第1話 ログインは“気”で行え
「師範、これ、ぜひやってみてくださいよ! めっちゃリアルなんすよ、動きが!」
そう言って、弟子の一人――ゲーム好きの大学生・蓮が差し出してきたのは、VRMMOの起動ディスクだった。
和氣宗一郎、六十二歳。
合気道・風心館の館長として四十年以上、武の道を歩んできた男にとって、ゲームというものはほとんど縁のない世界だった。
「ふむ……仮想世界か。しかし、気の流れも再現できるというなら……興味はあるな」
宗一郎は静かにVRヘッドセットを装着し、ログインコマンドを口にした。
「ログイン――“気”」
瞬間、視界が白く染まり、次の瞬間には草原に立っていた。
風が吹き、空の広がりが感じられる。五感すべてが、現実と寸分違わぬ精度で再現されている。
「……なるほど。これは、たしかに“場”だ」
職業選択画面にて、「格闘士」というシンプルなクラスを選択。チュートリアルへと進む。
登場したのは大柄なオーク型NPC。鉄の棍棒を持ち、ゆっくりと歩み寄ってくる。
通常ならここで「スキル:正拳突き」や「パンチコンボ」などを選択して攻撃する――らしい。
だが、宗一郎は構えを取った。左右の足にわずかに重心を移し、両手を構えず、自然体。
オークが棍棒を振り下ろす。風を切る音。速い。
しかし、その瞬間。
「はっ」
宗一郎の身体が流れるように動いた。
一歩半身をかわし、オークの腕を掴み、そのまま体重を預けるようにして――
「せいやっ」
オークは空を舞った。
ドスン、と地面に叩きつけられる。何もスキルを使っていない。ただの投げ技。
だが、画面のログにはこう記された。
チュートリアルボス「訓練用オーク」を撃破しました(被ダメージ:0)
宗一郎はその場に正座し、静かに息を吐いた。
「……この世界、伸び代があるな」
その戦闘ログは即座にSNSに拡散された。
『攻撃力ゼロの格闘士、捌きと投げだけでチュートリアルボスに勝利!』
『動画見たけど、なにこの動き……AIじゃないの?』
『攻撃ボタン押さずに勝つやつ初めて見た』
数時間後には、運営スタッフまでが内部ログを確認し、「これはチートか?」と騒ぎ始める始末。
だが宗一郎は、そんな騒ぎとは無縁に、ログインを切ってヘッドセットを外した。
「なるほど、気の通り道が見えるゲーム世界……。ならば、こちらにもやり方がある」
静かに立ち上がる宗一郎。弟子の蓮が興奮気味に駆け寄ってきた。
「師範! 今の、録画してましたよ! 動画サイトでもうバズってます!」
「そうか。それはよかった。……次は、もう少し手応えのある相手がほしいな」
そう呟いたその夜、宗一郎に一通のチャットメッセージが届いた。
『PvPランキング1位、斬光のレオです。あなたに、手合わせを願いたい』
――次章、《剣士レオ》との運命の一戦が幕を開ける。