会員制
「じゃあ、夏目君と一緒に上がるから。後の事は頼んだよ」
「かしこまりました」
昨日、居酒屋に一緒に来ていた秘書さんは青葉さんに頭を下げた。
「あっ!そうだ、紹介がまだだったね。彼女は秘書の志摩慶子だ」
「初めまして、志摩です」
「これから、お世話になります。夏目です」
「これから、宜しくお願いします」
「はい、では失礼します」
志摩さんに握手をされて、ドキドキした。
「そんなにオーダーの顔が気に入ったかな?」
頬が赤くなっていたのか、ニヤついていたのか。
青葉さんの言葉に驚いた顔を向ける。
「えっ?」
「志摩は、私が初めて造った顔だよ」
「そうだったんですね」
僕は、目を見開いてさらに驚いた顔を青葉さんに向けた。
「綺麗だろ?顔も体も」
「はい」
「夏目君も、いつか造れるようになるよ」
青葉さんは、笑いながら僕の肩を叩いた。
志摩さんが、オリジナルではなかったことに心底驚いていた。
それほど。
志摩さんは、自然だったから。
青葉さんが志摩さんを造ったと言った言葉に納得した。
青葉さんなら、作れるだろうと思ったからだ。
あれほどまで、自然に造れるなんてすごい。
いや、そもそも造るって。
頭の中に疑問が浮かび上がっては消えながら僕はお店を出る。
この何とも言えない気持ちは、この先もずっと続くのだろうか?
「たまには、本物を飲まなくちゃね」
お店を出た青葉さんは嬉しそうにしながら笑って僕に話す。
本物……。
この世界で、僕はこんなに綺麗な人と一緒に歩いているんだ。
それも、造られた人ではなく。
青葉さんが、街を歩いているだけで。
周囲の人は、ジロジロと見る。
通りすぎる時に言葉が耳に入ってきた。
「やっぱり青葉さんの作品は一級品ね。私も頼みたいわ」
ーー作品。
それって、もしかして。
「ここだよ、夏目君」
青葉さんは、周囲の声など気にしていない素振りで笑う。
その顔は、とても嬉しそうだ。
青葉さんが、僕を連れてきた場所は、ラグジュアリー感漂う空間。
「ここは?」
「ここはね、会員制のbarだよ。政治家とか芸能人がよく使っているらしい」
会員制のbar。
そんなところは、初めてだ。
青葉さんは、躊躇わずに中に入っていく。
僕は、すごく緊張している。
だって、どうみたって、外観から高いのがわかるし。
それに、何かこの服じゃない気がするし。
「いらっしゃいませ、青葉様」
マスターは、青葉さんを見るなり深々と頭を下げる。
「まだ、晩御飯を食べていないから軽めのを一杯ずつもらえるかな?」
「かしこまりました」
マスターは、青葉さんの注文を受けるとすぐに氷を丸く削っていく。
「お待たせしました」
とくとくと注がれた琥珀色の液体が入ったグラスを渡される。
「これは、何ですか?」
「ウイスキーだよ」
僕の問いかけに、青葉さんは笑いながら言った。
「ウイスキー!?!?」
ウイスキー、僕だってその名前だけは、知っている。
だけど。
「一瓶、確か……」
「安いので、三十万ぐらいかな、乾杯」
何の躊躇いもなく青葉さんは、僕にカチンとグラスを合わせてきた。
ごくりと青葉さんが飲むのを見届ける。
「こちら、チーズになります」
「ありがとう」
ウィスキーを飲む前にチーズがやってきた。
チーズは、僕だって食べた事がある。
「いただきます」
チーズに手をつける前に、僕は琥珀色の液体を口に含んだ。
「うまい」
いつものお酒と違って口の中を漂う味と鼻から抜ける香り。
これが、ウィスキー。
「よかったね」
青葉さんに、ニコッと微笑まれる。
「これも一緒に食べてみてよ、夏目君」と青葉さんに差し出されたチーズとこれがまたよく合う。
ウイスキーとチーズは、めちゃくちゃ合う。
これほど、美味しいなんて。
あっ、でも。
これって、いくら?だ。
「これって、一杯」
「三万ぐらいかな?」
ーーさ、三万!?
僕の驚いている顔に気づいてない青葉さんは、躊躇うこともなく。
ウィスキーの値段をしれっと伝えてくる。
当たり前か。
青葉さんぐらいの人は、三万なんてたいしたことないよな。
「それなら、味わって飲みます」
僕は、一口ずつウイスキーを飲む。
「そんなに、丁寧に飲まなくていいから」
「何、言ってるんですか!僕は、月10万しか稼いでないんです。こ、これは贅沢品ですよ」
僕の言葉にマスターが笑う。
「確かに、贅沢品だね。お金を稼ぐとすぐに忘れちゃうんだよね。今は、嗜好品は全て高級品に変わったんだった。思い出させてくれてありがとう」
白髪の髪、目は細いけれどバランスのいい顔立ちのマスターがくしゃりと笑いながら話してくる。
「確かに、そうだね、マスター。私もそれを忘れてしまうんだよ。だから、時々居酒屋に行くことにしてる。初心を忘れないようにってね」
青葉さんは、マスターに、ニコニコ笑いながら「おかわり」と話した。
だから、青葉さんが来たのか。
「かしこまりました」
マスターは、青葉さんのグラスを下げるととくとくとウィスキーを注いでいる。
きっと、青葉さんの月収は僕より何十倍、いや何百倍もあるのがわかる。
だって、このお酒だけで僕の月収をもうすぐ越えるのだから。
青葉さんは、嬉しそうにウィスキーを眺めている。
やっぱり、すごいよ。
本物って。




