終章:現実世界と《合気道》の交差
「続いては、“ゲームで現れた武道家”が話題を呼んでいます──」
アナウンサーの声が響くテレビ画面に、合気道の道着姿でバグモンスターを投げ飛ばす映像が映る。それは《ログイン合気道》の最終イベント、《虚無王イシュ=ダルク》討伐戦の記録映像だった。だが、視聴者の目を奪ったのはエフェクトや勝利ログではなく、ただ静かに立ち、気の流れだけで虚無を崩壊させた老人の姿だった。
──宗一郎、六十二歳。現実の合気道師範。
「……あの投げ、リアルでできるんですか?」
「本物の合気道って、ここまでヤバいのか……」
そんな声がネットにあふれ出し、《ログイン合気道》の名はゲームの枠を越え、社会現象となった。
翌日から、宗一郎が師範を務める道場には志願者が殺到した。電話は鳴りやまず、受付のメールは一日で千件を超えた。見学希望、入門希望、取材依頼……そのすべてに、道場の門弟たちはてんてこ舞いだった。
「はあ……うち、こんなに畳ありましたっけ……」
蓮が道場の隅で頭を抱える。もともとはのんびりした地方の武道場だったのだ。だが今や、武道館の演武に招待され、ネット配信で何十万人が視聴するスター道場である。
蓮自身も、運営するYouTubeチャンネル「気の道ログ」が登録者100万人を突破。VRゲームと現実の武道の“架け橋”として、全国から注目を集めていた。テレビ出演も決まり、出版社から書籍化の話まで届いている。
だが、その熱気の中で、変わらないものもあった。
宗一郎は、今日も朝の静寂のなかで正座し、礼をし、黙って稽古に入る。
一切ブレない。ただ、“流れ”を感じ、そこに従うのみ。
その姿に憧れ、弟子入りを申し出たのが──かつてのVR魔術師、イリスだった。
「押忍、師範! 本日もお願いします!」
彼女はすっかり日本文化に馴染み、清楚な道着姿で「型の修練」に励んでいた。姿勢、間合い、呼吸……すべてを真剣に学ぶその姿は、SNSでバズを呼び「道場の守護霊」などと呼ばれる始末。
蓮がぼそっとつぶやく。
「師範って……リアルでもVRでも、バグってますよ。常識の壁、全部流していくし……」
すると宗一郎は、微笑を浮かべてこう答えた。
「“流れ”に従っているだけよ。技も、生き方も、そういうものじゃ」
その言葉に、蓮はふと気づく。
ゲームの中でも、現実でも、宗一郎の“在り方”は変わらない。どこにいても、誰といても──彼は“合気道”そのものだった。
──この流れは、もう誰にも止められない。
道場の窓から差し込む光の中で、師と弟子たちは今日も静かに礼を取り、そして、動き出す。
合気道の“流れ”は、今、現実と仮想を超えて──新たな未来へと続いていく。