第2話 剣は断てず、“気”は止まらず
《アルカ・ノヴァ・オンライン》の闘技場は、観客で埋め尽くされていた。
「PvPランキング1位、斬光のレオが挑む!」
「相手は“攻撃力ゼロでボス撃破”の謎の初老プレイヤー、《和氣宗一郎》!」
実況の声がこだまする中、場に静かに立つ男の姿があった。
和氣宗一郎。年齢六十二。武道歴半世紀。
その背筋はまっすぐに伸び、一切の無駄がない。
対するは《斬光のレオ》。銀髪に紅のマント、細身の魔剣を構えるその姿は、まさに“最強剣士”の名にふさわしい。
「あなたが……話題のプレイヤーか」
「いや、私はただ“気”を通しているだけだ。君も剣を極めたのなら、わかるはずだろう」
観客席にはトッププレイヤーたちが詰めかけていた。中には魔術師イリスや黄昏のギルドマスターの姿もある。
「それでは、始め!」
審判の合図と同時に、レオの姿がかき消える。
超速。見えない斬撃。音を置き去りにする速度――
だが、宗一郎は動かない。ただ、その場に立ったまま。
そして次の瞬間、観客は息を呑んだ。
「なっ……かわした!?」
宗一郎は剣の軌道を寸前で見切り、ほんのわずかに身を捻って空間を外した。
そのまま腕を取る。流れるような動きで、レオの体が宙に浮いた。
「はっ!」
バシン――!
完璧な背落とし。レオが地面に沈む。
「い、今のは……《無反撃》!?」
「一太刀も斬れてない……!」
立ち上がるレオ。だがその表情は悔しさではなく、驚きと、敬意に満ちていた。
「……こんな戦い方が、あったとは。俺の“剣”は、ただ速く、鋭いだけだった」
「剣とは“殺すための技”ではなく、“生かすための道”でもある。捌き、流し、導く……それもまた一つの極意だ」
「……俺は、もう一度剣を学び直す。あんたの“無刀”に触れて、気づかされた」
試合終了と同時に、観戦者たちは沸騰したように叫んだ。
『剣が一度も触れないまま、レオ完封!?』
『あの人の動き、なんかシステム超えてない!?』
『“気”ってステータスなかったよね……?』
運営は急遽、宗一郎のプレイログを確認した。
が、不正行為の痕跡はゼロ。すべて“通常操作”の範囲内。スキルは未使用。
だが明らかに“何か”が違う。
そして運営内で、初めてこの言葉がささやかれる。
「あのプレイヤー……この世界に“ないはずのもの”を使ってるんじゃないか?」
その日の夜、宗一郎のもとに一通のメッセージが届く。
『討伐不可能とされてきた未討伐モンスター“ギガンドラ”討伐パーティの助っ人、求む』
宗一郎は目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「質量か……それもまた、流れがある」
《五災》第一体――《大鋼獣ギガンドラ》との死闘が、今、始まる。




