表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

君の特別になりたい

作者: もよん

「あの……困ります。私、行かないと……」


「そっか……。少しでも、話がしたいんだけど、駄目? 約束するのも駄目かな?」


「申し訳ありません。急いでいますので、し、失礼します」


 ローレンは深い緑の瞳を伏せ、1つに括られた濃い栗色の髪を揺らし、足早にその場を去った。


 女騎士は珍しい。騎士全体の1割にも満たない。狭き門である女騎士は、凄腕の剣の腕前の者ばかりで、強気で男勝りな性格の者が多かった。


 そんな中。

 女騎士では珍しく、ローレンは温厚な性格をしていた。

 目立つタイプではないが、その人当たりの良さから、周りに可愛がられ、慕われている。


 先程ローレンに声をかけた男−−ダン。

 伯爵家の次男であるが、宮廷の臣下として仕え、王太子の側近。外交が主に彼の仕事である。

 彼は対人能力が高く、言語力も優れている。何カ国語も使いこなし、今までいくつも他国との重要な条約を纏めてきた。彼個人が伯爵の位を承った時、20歳というあまりの若さに、城全体がダンに関する話題で持ちきりになった。更に、色味が強いバターブロンドの髪、はっきりとした青い瞳に甘い顔立ちは、外交でも日常でも、存分に遺憾なく発揮され、数々の女性が虜になっている。


 ローレンは数ヶ月前から、ダンに声をかけられるようになり、彼を避けていた。


(恐らく好意を寄せられていると思うけど……。そもそもいつ頃から、知り合ったのだっけ?)


 ローレンはいま20歳。騎士になって、2年ほど。まだ新米の部類で、持ち場や警護対象者は、日によって変わる。


 先輩の女騎士が姫の警護。サポートとして、ローレンが付いた日。

 姫の兄である王太子がやってきた。その王太子の隣にダンがいた。ローレンが王太子の顔や、ダンの顔を近くで見たのはこれが初めてだった。


 幼い姫は姫は楽しそうに、王太子とお茶会をしていた。ダンとも顔なじみなのか、嬉しそうに話しかけていた。


『ダンは本当に王子様みたい! また、王子様役して!』


『えー、お兄様が本物の王子じゃないか』


『お兄様より、ダンの方が王子様っぽいの! ねぇ、そう思うでしょ?』


『恐れながら姫様、ダン殿では剣も扱えない王子になってしまいますよ』


 先輩騎士が姫の問いに答えた。女騎士の間では、ダンは顔だけの軟派者だと、悪印象を持つ者も多かった。


『え〜………、あっ、あなたは? ローレン? よね! ローレンは? お兄様とダン、どっちが王子様っぽい?』


 そんな答えにくい質問に、ローレンは焦りながら、なんと答えたか思い出そうとした。


❖❖❖❖❖


 ローレンが帰宅すると、父と母から見合い話があると言われた。『先方は、友人のような関係から徐々に進められたら』と言っているらしい。


 女騎士は1人でも生計を立てられるため、結婚を急ぐ者は少ない。

 また女騎士は名誉であるが、勝ち気なイメージからか、見合い話が少ない。

 それ故にローレンも、自身の結婚はまだ先だと考えていた。


「いったい誰がそんな奇特なことを………」


 と、口に出してしまったところで、思い当たる人物が1人しかいないことに気がついた。


❖❖❖❖❖


「やあ。やっと、ゆっくり話ができるね」


「ダン様……」


 ダンはローレンの屋敷を訪ねて来た。ローレンの父も母もすっかり、ダンの虜になっていた。

 それほど彼は話し方も、話も上手かった。すっかり、2人ともダンを気に入り、ローレンと2人で、裏庭でお茶をするよう勧めた。


「ローレン嬢、こうして話ができて嬉しいよ! 今日初めて、団服以外を見たけれど、とても良く似合っている」


「いえ、とんでもないです。ダン様も今日も変わらず、素敵でいらっしゃいます」


 褒めるセリフが流暢で、ローレンはダンに対して、言い慣れてるのだろうと思った。それでもダンの顔と甘いセリフに一瞬心が浮ついてしまい、自己嫌悪した。


「ありがとう。……それで、どう、かな。私は君の好みかな?」


「タイプかどうかといえば……、申し訳ありません……。違うと思います」


 ローレンは、ダンを傷つけたくはなかった。けれど、脈がないと分かって、引き下がって欲しかった。

 実際、ローレンのタイプは硬派な人物だった。剣を扱える者であれば、尊敬も相まって、なお惹かれやすいかもしれない。


「そっか。それじゃあ、振り向いてもらえるチャンスを貰えないかな? ローレン嬢にいい男だって思ってもらえるように、私頑張りたいんだ。どう?」


「いえ……。大切なダン様のお時間です。私なんかに使って無駄にするのは、お止しになられたほうが宜しいのではないかと」


「つまり、私は魅力もないし、脈もないから、諦めろってことだね」


「そっ、そんな! ダン様は素敵な方でいらっしゃいます。ですから、私では釣り合いがとれないと思いまして」


 慌てて否定するローレンにダンは笑った。


「ごめん、ごめん。意地悪だったね。最初から、ローレン嬢は断る気がしてた。……合う合わないも、釣り合いとかも、2ヶ月。2ヶ月、私を避けずに付き合って欲しい。それで駄目なら、ローレン嬢のことを諦めるから」


 どうして、ここまでダンに言ってもらえるのか、ローレンには分からなかった。けれど、2ヶ月という数字が彼なりの譲歩に見えた。ダンの立場を使えば、ローレンなんて好きにできるのだから。


「分かりました……。2ヶ月で宜しいのであれば……」


 ローレンがそう返事をすると、ダンは今まで見たことないほど嬉しそうに、安堵した顔になった。


(確かにこの顔は、多くの人が惹かれてしまうのも仕方ないな) 


 どこか他人心地で、ローレンはこれからの2ヶ月を想った。ローレンは理想の相手ではなかったと、ダンの目が早く覚めることを祈りながら。


 それから、ダンはローレンと約束し、職場でローレンに近づくことも、話しかけることもなくなった。


 ただ、数度。遠くから、こちらに視線を向けるダンに、ローレンは気付いた。その時、タレ目がちな瞳が更に、優し気に下がっている気がして、ローレンは落ち着かない気持ちになった。


 また、ダンから手紙がこまめに届いた。返事は無くて構わないと言われていたが、出来得る限り返していた。


 何が好きで、どんな本を最近読んだか。他国で出会った珍しいもの。珍しい食べ物など。

 『〜〜調理したら、美味しいお菓子になる珍しい実。そのままだと苦く、とても食べられたものではないが、せっかくなので、王太子に味わってもらった。』


 ダンは手紙でも、その言語力を遺憾なく発揮していた。不敬に当たるだろうが、王太子に苦い実を食べさせたと書かれた手紙には、思わず笑ってしまった。


 2人は週に1度、決まった曜日に顔合わせをした。その逢瀬はどちらかの家か、人目につかないプライベートな場所であった。


 関係が終わってしまったあと。ローレンがダンに遊ばれ捨てられたという噂がたたぬよう、この2ヶ月間のことは周囲に内密にしている。

 


 今日はダンの自宅の、庭が一望できるバルコニーでの逢瀬だった。


「〜そう言うわけで、彼は滑り、かつらは脱げ、犬と猫とアヒルは走り回り、音楽はなぜか止まらず、しっちゃかめっちゃかなパーティで終わったんだ」


「はははっ! あっ……、すみません、つい面白くて」


 大きな笑い声を思わず出してしまい、ローレンは恥ずかしそうに口を抑えた。


「気にしないで。笑ってもらえて嬉しいよ」


 今日は2ヶ月目の、最初の週の逢瀬。ローレンはダンと以前よりも打ち解けていた。


「そうだ。来週、他国へ訪問することになったんだ………。だから、ローレン嬢に次会えるのは、再来週かな」


「え……、あっ、そうなのですね。お気をつけて。お帰り、お待ちしております」


「ありがとう。はぁ〜……。その間手紙も送れない。今だって1週間が待ち遠しいのに。ローレン嬢に会えないなんて、すごく寂しい。……そんなこと言っても仕方ないよね。お土産たくさん、持って返ってくるから、楽しみにしてて」


 寂しいと言われ、ローレンの鼓動が不規則になった。

 そして、来週会えないのであれば、ダンとの逢瀬はあと3回になった。あと3回。たった3回で、ダンとの関係をハッキリさせなければならない。


 ローレンは、まだ答えを出せていなかった。前よりも、ダンを意識してしまっているのは確かだ。ダンのことが、気になっている。けれど……。


「何がいいかな………。お菓子でしょ、染め物も有名らしいからそれも。あと、あそこは鉱山もあるから、アクセサリーもあるはずだし。今から選ぶのが楽しみだな」


「ありがとうございます。でも、そんなに多くは頂けません。どうぞ、お気になさらず」


 女性に喜ばれる行動や、言葉が得意なダンの一面を見るたび。ダンの女泣かせの噂が、ローレンの脳裏に過ぎってしまうのだ。


「ふふ、ごめんね。想像しただけで、楽しくてはしゃいじゃった。でも多分、私は気に入ったものを全部土産で、持って帰ってきてしまうかも。その方が記憶に残りそうでしょう? だから、お土産をたくさん抱えて帰ってきても、許してほしいな」


 ローレンは頷くしかなかった。

 本当にダンがズルすぎて、ローレンは頭を抱えた。ダンの切なそうな顔と言葉に、嬉しいと心が動かされる。しかし、女心を掴むのが上手すぎて、ダンを信じていいのか悩む。


「ダン様………、来週会えないならば、会うのはあと3回になりますね」


「そうだね。寂しいなぁ。あと3回かぁ。どう? 私はそれ以上会ってもらえそうかな? ……ごめん、まだ答えを聞く勇気がないのに、聞いちゃった」


 ローレンは、そんなに分かりやすく顔に出ていたのだろうかと思った。


「私……、ダン様にお聞きしたいことがあるんです。私にお声掛け下さったのは、何かきっかけがあったのでしょうか?」


 1ヶ月前であれば、絶対こんな質問はしなかった。2ヶ月経てば離れるのだから、深入りはせず、穏便に済まそうと、ローレンは思っていた。

 であるのに、そうはいかなかった。ローレンの気持ちが、ダンに傾きつつ、彼ときちんと向き合いたいと、思うようになってしまったから。


「きっかけは……、王太子と姫様のお茶会の時かな。姫に私が王子様っぽいか、尋ねられた時のこと、覚えてる?」


「えぇ、何となくですが。確かあれが、ほとんど初対面でしたよね」


「そうだね。女騎士たちにとって、女泣かせの私は敵だ。しかし、見惚れる者もいる。だから、君もどちらかだと思ってた。

 でもローレン嬢は『姫様が隣に並べば、どんな殿方も王子になってしまいますよ』そう言ったんだ」


 ローレンはその時のことを思い出した。


『私の隣に?』


『はい。姫様の可愛らしさは、どんな殿方も素敵な王子に変える力があるです』


『ふふふっ! 私の可愛さって魔法みたいね!』


 ご機嫌になった姫は、それは無邪気に笑っていた。


「意外なセリフだったから、私は思わずローレン嬢を見たんだ。そしたら君と目が合った。嫌悪も好意も何も君から感じなかった。だから私は君となら、友人になれるんじゃないかと思ったんだ。

 話す機会を伺う内、君が誰に対しても、平等に優しい人だと分かった。結局タイミングが掴めずにいた時、パーティで君を見かけた。君の隣には兄君がいて、君の顔は普段と少し違っていた」


 そこで一瞬言葉を区切り、ダンは改めてローレンの瞳を熱っぽく、離さないように見つめた。


「いつもより穏やかで、安心してる君の顔を見て……。君の兄君には悪いが、嫉妬したんだ。……恋をしていたと、そこで気づいた。

 私はローレン嬢の特別になりたい。みんなに見せる顔だけでなく、ローレン嬢の、悲しみや怒り、喜びや甘え。全部私に見せて欲しくなったんだ」


 普段人当たりの良いダンの雰囲気が、一気に変わった。それは獲物に狙いを定める肉食獣のような、鋭さがあった。


「ふふっ、重い男でしょ? 似合わないよね。でも、本当なんだ。だから、それも踏まえて、考えて欲しいな。付き合って結婚しようものなら、とても面倒な部類だと思う。……って、これじゃあ、アピールになってない! その面倒くささをカバーするほど働くし、出世するからどう?」


 最後に怒涛のアピールが始まり、再びローレンは大笑いする羽目になった。


 ダンから手紙が届かない日が始まった。すっかり、ダンの存在はローレンの日常に馴染んでしまったようだ。ローレンはダンのいない日常に、違和感や寂しさを覚えていた。


(はぁ………、もう、認めるしかないや)


 ローレンは心の中で、ため息を吐いた。ダンを思い出さない日は終ぞなかった。


 ダンが帰ってきたと、知らせの手紙が届いた。無事であること、土産を楽しみにしていて欲しいこと、今度の逢瀬の場所について書いてあった。


 ローレンは久しぶりのその手紙を、何度もニヤけた顔で読み返した。


 ダンとローレンの先々週ぶりの逢瀬は、花が咲き誇る湖の畔で行われた。


「ローレン嬢!」


 ローレンが湖に着くと、先に到着していたダンが大きく手を振って迎えてくれた。


「会いたかった。ねぇ、綺麗だよねここ。王家が管理している土地なんだけど、王太子が今日使っていいって言ってくれたんだ。他国に仕事に行った労い? かな。ローレン嬢と過ごしたかったのにと、恨み言を吐いたのが効いたみたいだ」

 

 ダンはローレンがクスリと笑ってくれればいいなと、冗談めかして言った。けれど………


「ダン様、無事に帰ってきてくださって良かった。私も………お会いしたかったです」


 ローレンはダンに会えて、嬉しいと言わんばかりの雰囲気であった。これではまるで


(愛しい恋人が返ってきたことに喜ぶ、彼女みたいじゃないっ!?)


 ダンは一体、ローレンに何があったのか。自分に都合の良すぎる状況に夢であろうかと疑った。


「と、とりあえずほら、あそこの木陰のシートに座って話そう。食べ物も、飲み物も準備したし」


 2人は木陰に移動し、隣同士で座った。けれど、ダンは未だにドギマギし、ローレンの顔をしっかり見れなかった。


「ロ、ローレン嬢はこの2週間変わりなかった?」


「はい。特に体調なども変わりなく、過ごしていました。ですが、ダン様と手紙のやり取りも、お会いできないのも寂しいと思っておりました」


「グッ!!! 私も………」


 またしてもローレンの言葉に、ダンの胸がぎゅんっと締め付けられた。


「とても、待ち遠しくて、ダン様が帰国してすぐ寄越してくださった手紙。何度も読み返してしまいました」


「ゔっ!! ま、待ち遠しくかぁー………。ちょっと待ってね。すぅーはぁー………。少し息を整えさせて」


 ダンは怒涛のローレンからの甘い台詞にクラクラした。


「ローレン嬢………。私はこの話を持ちかけた時から言ってるように、君が好きなんだ。だから、会いたかったとか、待ち遠しかったとか、寂しかったとか言われてしまうと、舞い上がってしまって………。好意があると受け止めてしまうよ。いいの?」


 本当なら、ダンは出来得る限りローレンと長く居たかったので、この関係の答えは最終日まで避けるつもりだった。けれど、今この状況では、そうも言ってはいられない。


「その………つもりで、話していました」


 ダンの脳内で、祝福のファンファーレが響き渡った。


「ダン様?」


 あまりにも停止してる時間が長いダンに、不安になり、ローレンが声をかけた。


「えっ!? いつ!? だって、前会った時は、そんな素振りなかったのに! 会えない間、私何もしてないけれど! その会えない期間が愛を芽生えさせたと!? はっ!? それより、私の恋報われた?」


 本当に? と言わんばかりの疑問たっぷりの表情のダンに、ローレンはコクコクと頷いた。


「その、ダン様に会えない間に、色々考えまして………。その答えが、ダン様が恋しいでした」


 ダンは自身の手をしっかりと組み、空の方へと顔を向ける。


「神よ! ありがとうございます! とても幸せです!」

 

 城で働いてるものの多くは、これほどダンの表情も感情も豊かであるとは知らないだろう。

 ローレンもここまで、極まって喜んでくれるとは思わなかったのだから。


 喜びに浸っているダンに水を差すようで申し訳ないと思いながら、ローレンは口を開いた。


「ダ、ダン様。あの、少し私の話を聞いて頂きたいのです。ダン様はきちんと私に向き合い、お話してくださいました。だから、私もダン様にお話させてください」


 ダンにしてみたら、今日はローレンが振り向いてくれたことが分かっただけで、十分だった。しかし、ローレンは何やら緊張した面持ちで、大切なことを伝えようとしてくれているようだ。ダンは自分の高揚する気持ちを抑え、ローレンに向き直った。


「私が騎士になったのは、祖父が素質があると言ってくれたからです。祖父は私の父も兄も、無理に騎士にしませんでした。2人は騎士よりも別の才能があるからだと」


 ダンはローレンの祖父に会ったことはないが、人伝に聞いたことがある。ローレンの祖父は、騎士団の副団長を長く努めた、優秀な人物であった。冷静で、サポートすることに長けていたと聞いている。ローレンの話も踏まえると、ローレンの祖父は、人の素質を見抜く力を持っていたのだろう。


「祖父は言いました。私は相手の弱点を見抜く力があると。だから、敵のどこを狙えばいいか見抜けると。確かにその通りで、騎士は私に向いていました。

 けれど、同時に身体の弱点だけでなく、その人の苦手とするものも、私は察するようになりました。食べ物、話題、仕草、性格。だから、それに触れないよう、気をつけるようになったのです。優しさではなく、癖のようなものです」


 ローレンはその人の弱点である、嫌がることを避けてきた。なので、優しいと言われるたび、騙しているような気分になっていた。


「それに誰に対しても平等に接しているのにも、理由があります………。私は自分自身の弱点も、よく分かってます。私の弱点は、嫉妬深いこと。独占欲が強すぎるのだと思います。平等というより、線を引くように接するのは、自分の心が乱れるのを避ける、自分自身のためなのです」


 ローレンはそこまで言うと、はぁ~………と息を吐いた。弱みをきちんと口にしたのは、初めてである。


「だから、女性にモテるダン様のようなタイプとは、絶対合わないと思っていました。ですが、ダン様と過ごす内に。毎日のように手紙を貰う内に。ちゃんと私のことを、大切に思ってくださっていると感じました。

 そしたら、勝手にあなたの過去の女性達に嫉妬して。あなたの女性の扱いの上手さに嫉妬して。私以外にも、私のように喜んだ女性がいたんだろうと思うと………。

 ね? まだ、婚約者でも、お付き合いもしてないのに、酷い嫉妬に独占欲です。幻滅されましたか?」


 ローレンは不安だった。自分が今まで抑えていた、嫉妬と独占欲が溢れ出ることも。ダンが女たらしで、女性にモテる点も。しかし、今日ダンに惚れていると、ローレンは白状した。なかなか落ちないローレンを落としたことで、ダンの自尊心が満たされ、引いてくれたら。そしたら、まだ引き返せる。そんな気持ちがローレンにはあった。


「………あ、ごめんね。嬉しくてまた、ぼーっとしちゃった。そっか、私、もう随分と、ローレン嬢の特別になれてたんだ」


 自身の赤くなった頬を、ダンが抑えた。

 

「ダン様………。お顔がとても緩んでいます。本当に宜しいんですか? 私はきっと、ダン様に女性が近づけば、嫌な女になります。ダン様が他の女性と親しくされれば、あなたを詰ってしまうかもしれません。本当にそんな私でも、よろし」


「駄目だよ、ローレン嬢。それだとまるで私に、振ってくれと言わんばかりに聞こえてしまう。そっちの方が、ローレン嬢にとって都合が良い?」


 ニッコリと笑うダンの顔は、変わらず甘く綺麗だった。けれど、その顔は今のダンの雰囲気とは合わず、怖さがあった。


「ローレン嬢、ちゃんと答えてね。私のことをどう思っているの?」


「………お慕いしております」


「私も! ………だからね。離れたいなんて思わないで欲しい」


 ダンの台詞が徐々にドロッと、したものに変わった。


「ローレン嬢。ローレンって呼んでいいかな? 私のせいで不安にさせてしまったね。私はいい加減な男だから、言い寄られても、受け流していた。すらすら褒めゼリフも言った。女たらしと言われても、なにも思わなかったから、否定しなかった。それがいま、自分の首を絞める事になって、後悔している。

 ちゃんと言わせて。私は女性を褒めることはあっても、手を出したことはないよ。言ったよね? 重い男だって。

 私は奥さんを特別一等に想う。奥さんの特別一等も、自分でいたい。簡単に心を許さない、一途な君が良いんだ、ローレン。これから先、私はあなたを不安にさせないよう努める。それでも、不安になることがあったら、隠さないで。全部包み隠さず、教えて欲しい。誤解なんてされたくない。毎日好きだって、愛してるって伝えるから。重いなって笑ってくれる?」


「私も………。多分、あの人誰? とか。他の方がダン様に見惚れていて、妬いたとか。面倒くさいことばかり言うと思います。面倒だなって笑ってくれますか?」


「うん。その顔は私しか知らない顔だもん。いっぱい見せて。私だけにしか見せない顔で、君の特別だって私にわからせて」


 それから2人は、周りに意外な婚約だと驚かれながら、結婚した。そして、3年の月日が経っていた。


❖❖❖❖❖


「お互い婚約したばかりの頃は、怒ってばかりでしたね」


「君も私も、職場で反対にあったっけ」

 

 今日休みの2人は、ソファーでひっつくように座っていた。


「私は、あんな女たらしの男やめろと言われ、ダン様は、あんな冴えない女やめろと言われ」


「そうそう。婚約が決まってから、お互い交際や婚約の申込みが増えて参ったよね」


 ダンが当時を思い出して、苦笑いをした。


「あの時期は、毎日のように妬いてました。………いや、今も毎日のように妬いているんですが。あの時期は本当に、ダン様が心変わりしたらどうしようと思っていました」


「ふふっ、思っていたってことは、もう分かってくれた? 心変わりなんてしないってこと」


 ダンが嬉しそうに、期待するような瞳でローレンを見つめた。


「………、先のことは分かりませんが、今現在はあなたに愛されていると、あなたの瞳や口元、雰囲気や言葉や手で、ちゃんと伝わっています」

 

 ダンの左手はローレンの頬や、耳上を撫でていた。

 ローレンはそんなダンの手に、少し自身の顔を、押し付けるように傾けた。


「………そりゃあ、未来はどうなるか分からないって言う理論はわかるけれど。ねぇ、ちゃんと欲しがって。私の未来ごと欲しいって言ってほしい」

 

 拗ねる顔を見せたダンに、ローレンは思案した。


「そうですね………。この先も、あなたの隣で、あなたを愛し、あなたに愛される人であり続けたい。そう思うことを許して欲しい」


 ローレンはそう言って、自身に触れていたダンの手をとり、ダンの手の甲にキスを落とした。


「とかですかね?」


 騎士の時のようなキリッとした顔から、一気に柔らかい笑顔のローレンに変わった。

 そのギャップにダンの心は、今日も痛みっぱなしだ。


「ん゛ん゛っっ!! ローレン………、君って人は私の胸をときめかせるのに長けすぎてるから、本当に手加減して欲しい。嬉しすぎて、好きだという気持ちが溢れて、私は倒れそうだ。いや、実際に何回か悶えて倒れている」


「ふふっ! 私は自分の気持ちをダン様にお伝えしているだけなので、手加減の仕方が分かりません。それに、ダン様のその反応を見るのが、好きなのです」


「………情けなくて、だらしない顔だと思うから、恥ずかしい」


 ダンはもう片方の手で、目元抑え、背を丸めた。

 

「そんな事ありません。私が愛を囁いたあと、ダン様の耐えるような表情が、私は好きですよ」

 

 ローレンがダンの耳元近くで囁やけば、ダンもまんざらでない表情になった。


「ローレンが好きならいいか………。だけど気をつけてね。私以外に、相手の胸を掴むような言葉を言わないで。私だけだよ? 私だけにしてね」


 ローレンは、そう言うダンの膝に乗り、更に互いの距離を近づけた。


「勿論です。だから今日もこうやって、ダン様の膝の上を独占させてもらってるんです。ダン様。昨夜のダンスパーティーで、躓いてしまった他国のご令嬢。咄嗟にも関わらず、綺麗な受け止めでした。でなければ、あなたもご令嬢も怪我をしていたと思います。あのご令嬢のご様子だと、ワザとでは無さそうでしたが………。あなたのスマートな動きと顔に見惚れて、顔を赤くしていました。本当にダン様はいつだって素敵であられるのだから」


 そう言って、ローレンはダンの胸にしなだれかかった。


「………私はまた妬いて、心が乱されてしまいました」


 グッとローレンが、ダンの胸元の衣服を掴む。


「だから、今日は私とお過ごしになってくださいね。愛してるって、私に分からせてくださいね。それから、どうぞ、さっきのように私に振り回されてください」


 ローレンの普段の穏やかな顔とは違う。まるで刃を喉元に突き付けられるような、激しい愛情表現。嫉妬するほど、愛してると憤りがこもった笑み。


 この顔はダンしか知らない。このローレンの一面はダンだけのもの。


 ダンは背筋がゾクゾクとした。

 グッとローレンの手首を掴み、顔をローレンに近づける。


「はぁー………。本当にローレンは、私のことを満たしてくれるのが上手だね。いつだって君の愛が欲しい私に、それ以上のものをくれる。ちゃんと私はローレンの特別だと、教えてくれる。ローレン………私の。私だけの特別な人」


 2人はこれからも、互いの特別を求め、特別を証明しつづけるだろう。


-完-






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ