地獄飯店の看板娘
地獄と言えば、禍々しい処って思う人にゃあ居る。
―――まァ、そんな処にも『食事処』ってあるんさ。
そこに、一人……いや、一鬼の看板娘が居るそうな。
▪▪▪
ここは地獄の一角。
そこに、『地獄飯店』と云う名の店がある。
一鬼の鬼が、暖簾を掛ける。
「よぉーっし!今日も開店じゃっ!」
彼女の名前は、瑚羅瑪。
この飯店の看板娘をしている。
「瑚羅瑪、水の用意を頼む」
話しかけたのは、店主の牙炉戸。
父親であり、二人三脚で営んでいる。
「……なァ、父ちゃん」
建物裏から、水を汲んできた瑚羅瑪が話す。
「今日は開店してから、ちょうど一年じゃな」
「そうじゃあなあ。ここらは店を出しても数日で潰れる、そういう話じゃったなぁ」
地獄は地獄でも、今お店をだしているのは『底に近い場所』と呼ばれる。
悪さをした輩が住み着く層であるため、食いっぱぐれが多く利益 (と言ってもいいか分からんが) を取れない場所として有名だからだ。
……だが、『地獄飯店』は違う。
皆、礼儀正しくお金を払ってくれるのだ。
「閻魔様でさえ、『続くとは思えんで』って仰っていましたなァ」
瑚羅瑪は、笑いながら言う。
実際閻魔様の耳に入ったのは最近で、部下の言伝てでそう聞いたのだ。
「邪魔するぜ」
そうこうしているうちに、客が入ってきた。
席がどんどん埋まっていく。
(今日も、大にぎわいやな)
「ふふふ」と呟きながら、瑚羅瑪は客を捌いていった。
▫▫▫
「しっかしまあ、瑚羅瑪はんは可愛ええなあ」
常連が、そう言う。
「またまた、そんな事言ってェ。なァんにも出やしませんよ」
お盆を持ちながら、そう返す。
「地獄の巷じゃあ、金払うんは瑚羅瑪はんが居るからっちゅう話やで」
その言葉には、瑚羅瑪も父の牙炉戸も驚いた。
「そら、そうやわ。ワシらに対等に付き合ってくれる瑚羅瑪が居てくれるから、払おうって気になるんじゃ」
もう一人の常連が言う。
(……あァ、そうかもしれんな)
ここは『底』に近い場所。
警備の鬼でさえ、酷い話ではあるが『モノ以下』の眼で見ることがある。
瑚羅瑪は父から教えてもらった、『地獄の底でも対等に接しろ』の精神でやっている。
だから、見下すような真似はしない。ご飯ぐらいは皆で楽しく食べて貰いたいから―――
眼から、何かが滴るような気がした。
「ああ、瑚羅瑪はん。悪いことでも言ったかね」
常連が慌てて言う。
「違うて、違う!『底』に住むいっても、そのココロを持つのが居って嬉しいって思っただけやから!」
頬を手の甲で拭いながら、そう返す。
「ほらほらァ、ご飯冷めるから……早くお食べ!」
▪▪▪
今日も繁盛で閉店した。
「父ちゃん」
片付けをしながら、瑚羅瑪は牙炉戸に言う。
「父ちゃんの言う通りにして良かったわ。ああ言われて、嬉しいと思って」
その言葉に、牙炉戸は頷く。
「じゃが、鬼が人前で涙を流すのはアカンだがな」
「うげ、分かっとるけど……あれは、その!」
瑚羅瑪の表情に、牙炉戸は笑う。
「分かっとるよ。ほんなら、飯にすっか」
「もぅ、父ちゃんったらァ!」
そんなこんなで、地獄の片隅で和気あいあいとやっている『食事処』なのでした。