体、討伐完了。
そして──最後の災厄、虚無王イシュ=ダルクが現れた




