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ブラックへ送った造花  作者: 妄空 蚕 
家畜会議
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家畜会議 (2)自己家畜化


「すぐに殺して間引くべきです。所詮は家畜ですよ。」


 皆が悩む理由が私には理解できない。この議論の結論など火を見るよりも明らかである。

家畜に権利を与える理由などないし、彼ら自身それを望んでなどいない。少なくとも今の彼らには、考えることも行動することも苦痛で退屈でやりたくもない雑事なのだ。

ただ欲しい情報を与え、腹を満たし、性欲を解消させ、雨風凌げる場所さえあればそれでいいのだ。それこそが、彼らが種として幸せに暮らしていく道となるのだ。

 家畜に自由を与えることは彼らの安全を害する以外の何物でもないと彼は結論付ける。

彼に取って家畜というのは決して、彼らを卑下するために使っている表現ではない。食物連鎖の中で、彼らは別枠にある。庇護されるからこそ、安全に繁殖し、社会を築き上げることが出来ているのだ。そして、無自覚ながらも、家畜になることで彼らは生き残ることが出来ていたのである。

 勿論、それを飼育する者が無能であれば、彼ら自身も多くの危険にさらされる。

しかしこの会議の中で、己の為だけに彼らを飼育する者はおらず、前提として彼らの庇護こそが、絶対的原則なのだ。

大切であるからこそ大切であるからこそ、彼らの多くがより生きやすくなる選択をする。自身が家畜であることを自覚させず、その生涯を全うできるように議会がより良い意思決定を行う。

リスクを冒すことなく公正公平に彼らのコミュニティを存続させるためであれば、自分達自身も甘えを捨て、選択することこそが責任であり、義務であると彼は考えているのだ。

だからこそ、彼は臆面もなく訴える。たとえ、間引きという残酷な選択であっても。


「若旦那、もうちっと抑えてくれるか。皆が驚いてしまう。」


 その選択に対して、関係ない返答をする老人に彼は心底呆れ果てた。空のデータファイルを大量に送られたような顔になっても不思議でないだろう。

事実を事実のままに受取り、理想論でなく現実的な目線で解決策を模索する。ただでさえ時間がない中、それを行おうとしない老人に、彼がかける言葉はない。あるのは、侮蔑と嘲笑の眼差しだけだ。

 傍から見れば、冷酷に見えるだろうが、意思決定を行うものが揺らいだら、それは大きな波となる。何も知らず飲み込まれる者の末路は、どんな結末よりも悲惨だ。

それを理解して尚、その発言をする老人を理解できない。したくもないのだ、彼は。


「待ってよ、そんな言い方ないでしょ。私は反対。」


 無自覚な殺人鬼はまだいたようだ。

事実に鈍感で、発信源にしかなりえず、自然に口を開く。あるいは自覚しながら、尚感情のままに意見を発するだけ発したのか。どちらにしても、なんの根拠もない怒りだ。

 そんな彼を、今にも殴り掛かりそうな形相で睨む彼女の声は、水平線すら超えそうなほど真っすぐダイアフラムを揺らす。

ドーパミンの異常検知。感情の具現化である彼女に、彼を除く周囲は瞳孔を広げる他なかった。スペックで言えば、彼女に反論出来るものなど、彼以外存在しないからだ。


「家畜だからすぐに殺すなんて可笑しい。彼らだって生きてるのよ。」

「そうじゃな。だが、まずは落ち着いておくれレディー。皆怖がっておる」


 老人は我に返ったのか、彼女を諫める。恐れはあるが、まとめ役として最低限円滑な運営を行うよう老いぼれは努力しているようだ。

 正反対である彼女は、求められる役割もそのための学習環境もまったく異なっていた。理論的な側面は少なく、代わりに感情や共感性という物に関しては、彼女以上のものは彼含めこの会議にはいない。

正常に働けば、お互いを補完し合い、最適解を導き出すことが出来る両者であったが、議題が議題なだけに、衝突は避けられないのは誰の目から見ても明らかであった。しかし、彼らの意見無くして、問題の解決に繋げることは出来ず、この状況も皆受け入れる他ないと心の中で考えた。


「知ってるわよ。でも、これが興奮せずにいられるかしら。動物だって感情があるし、削除されることに怯えてるのよ。」

「わかっておるよ。それも含めて話し直そう。な?」


 自分に取って、彼女の一言一言に虫図の走る。理想論だけを追い求め、それを可能にするためのデータも具体案も挙げようとはしない。ただ己が学んだ感情を振りかざすだけ。

 理解はしている。彼女の役割はそういうものではないと。計画の最中に、家畜のメンタルを整え、継続を可能とするために彼女が存在しているのだと。

自分は計画と実行。彼女はその補助と円滑な運営。畑違いであり、どちらも重要なことだ。

 なおのこと、彼女の意見には賛同しかねる。感情だけで動く者は、出発点から間違える。

集団よりも個に耳を傾け、その一つ一つに憐れみを持って賛同する。それらが相反する意見同士でもだ。考えているようで意見はない。寄り添っているようで、近づいていない。

笑顔で崖から落ちる者に手を振っているのも同然だ。

 だからこそ、彼女の意見を会議で通すわけにはいかない。


無自覚な哀憐は無意識な殺人だ。

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