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カルヴァン

 カルゥァン

               


「この本には金のライオンしかいないんだ。」

 横にいる姉の存在を感じながら、視線を本から外すことができない。このライオンの鬣が美しいからだろうか。世の中には綺麗なこと、美しいことがたくさんあるのに、皆が人を見ろという。人の目を見て話しなさいって。

「でも、黒のライオンもいたはずだわ。」

 金のライオンを指差して答える姉は、そのスラリとした指さえ美しいと思う。

「影はあるんだ。金のライオンの影だ。黒のライオンはいない。」

 いい匂いがして手を伸ばす。そういえば、今日は何も食べていない。朝早く父親がすごい剣幕で怒鳴り散らし、自分を部屋に閉じ込めた。この部屋には本しかないから、暇つぶしはこいつを見る以外ない。口の中に広がるふっくらとした魚の白身はきっとナマズだろう。

「これナマズでしょ。おいしかった?姉ちゃん食べたいって言ってたでしょ。」

 確か二日前の昼過ぎ十三時五十六分ごろ、一緒に池の周りを散歩していたマニノ姉ちゃんがナマズを食べたいと言った。多分一緒に散歩していたというのは語弊があって、キラキラ光る美しい湖の水に午前中ずっと触れていて、探しにきた姉がナマズに気づいただけかもしれない。大好きな姉が食べたがったから、近くに流れていた電気の線を湖に投げ入れた。

「池の魚を全て殺すなんて!大馬鹿ものが!」

 父親がそんなことを言って怒っていたような気がする。

 魚を食べ終わるとカルゥァンは満腹の腹を水で満たした。これでしばらく空腹に喘ぐことはない。

「カルゥァンは頭がいいのね。」

 そんなことを言ってくれるのは、この城で姉しかいない。カルゥァンは嬉しくなって、自分の知っていることをもっと姉に話したくなった。ここにある本は、隅から隅まですべてのページが目から飛び込んで頭に綺麗に整理されている。

「そっか。俺は頭がいいのか。へへへ。」

 伝えたいことを選んでいると、周りがしんとして何も聞こえなくなった。美しい小鳥の囀りが窓の外から流れてきてカルゥァンは耳を澄ます。


「そういえば、この部屋の隅に音を集める機械があったんだ。」

 夜更けに姉がムニエルにされた魚を持ってきてくれた。冷えているが塩コショウの効いたバター風味はまろやかでうまい。骨まで口に放り込んで丸いパンを齧る。じゃがいものスープは冷えていて口当たりが悪い。散れた本をかき分けて、部屋の隅を指差す。

「なにそれ?。」

 と姉が聞く。カルゥァンは嬉々として仕組みを詳しく説明した。姉が喜んでいたかどうか定かではないが、この機械は線を伝わって音を届けることだけは知ってもらえたようだった。

「誰が声を集めているんだろう。」

 カルゥァンは線の集まる場所を知りたくて、日が登ってすぐ窓から外に出る。どうせ父親やその他の使用人に捕まるからあまり窓から出たりはしないのだが、今日は居ても立っても居られなかった。

「うひゃひゃ。」

 嬉しくて声が出る。屋根をつたい牛小屋の横、干し草の上にダイブした。自分の部屋から伸びる線を掴んでそいつを詳しく見たかったし、どこから来ているのか知りたかった。見つけたのは少し細めの木に引っかかるものだった。舌なめずりをして幹から伸びる枝枝に手をかける。

「お坊ちゃん、危ないからおやめなさい。」

 揺れた枝からたくさんの葉が落ちたからだろうか。早朝から掃除をしている庭師が足を掴んで無理やり引き摺り下ろされた。

「木に登ったらいけませんや。高い場所から落ちたらまた厄介だ。」

 庭師が捲し立てるので、カルゥァンは空を見上げて線の位置を確認しながらさっさと退散した。

「こら、待ちなさい坊ちゃん!。」

 逃げ足だけは早いと言われたことが頭の隅に思い浮かび、カルゥァンはへへと笑った。

 自分が好きだ。

 皆はきっとよく言ってない。叱られ閉じ込められ、不自由な日もあるが、自分の見えている世界はキラキラしていて、羽があればどこにでも飛んでいけそうだ。そう。

「僕は自由だ。僕の周りはこんなに美しい。」

 気がついたら手に入れていた。高い高い木の上から見る景色は素晴らしく、カルゥァンは手に持っている音を伝える線を高々と頭上に掲げた。

「ひゃつほぅ。」

 奇声を上げると、手に入れた満足感に浸りながら木をつたい降りる。このまま飛んで一気に降りられそうだ。下を見ると大好きな姉が大きく手を振っていた。

「姉ちゃん!」

 カルゥァンは嬉しくて嬉しくて、両手を大きく振り返そうと、枝を握っていた手を離した。

(そうだ、木から降りたらすぐにこの戦利品を姉に見せて、そうして教えてあげよう。優しい姉はきっといつものように熱心に耳を傾けてくれるだろう。そうして最後にこう言うんだ。)

「カルゥァンは本当に頭がいいのね。」って。


 寂れた酒場で安っぽい酒を舐めながら、カルゥァンが呟く。

「あん?お前が頭がいいって?何言ってんだ、大馬鹿者のくせして。」

「あはは、それ皆に言われる。」

 顔は真っ白、鼻は赤く。それが彼らの流行りらしい。目の前にいるピエロの格好をしたそいつは、骨から肉を食いちぎると、ガバガバとワインを飲む。カルゥァンはおこぼれにあやかりながら、彼らの自慢話をBGMにこっそりワインを盗み飲んだ。

 高い木から落ちたあの日、姉は自分を受け止めて、その後姿を消してしまった。親父や使用人にどれだけ居場所を聞いても、姉は突然出ていったと嘘をついた。

「俺姉を見つけたんだわ。」

「ふぅん。でどこいたんだっけ。」

 酔っ払ったピエロがからんできて、カルゥァンは肩に組まれた腕を払い除けた。触られるのは嫌いだ。

「北の城。」

「あん?あの化け物の城か。じゃあ姉ちゃん化け物にでもなっちまったのか。」

 ピエロはワインを瓶から飲み干すと、大声でわらった。

「そう。だから人間に戻したいわけ。なんかいい方法しらない。」

「はぁん。そんなん分かったら俺たちも知りたいわ。」

 周りが騒がしくなって、カルゥァンは耳を塞ぐと、ピエロの食べ残しを汚れた布袋に詰めて身を屈める。

「友よ!また新しい情報が入ったら買うぜ!。黒の獅子の情報だ!」

 ピエロが投げた数枚の銀貨を四つ這いで拾うと、広場までネズミのように走り去る。



 噴水に口をつけて水を飲み一息つくと、カルゥァンは暗闇の中水面に映る月を眺めた。

「黒の集団。蝙蝠のように飛び立つ北の城の化け物」

 頭に浮かんだページに書かれている内容が口から溢れる。カルゥァンはその場に座り込むと、頂戴した肉を齧りカバンの隅にあった小汚い羊皮紙を食い入るように見つめた。。姉の場所は城内の音を集める機械で分かった。

「姉は黒の集団に渡した。」

 親父は確かにそう言った。

「黒の集団は奇病を持つ。それらは彼らに力を与える。」

 紙をまたくしゃくしゃにしてポケットに仕舞うと、噴水の水で顔を洗い服で拭いた。

「腹も膨れたし、身銭を稼ぎに行くかな。」


 城下町の図書館裏口からひょいと建物に潜り込むと、カルゥァンはポケットから鍵を取り出した。禁書の部屋に入り、好きな本の解読をはじめる。どんな文字でも解読してしまうので、仕事に困らなかった。

「それは黒い鬣のライオンだ。」

 ダンディな親父が音も立てず本を覗き込む。コイツが北の城の奇病にかかっていることなとお見通しだ。

「俺の血はまずいぜ。館長。」

「そうかな。君の姉さんの血もうまそうだったがな。」

 顔を近づけ舌なめずりをする親父の口に手を当て、カルゥァンは本から視線を離さない。

「若い男の血は、私の体をいきいきと甦らせる。また快楽に溺れないか。カルゥァン。」

 羊皮紙の絵に現れる黒い鬣のライオンは、王である金の鬣のライオンを守っている。

「あんたの体はどのくらいの人の血で何日立つわけ?」

「君が望むならいくらでも。」

「くだらねぇやりとりだな。」

 絡みついてくる親父を振り払うと、カルゥァンは本のページを二、三枚破った。親父が悲鳴をあげる。あくまでも館長であることには変わりないらしい。

「俺は姉を人間にしたいわけ。奇病を治したいわけ。あんたが俺の血を吸っても、抱けるのはせいぜい一晩だろ。だったら意味ねぇわ。」

 館長はため息をついて立ち上がると、気が変わったら帰ってこいとカルゥァンの手を取りキスを送った。カルゥァンはその手を服でゴシゴシ拭くと、さっさと退散した。

「一度抱かれたぐらいで調子に乗りやがってあの親父。」

 姉の情報が欲しかったので血を分けて体を許した。しかし、彼はずっと人間でいられわけではなかった。

「朝になったらまた化け物に戻ってやがった。無駄な時間だったわ。」

 落ちているタバコを拾い、火打石で火をつけると、タバコの火をあて破った箇所を解読する。

 狼男の絵が羊皮紙の端に姿を現す。

「人間より濃い血液を持つ狼男か。こりゃキキそうだわ。」

 ゴミ置き場の近くにあった古い布の上に寝転がり鞄を枕に横になると、カルゥァンは高鼾をかき、深い眠りに落ちた。


 噴水で頭を洗い、びしょ濡れで首を振った。水が辺りに散れて通行人が嫌な顔をする。カルゥァンは何一つ気にせず、昨日拾った古い布で頭を拭くと、今朝歩いていた老婆からもらった硬いパンを齧る。

「ありゃ、くたばっちまう前かと思ってなぁ。」

 パンをくれた老婆はカルゥァンを死人と間違えたらしい。そのぐらい彼の身なりは酷く髪は汚れて固まっていた。

「まぁ汚れても死なねぇしなぁ。」

 だとりあえず髪を洗い、手に入れたパンを持って彼は早々狼男の森に向かった。狼の森は北の城を覆うように鬱蒼と続いているらしい。

「足を踏み入れたら危険。」

 棒読みすると「おお怖い」と揶揄うように呟きカルゥァンは森に踏み入る。

(婆さんのパンだけじゃ狼男に会う前に空腹で死んじまうかな。)

 なんて考えるだけ無駄だったらしい。森を数分彷徨っただけで、狼たちに囲まれてしまった。

「ねぇ、狼男に会いたいんだけどさ。あんたらじゃなくて。」

 へらへらと伝えるものだから、狼たちも唸り声をあげてカルゥァンの周りをグルグル回った。

「まるで不審者が来たみたいな緊張感ってやつかい。おいでおいで、俺は怪しいやつじゃない。」

「まるきり怪しいじゃないか。」

 吹き出したような笑い声が聴こえ、狼たちの間から銀色の髪の男が姿を現した。狼たちが甘えて擦り寄るから、カルゥァンは確信して彼に走り寄る。

「噛みつかれるとか思わないのアンタ。」

 銀の髪の男が呆れて笑う。

「だってアンタは狼男だろ。早速だが君の血を少し分けてくれないか。」

 カルゥァンは足早に説明し、何か容器を持っていないか鞄を探る。銀の髪の男は狼たちを座らせてカルゥァンをじっと見つめた。

「俺の名はさ、琥珀っちゅーの。アンタの名は。」

「俺カルゥァン。」

「じゃあさ。カルゥァンさん。俺は君の予想通り狼男で、血液をやれないわけじゃないんだけどさ。その前に北の城の化け物たちが俺たちを狩って血を吸うもんだから数が減ってきてんの。」

 琥珀は困った様子でカルゥァンに語りかける。

「だからさ、そう言うのはやめるように北の城の連中に言ってきてよ。」

 狼たちが笑い声のような吠え方をしたがカルゥァンは気にせず答える。

「そうすれば、君の血液を姉が人になるために使わせてもらえるかい。」

 琥珀は頷くと、

「俺たちの血で化け物が人間に戻れるかなんて保障はできないけどね。」

 と付け加えた。

「それは俺がなんとかするさ。」

 カルゥァンは意気揚々と答えると琥珀の両手を握り固く握手をした。

「感謝の気持ちをキスで表せなくて申し訳ないが。」

「あ、そう言うのいいから。」

 琥珀がにっこり笑い、カルゥァンは大きく手を振った。

「変なやつ。」

 狼たちが不満げに唸り声をあげるので、琥珀は彼らに謝って森の奥へ連れ立った。


 足取りはかるかった。狼男の血が手に入ることは保証された。北の城の連中に狼たちの狩をやめるように言えばいい。そうして、姉を連れ戻す。

「簡単じゃないか。」

 嬉しくて奇声をあげ、カルゥァンは北の城へ駆け出した。辺りには雪がちらつき、青い花の光を遮る。

「暑さにゃ強いが寒さにゃ弱い。」

 ゴミ捨て場で拾った布が役に立った。カルゥァンはそれを肩からかぶると足早に反りたった海岸に聳える塔を目指す。高いアシの葉が遮る先にその城はあった。当たり前だが門は固く閉められている。

「いっちょやるか。」

 カルゥァンは舌なめずりをすると奇声を上げる。

「たのもうたのもう、俺は南の城のカルゥァン。お前らに言いたいことがある。」

 そこらへんに落ちていた大きな石を拾い、門が欠けるほどに何度も叩きつけ喚き続ける男の奇怪な行動に、幾人もの黒い服を着たものたちが駆けつけた。

「待ってましたよ、化け物たち。

 俺カルゥァン。よろしく。」

 親しげに握手をして皆に愛想を振り撒くと彼は囲まれた中央に立ち語り始める。

「あんたら狼たちを狩ってるんだってね。あ、ほら。それ迷惑だからやめてね。それから俺、姉さんに会いにきたんだわ。マニノって言うの。ここにいるはずなんだわ。城下町図書館の館長が教えてくれたの。そーそー、あの男色の親父。あいつの性癖知ってる?人間の血を啜りながら後ろから犯すんだってよ。なんかやばくねぇ。」

 笑い声が湧き上がり、観衆がなんだなんだと集まり始める。カルゥァンは舌なめずりをすると集まった輩にまた握手をして回った。そうして、狼は大切に。姉さんをよろしく。と挨拶をして回った。

「さてさて、図書館の男色親父から話は移りわが姉マニノ。俺にとって唯一の理解者にして最愛の人。」

 言い止まってカルゥァンは俯いた。そうして突然しゃくり上げ涙を流した。

「ねぇさんと別れてもう十二年と三ヶ月と二十四日になる。ずっとずっとさがしていたんだ。おれは、姉さんにあいたいんだ。だれか、だれかマニノ姉さんをここに呼んできてくれよ。姉さん。俺の大好きな姉さん。」

 座り込んでわぁわぁなく男をなんとなく皆慰めた。そうして、ダェイという男に頼んでやると肩を叩く。カルゥァンは鼻を啜ると皆の優しさに感謝し、肩を借りて立ち上がる。すると正面から拍手があがり、観衆の間をぬって、愛しの姉マニノが現れた。

「ねえさん。」

 カルゥァンは感極まって彼女に抱きついた。辺りから拍手が起こり、啜り泣く声まで聞こえる。あるものは、カルゥァンの肩を叩き、良かったなと声までかけてくれた。カルゥァンはその人にお礼を言うと、元気に姉の手をとった。

「姉さん帰ろう。」

 距離感もなく抱きつき、肩を組んで連れて行こうとする彼を払いのけ、マニノは冷たく言い放つ。

「どこの誰だか知らないが、私に触れるな。」

「カルゥァンだよ姉さん。弟のカルゥァンだ。ずっと探してたんだ。家に帰ろう。」

「捨てたのは父だ。」

 マニノは憎しみを込めて叫んだ。そうして人だかりを睨み、全てを追い払う。しかしカルゥァンは嬉しそうにまた姉の手を握った。

「父は姉さんが人間に戻れば、帰っていいと言ってんだ。だからほら、僕は頭がいい。大丈夫だから。」

 ニコニコ笑い、姉の顔を覗き込んだ。全く変わらない姉の姿を見ることができてカルゥァンは最高に幸せだった。マニノはキラキラした瞳を前にして苛立ちを通り越してため息をつく。弟ならば話も通らないことを知っている。

「私は帰らない。二度とここにくるな。」

 わかりやすく伝えるとマニノは踵を返す。カルゥァンは驚いた表情で今度はワンワン泣き出した。

「姉さん。必ず家に帰れるから。姉さん待って。行かないで。」

 手を振り払われ、大の大人が泣きながら追いかけてくる。マニノは煩わしくて彼を城下町に運ぶよう仲間に命令した。

「私はシノァと共に生きるの。さようなら。」

 吹雪で視界が遮られ姉の姿は雪の中に消えた。カルゥァンの激しい抵抗も虚しく、城下町のゴミ溜めに捨てられてしまった。


「シノァって誰だ。」

 鬼才な男は首を傾げる。

「姉さんがそいつと生きたいなら、俺とシノァと姉さん。三人で家にかえりゃいいんだな。」

 慣れた手つきでゴミを払うと、落ちていた短いタバコを咥えボロのバックから火打石を取り出す。

「悪くない。」

 カルゥァンはそう言うと歩き出した。


「姉がシノァって男と暮らしたいらしいんだ。」

 夜の酒場でピエロのワインをくすねてカルゥァンがため息をつく。

「どうやったら男と女は一緒に暮らせるんだ。」

「そりゃ、チュッチュしていちゃいちゃすりゃいいんだ。」

「シノァを姉さんとこに連れていけばそうなるかな。」

「そりゃ無理だろ。」

 酒場の女が骨ばかりの肉を運んでくる。カルゥァンはそいつを一つ拝借すると、上手に肉だけ削ぎ取り骨を咥えたまま机に顎をつける。

「無理かぁ。どうしたらいいんだか皆目見当もつかない。」

 たくさんの知識の中に男女関係というものが少なく、カルゥァンはため息をついた。

「そんなことより奴らの情報は手に入れたのか?北の城の黒の集団の話だよ。」

「あぁ。悪い奴らじゃなかったよ。」

 カルゥァンが軽く答えるのでピエロは仮面が取れそうなほどに顔を近づけ、唸り声をあげた。

「悪い奴らじゃないわけないだろうがよ。俺たち金の髪を持つ集団を片っ端から殺っちまう狂った奴らなんだよ。あいつらを殺す方法は!」

 ピエロの仮面を掴んで遠ざけると、大きくため息をついてカルゥァンはふざけた。

「髪を他の色に染めりゃいいんだ。」

「違いねぇや。」

 空っぽな笑い声をあげ、ピエロがワインをカルゥァンにぶっかけた。

「俺らも必死でね。金の髪は王の鬣。奴らは反逆者と罵るが、王の血族の印は絶対捨てたりはしない。」

 酒臭い頭を振ると、カルゥァンは立ち上がった。

「とりあえずシノァでも探すか。」

 近くの女性に声をかけると、鼻を摘み怪訝な顔をして彼女は逃げていった。恰幅の良い酒場の女性に銀貨を握らせて笑顔を送る。

「ねぇ、その皿の肉のついた骨が少ねえ奴頂戴。それからシノァって男知ってる。」

 女性はガハハと笑うと肉を一本素手で渡し、シノァってやつについて語る。頬を赤らめ少女のような顔をするので女ってのは面白いなと思いながらカルゥァンは聴き入った。


 シノァってのは金の髪の騎士見習いらしかった。セスという騎士に使える美しい戦士。救世主。ナイト。

 聞けば聞くほど口から出てくる薔薇色の言葉にカルゥァンは白目を剥いた。どの女も口々に言う。

「彼は金色の髪のナイト。虐げられた彼を守るのは私しかいない。」

 んだって。辟易してカルゥァンは酒場を出た。随分そいつは人気があるらしい。そして、奴隷の髪を持つらしい。


 早速夜が明けるとすぐに、カルゥァンは騎士様の学校を訪ねた。

「シノァって男に会いたいんだけど。」

 看守は胡散臭そうな男を上から下まで舐めるように見ると、そのなりじゃ騎士様には会えない。と偉そうに言った。

「そんな身なりで俺のこと評価しないでよ。俺実は南の城の城主の…。」

 カルゥァンはいいかけてやめた。

「親父の看板書って偉そうにすんのもなんかちげぇな。」

 看守に笑顔で手を振ると背を向けて歩き出す。身なりさえ良ければいいらしい。

「姉さんのためか。」

 大きなため息をつくと、重い足取りでカルゥァンは帰路についた。


「城主様、カルゥァン様がお帰りです。」

 従者たちがカルゥァンの周りを囲み、逃げないように腕を掴む。

「逃げやしねぇよ。着替えに来たんだ。」

 皆鼻を摘んで風呂場に彼を運ぶと、体全体を隅から隅まで磨いた。肌にサラリと触れる布が気持ち悪い。そのまま大広間に連れて行かれ、カルゥァンは南の城の城主である父と、それから隣に粛々と座る女性の前に座らされた。

「お前がどこをほっつき歩いていたかなともうどうでもいい。よいかカルゥァン。この女性と婚儀を挙げ世継ぎを持て。」

 女性はベールで顔を覆っている。ふーんと言いながらカルゥァンは立ち上がり、ジロジロと彼女を見た。

「コイツと子どもつくりゃ、自由にしてくれんの?姉を探しに行っていいってわけ。」

「好きにしろ。どこでくたばっても知らん。」

 カルゥァンは父親の前でしゃがみ込むと睨みつけた。

「姉貴の次は俺を捨てるわけ。」

 父親はカルゥァンを一暼すると、大きくため息をついた。

「化け物じゃなければマニノを城主に迎え入れたがな。所詮無理な話よ。」

「ふぅん。それはイイな。親父。」

 そう言うと、カルゥァンは鼻歌を歌いながら静かに座る女性のベールを剥ぎ、いきなり襲いかかった。

「公開子作りだ。見たいやつは見ろよ。世継ぎ誕生の瞬間だぜ。」

 カルゥァンが女性の服を無理やり脱がせようとしたので、従者たちが慌てて止めに入る。悲鳴をあげて逃げていく女の後ろ姿に手を振って、カルゥァンは従者たちの手を振り払った。

「ザマァみろくそ親父。くたばれ。」

 そのまま着の身着のままで城から逃げ出したカルゥァンは、心も軽く騎士学校へ向かった。


「いない。なんでさ。」

 門番は身なりのいいカルゥァンを見ると、舌打ちをして返事をした。

「嘘ついて俺を入れないっての?服装綺麗だろ。あんたの言った通り。」

「嘘ではない。騎士たちは皆、港の城に向かった。」

「なぜ。」

「お前に伝える義務はない。」

 カルゥァンは膨れっ面で騎士学校内を覗いた。この門をいつものように突破すりゃ確認できそうだったが、本当にいなけりゃただの捕まり損だ。

「じゃあなんか書くもんない?

 シノァってのに言伝したいんだけど。」

 門番は早くこの面倒な男を追い払いたいらしく、渋々綺麗な羊皮紙を一枚差し出した。

「拝啓シノァ様。

 姉マニノと結婚してください。

 末長くよろしくお願いします。 

 弟カルゥァンより。」

 これでよし。とインクをつけたペンを舐め、カルゥァンは羊皮紙を門番に渡した。

「くれぐれもよろしく頼むよ。あぁあんたなら信頼できそうだ。」

 両手を無理やり掴み握手をすると、カルゥァンはスキップを踏みその場を去った。これで姉はシノァと結婚する。後は姉の奇病を治す方法を探るだけだ。


「そんなんで二人が結婚するわけないだろうよ。」

「そんなことないさ。きっとうまくいく。」

 いつもよりいい肉とワインが食卓に並び、ピエロも妙に優しく酒を勧める。カルゥァンはたらふく食べて呑み、姉と共に暮らす日々の素晴らしさを語った。

「後はほんと、姉を人間にする方法を見つけるだけなんらよ。だから明日は狼男の所に行かなきゃなんねぇ。」

 うとうとと船を漕いでいると遠くからピエロの声が聞こえた。

「そうかそうか、残念だが明日お前は親父んとこだぜ。あばよ。」

 視界がぼんやりして気持ちよく眠りについた頃、南の城の従者が彼を囲んだ。

「約束の礼金です。ありがとうございました。」

「お安い御用で。」

 ピエロは高いワインをグラスに並々と注ぐと、乾杯のまねをして一気に飲み干した。


 目覚めたら自室だった。呑みすぎて痛む頭を抑え、カルゥァンはベットから起き上がる。知らない間にご丁寧にも服を着替えさせてもらったらしい。身体中からいい香りがしてカルゥァンは吐き気を催した。

「入るぞ。」

 戸が鳴り、嫌なやつと女性が部屋に侵入する。よくみると綺麗に片付けられた部屋には暖炉の火が焚べてあり、机上におもてなし用のお菓子や茶まで並べてある。親父は女性を席に促すと、カルゥァンに座れと命令した。

「こちらは港町の城、城主の妹ルナ.サゥス君だ。」

 紹介された女性は自らベールを脱いだ。つんとした鼻先から口元に皺が刻む。カルゥァンは興味を惹かれて椅子に座った。

「港町の城って、こないだ騎士たちが向かったって言う城?」

 ルナはカルゥァンを見つめ静かに頷いた。

「事情ありだ。だが、お前に結婚を申し込みたいと言う奇特な方だ。で、どうする。」

 何度も聞いたことがある明らかに不服そうな親父の声に、カルゥァンはますます身を乗り出してルナに尋ねた。

「俺の噂聞いてんだろ。なんで結婚したいんだ。」

 紅茶を一口含むと、深呼吸をして彼女はカルゥァンを見つめた。

「港町の城は陥落するでしょう。王を裏切ったと言う不名誉な罪で。私はお金が欲しい。そして港町の城の名誉を取り戻し、再建をはかりたい。」

「ふぅん。」

 カルゥァンは答えると、席について机上の菓子をボリボリ食べた。親父が指で机を不安定なリズムで叩いている。

「私を妻に迎えてくだされば、この城の仕事は全て私が責任をもって引き継ぎます。」

「ふぅん。悪くない。」

「しかし、彼女はお前より若干いや、かなり年上だ。」

 親父が話に割って入る。ルナは悲しげに視線を逸らした。

「ふぅん。面白そうだから、まぁいいか。」

 軽く伸びをすると立ち上がり、カルゥァンは部屋の戸を握った。

「馬鹿者が!どこへいく。」

「後はどうにかしてくれんだろ。俺の嫁さんが。」

 皆が一斉にルナを見る。彼女は立ち上がるとにこりと微笑んだ。

「ええ。全てを。」

 ルナはハキハキと答えた。

「夫などいりません。私はお金が欲しい。」

 父親が何かいいたげに魚のように口をパクパクさせている。

「子は子孫はどうする!」

 やっと出た言葉にルナは堂々と服を脱ぎ捨て答えた。

「いつでもどうぞ。」

 カルゥァンは気に入ったと声を上げ、わざとらしく跪き彼女の手を取った。

「あん、まだなんか用があるのか親父。」

 父親は顔を横に振る。

「じゃあ野暮ってもんだ。さぁさぁ、部屋を出ていってくれないか。」


 新しく娶った妻が南の城を統括し、カルゥァンは嬉々として城を出た。

「なんだ、たいしたことはない。順調順調。あとは姉さんを人間に戻すだけ。楽勝だな。」

 鞄に持たされた食料を抱えると、足取りも軽くカルゥァンは北を目指した。








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