第5話:魔術師イリスとの邂逅
《哭き声のメルクリオ》を封印した翌日、宗一郎のもとに一人の少女が現れた。
「あなたが……あの“無手”の武芸者ね」
紫のローブを身にまとい、浮遊する六つの魔法書を従えたその少女──イリス。VRMMOにおける魔術師最強と称される存在である。
「“気”でメルクリオを封じた。ならば、あなたの“気”が、私の“魔”を超えるか試したい」
宗一郎は静かに頷いた。「よかろう。だが、私は一切の攻撃スキルを持たぬ。ただ、在るべき“流れ”に従うのみ」
決闘の舞台は、天空に浮かぶ神殿ステージ。イリスの開幕詠唱が空を裂いた。
「《星炎咆哮》!」
超高温の流星群が宗一郎を襲う。しかし彼はその場を一歩も動かず、ただ身体を軽くひねるだけで、すべての火球が彼の周囲をかすめて消えていく。
「……熱の気も、流れているのか」
「熱きものほど流れは顕著だ。感情に似ておる」
イリスは目を見開き、第二の魔術に入る。《万象の雷禍》《天鎖氷柱》《虚重の奔流》──属性を問わぬ連続詠唱が炸裂する。
だが宗一郎は、まるで呼吸をするかのように、足を運び、身を沈め、掌で空気を切る。その動きだけで、魔法が逸れていく。
「私の詠唱速度はゲーム内最速よ!? どうして避けられるの!?」
「魔法もまた、心の現れ……。詠唱の“気配”が見えてしまうのだ」
焦りを帯びたイリスが、ついに“本気”を出した。
「《星核終焉陣》──これで終わり!」
地に魔法陣が描かれ、空が割れ、巨大な魔力が渦を巻く。発動すれば全フィールドを呑み込む大魔法。
だがその瞬間、宗一郎は静かに彼女の背後へと移動し──魔法陣に両手を添え、ゆっくりと呼吸を整えた。
「術式にも“気”は流れる。それを整え、還せばよい」
彼の掌から、淡く青白い気の波動が流れ込み、魔法陣の光が消える。世界に静寂が戻った。
イリスは膝をついた。
「……負けたわ。これが、“気”というもの……。魔法すら、届かない“無”の流れ……」
宗一郎は優しく微笑んだ。「魔も技も、心の現れ。ならば、導き合える」
イリスはしばらく沈黙した後、立ち上がり、頭を下げた。
「私を、弟子にしてください」