第3話 鉄の巨獣と気の歩法
その巨体が、森を薙ぎ払った。
《大鋼獣ギガンドラ》。
全長30メートルを超える鋼鉄の四足獣。かつて魔法帝国の錬金技術と禁忌術式によって造られたとされる、質量の暴力そのもの。
装甲はすべての属性耐性を持ち、近接攻撃も遠距離魔法も弾き返す。ダメージの通る部位が存在しない“理不尽”を象徴するモンスターだ。
「物理も魔法も無効!?じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」
「足元に近づいたら踏み潰される!バケモンかよ!」
攻略パーティが一つ、また一つと壊滅していく中──ただ一人、その場に現れた男がいた。
和氣宗一郎、六十二歳。攻撃スキルゼロの合気道師範。
「なるほど……確かに、鋼には打撃も斬撃も通じぬ。しかし……“質量”とは、動けば“流れ”が生じるものだ」
宗一郎はその場に立ち、静かに目を閉じた。
ドン……ドン……。
ギガンドラの歩行による振動が地面を揺らす。まるで地震のような圧。
しかし宗一郎は、その一歩一歩に宿る“気の流れ”を感じていた。
「動きに流れがあるならば、そこに“崩し”が入る隙もある」
宗一郎はゆっくりと歩き出す。
滑るような足運び。まるで気配そのものが消えるかのような間合いの取り方。
ギガンドラが咆哮を上げ、巨腕を振り下ろす──!
衝撃波が大地を裂くが、宗一郎は一歩も動じない。
直前、わずかに身体を捻り、足を滑らせて“力の芯”を外す。
「合気とは、力を受け止めず、流れに寄り添うもの──」
宗一郎はギガンドラの足元、左後脚の関節部に歩を進めた。
一見すると装甲で覆われているが、可動部には“動く余白”が必要だ。
そこに、ほんの一瞬、気の“綻び”がある。
「ここだ」
宗一郎の手が、巨獣の関節にそっと添えられる。
攻撃ではない。破壊でもない。ただ“導く”。
──ズルッ。
信じられない光景が広がった。
30メートルの鉄の巨体が、まるで足を滑らせるかのように傾ぎ、重心を崩す。
「嘘……巨体が、転びかけてる!?」
「攻撃してないのに!?」
だが宗一郎は止まらない。
さらに歩を進め、逆脚の付け根に掌を沿わせた。
「……“崩し”は始まりにすぎん。“極め”がなければ、技とは言えぬ」
──次の瞬間、世界が静止したかのような錯覚が走る。
ギガンドラの巨体が、空中で一瞬浮いたのだ。
「……ッ!?」
地面を踏みしめていたはずの脚が浮く。
数十トンの質量が、“投げ”の流れに導かれた。
そして──
ドガァアアアアアン!!
地響きを超える大爆音。
ギガンドラが、自らの質量によって地面に叩きつけられた。
煙の中、表示されるメッセージ。
【未討伐《五災》第一体《大鋼獣ギガンドラ》、討伐確認】
──瞬間、全プレイヤーの思考が止まった。
攻撃スキルなし。パリィもカウンターもない。
ただ“崩し”と“投げ”だけで、最強の鋼鉄兵器が封殺されたのだ。
弟子の蓮が即座に録画を投稿する。
「解説します。先生は敵の“気の流れ”を読み、間合いと歩法で重心を崩し、関節を“極め”、導いて転ばせました。つまり、全部、合気道です」
「質量にも流れがある。ならば、それを読むことも、導くこともできる」
宗一郎のその一言が、《アルカ・ノヴァ・オンライン》の常識を大きく揺るがせた。
──そして次なる試練が告げられる。
《未討伐《五災》第二体、《哭き声のメルクリオ》が夢幻丘に出現。討伐隊、募集中──》
宗一郎は、無言でその名を見つめていた。
「“心”を崩す敵か……稽古になるな」




