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オーダー【筆師が愛した顔】  作者: 三愛 紫月


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嗜好品

「お待たせしました」


 ウイスキーを飲み終わった青葉さんの前に、次に現れたのは、濃い赤紫をしたお酒だ。


「これは、何ですか?」

「赤ワインだよ」


 マスターは、僕の所にも同じものを置いた。

 ワイン、ワインって名前は、聞いた事がある。


「えっと、確か」


 スマホを開く前に青葉さんが話す。


「一本、最低50万円からかな」

「えっ!!たかっ!!って事は……」

「だいたい、このグラス一杯。五万で出されてるんじゃないかな」

「ご、五万」


 嘘だろ!!

 この一杯で、僕の給料の半分の値段もする。

 いや、たった今。

 僕は、この二杯で給料をほとんど失ってしまったのだ。


「夏目君、払うのは、私だから大丈夫だよ」


 しょげている僕に気づいた、青葉さんは笑って言う。

 僕がしょげている理由は、給料が消えると感じたことだけじゃない。



「青葉さんと僕じゃ、住む世界が違いすぎますね」

「だけど、その世界に夏目君は来たいと思ってやってきたんだろ?」

「そうです。だけど……どうして、こんなに美味しいものを飲ますんですか」

「これを飲んだら、二度と【そら】を飲まない生活を目指すぞ!って思えないかい?」

「確かに……そうですけど……。ってより、戻れないです」


 確かに、青葉さんの世界にやってきたのは、僕の方だ。

 ウイスキーを見つめながら、ポソッと呟いた言葉に少し悲しくなる。

 これを飲んだら、もう僕は戻れない。

 だって……。

 【空】には、こんなに奥ゆかしい深い味わいはない。


 【空】はただ、ただ、ただ、甘ったるく。

 口に広がる人工甘味料特有の甘味が気持ち悪い日もあって。

 それを誤魔化すために入れられている薄荷。


 青葉さんのように、いろんな種類のお酒を選べるのなら、誰も【空】を飲まないだろう。


 それに、【空】は、こんな風にロックで飲めやしない。


 割らずに、飲めばネチャネチャとした、特有の甘味がいつまでも口の中に残り続けるのだ。


 何で知ってるかっていうと、僕は【空】を一度だけ割らずに飲んだ事があるからだ。

 一週間経ってようやく味覚が戻るぐらいなのだから。


 当時、友人と二十歳になった時にチャレンジと言って試したから【空】の味は、誰よりもよくわかっている。


「あの甘味料独特な甘ったるさ!体に悪そうな味に香り……。それでも、稼がなければ他のお酒は飲めない。夏目君、一ヶ月に一万円以上のお金をお酒に使える人間はどれだけいるのかな?まして、そんなものをポンポンと飲める世界にいる人はどれだけいるのかな?」

「少数に決まっています」

「そうだね。だから、その少数に夏目君も、入りたかったんだろう?」


 青葉さんは、僕を見つめて笑う。

 見透かされている気がする。

 だから、こんな意地悪な質問をされているんだ。


「僕は……」

「モデルになっていたら、今頃こんな風に生活できていたよね。今からでも遅くはないよ!私が、はにわの顔にしてあげようか?」


 青葉さんは、僕の鼻を触る。 

 はにわのような顔になってまで、これを飲みたいのか?

 そんなのは、嫌だ。


「やめて下さい」

 

 強く言った僕の言葉に青葉さんは、鼻で笑うとワイングラスをくるくると回しながら話す。 

 

「オリジナルで、こんなに美しい顔をもち合わせているのだから。筆師以外の仕事の選択肢しか選べないよ。夏目君は……」

 

 諦めのような、寂しそうな顔を浮かべた青葉さんはワインを揺らしながら飲んだ。

 筆師しか選べない……。

 その言葉に胸の奥がズキッと痛む。


「そういう青葉さんは、最初から筆師になりたかったんですか?」


 意地悪をされた仕返しだったのか。

 僕は、半ばイライラしながら言った。


「そんなわけないよ。私は、ずっとミュージシャンを目指していたんだから」


 青葉さんの言葉に自分と同じだと思ったのに。

 口から出てくる言葉は酷いものだ。


「ミュージシャンって、土偶みたいな顔の人ばかりですよ」

「そうだよ!だから、私は、落とされた。オーディションにいく度、オーダーされた顔じゃ困るんだよって言われたんだよ。仕方ないよね」


 酷いことを言った。

 やっぱり青葉さんは、僕と同じだ。

 青葉さんは、僕とまったく同じ痛みを持っている。


「私は、オーダーされた顔の意味がわからなくてね」


 悲しそうに目を伏せながら、青葉さんは、チーズをかじり眉を寄せる。

 これも、僕と同じだ。

 僕もオーダーされた顔の意味が、全くわからなかった。

 オーダー、オーダーって。

 言っている意味がわからなくて。

 誰にも聞けなかったし。

 あの時は、調べてもわからなかったし。

 今だって。

 よくわかっていない。

 


 僕は、青葉さんにかける言葉が見つからなくて。

 ワインを飲み干した。

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