マスコットキャラってよく人間に変身しますよね
「結菜〜。起きろー。朝だぞー」
フライパンにお玉をカンカン打ちつけながら、律が言った。
「う〜〜ん。あと5分」
「魔法少女がそんな怠惰でどうする!魔法少女なら少女達の見本になれるよう努力しないと!」
「う〜。少女じゃないから起きられない〜」
「ていうか今日予定あるって言ってなかったか?」
「……へ?」
結菜は素っ頓狂な声を出してスマホを確認した。
「あー!!なんでもっと早く起こしてくれなかったの!!」
「悪かったな。これからは毎日朝5時に起こしてやる」
「いい!やっぱり起こさなくて!そんなことより急がないと!」
「そんなに急いでどこ行くんだよ」
「美容室!予約してるの!遅刻する!」
「俺も連れてけ!」
「はあ?なんでよ。律絶対うるさいから嫌!大人しく留守番してて!」
「嫌だ!行くったら行く!絶対連れてけ!」
「もう今日はなんでそんなに頑固なの!いつもは留守番してくれるでしょ!」
「今日は外に出ると良い日になる気がする!新しい魔法少女が見つかるかも!」
「一人で探せば良いでしょ」
「嫌だ!結菜と一緒がいい!結菜と一緒の方が見つかる気がする!」
「わがまま言わないの!」
なんか彼氏もいないのに子育ての嫌な所だけ先行体験してるみたいだ……。
「嫌だ!連れてってくれないなら、結菜が酔った勢いで言ってた上司への誹謗中傷会社に送りつけるからな!」
「絶対にやめろ!!
ほんとやることなすこと可愛くないんだから!!」
「でも顔は可愛いだろ?」
「そこがまたムカつくんだよ!
……はぁ。しょうがないなぁ。大人しくしててよ」
32歳でぬいぐるみとお出かけか……。
普通にキツイな。
「結菜は判断が遅いな」
「……やっぱり置いていこうかな」
置いていきたい気持ちをぐっと堪えて、律と一緒に美容室に行った。
「こんにちは」
「こんにちは。予約してた高橋です」
「いつもありがとう」
相変わらず美少女が過ぎるな。
好きだった物の年代が近いから多分同年代なんだろうけど、下手したら高校生って言われても信じるぞ。
その若さ私にもちょっと分けて。
いや。思考が妖怪すぎるな……。
「……ぬいぐるみ?」
「あ、いや。あのこれは!」
「かわいい」
「へ?」
「ぬい活?流行ってるよね」
「そ、そうそう。ぬい活!ぬい活!」
なんでもかんでも流行る時代でよかった!!
美容師さんのカットが終わり、店を出ると律が意気揚々と話しかけてきた。
「可愛いな!」
「え、そ、そう?ありがとう!」
律に髪を切った女性を褒める紳士な一面があるなんて。
「ん?なんで結菜がお礼言うんだけど?」
「え?髪切って可愛いって言ってくれたらお礼言うでしょ」
「なに言ってんだ。髪切ったくらいで可愛くなれる訳ないだろ。シンデレラじゃあるまいし」
「ぐはっ!!
……勝手に褒められて勝手に貶された」
「ん?俺が結菜を褒めたことあったか?」
「ついさっき可愛いって言ったでしょうが!」
「結菜のことじゃねぇよ。
結菜の髪切ってた子!すごく可愛かった!結婚したい!」
「はぁ?なに言ってんの!あんた!」
「結菜こそなに言ってるんだ?
どこからどう見たって可愛いだろ!目腐っちゃったのか?」
「……余計な一言言わないと死ぬ呪いにでもかかってるわけ?
私が言いたいのはぬいぐるみのあんたに人間と結婚なんて出来る訳ないでしょって事!」
「……じゃあ人間になればいいんだな」
「ま、まさか!!魔法少女勧誘マスコットキャラあるあるの擬人化を律も出来るって言うの!?」
「くふふ。イケメン過ぎて腰抜かすなよ」
律を白い光が包んだ。
白い光が晴れるとそこには、185cmはありそうな長身で体格も良い、顔はワイルドさがある美形の男が無駄に長い足を持て余していた。
「ワ、ワイルドだぜぇ……」
私の中の杉山英司(52)が顔を出さずにはいられなかった。
「ま、魔法少女勧誘マスコットキャラが醸し出していいフェロモンの規制値を超えてる!!」
「なに言ってんだ?そんな規制ないぞ」
「表向きにはなくても、関係各社暗黙の了解で守ってるの!!
32歳、魔法少女なんていう邪道中の邪道の我々が破っていい規制じゃないの!!」
「俺バカだからよく分からねぇけど、32歳が魔法少女になるのを受け入れてくれる器の大きい人達なら、俺のフェロモン過多くらい受け入れてくれるんじゃないか?」
「……ぐぅっ」
正論すぎてぐぅの音しか出なかった。
「そんなことより早速告白してくる!!」
「ちょっと待て!!」
私は美容室に戻ろうとする律の肩を掴んだ。
「なんだよ。結菜。やっぱり俺がイケメン過ぎて惚れちまったのか?
悪いが結菜のことは、これっぽっちもタイプじゃないから諦めてくれ」
「告白した訳でもないのに手酷くふるな。
こっちだってこれっぽっちもタイプじゃないわ!!
イケメンだったら誰でもいい訳じゃないんだからね!!」
「俺に惚れた訳じゃないなら、なんで止めるんだよ」
「初対面の男に告白されるなんて、女の子にとっては恐怖以外の何物でもないの!」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!俺の恋心は爆発寸前なんだぞ!」
「そんなこと言われても……」
正直、こんなノンデリ野郎に恋愛なんて早すぎる気がする。
仮に付き合えたとしても、早々に破局する未来しか見えない。
振られた律を慰めるのも面倒くさそうだし、こんな男だと分かった上で律の恋を応援するのは、相手方に申し訳ない。
私が何を言っても、デリカシーなんて身に付かなそうだろう。
かといって諦めるような性格もしてない。さて、
どうしたものか。
悩んでいると、魔法少女変身アイテムのガラケーが鳴り出した。
「あれ。心春さんから電話かな」
「いや。違う。怪人が出たんだ」
「え!か、怪人が!?
ついに私も魔法少女として戦う時がきたの!?」
「そうだ。結菜の始めては俺が貰い受ける。
ちゃんと責任は取るからな」
「その姿と声で紛らわしいこと言うな!」
「こんなくだらないやり取りしてる場合じゃない!早く変身するぞ!」
「あんたが始めた、やり取りでしょうが
……ていうかどうやって変身するの?」
「ああ。そういえばまだ教えてなかったか。
まぁ、今日は時間もないし」
律が指パッチンすると、白い光が全身を包み魔法少女に変身していた。
「よし。じゃあ、怪人退治に行くぞ」
「…………のに」
「ん?なんか言ったか?」
「魔法少女は変身シーンが命なのに!!」
「なに言ってんだ。戦えればどう変身したって別に関係ないだろ」
「あるに決まってんでしょ!!
私なんて魔法少女の変身シーン動画集で休みの日、丸々潰したことあるんだからね!!」
「威張ることじゃないだろ……」
「せっかく魔法少女になるなら、可愛い変身シーンが欲しい!!」
「次からはちゃんとしてやるから、今日は諦めてくれ。町に被害が出たら大変だろ?」
「わ、分かったよ。それでここからどうやって怪人の所まで行くの?」
「空を飛ぶんだよ」
律が再び指パッチンすると、結菜と律が空に浮かんだ。
「うわぁ、すご!!……でもこれスカートの中見えちゃわない?」
「安心しろ。特殊な光で見えなくなってるから」
「それ特装版という金の力で消える光じゃないの?」
「そういう心配はアニメ化してからにしろ。行くぞ」
律が三度目の指パッチンをすると、結菜と律はジェット機のようなスピードで空を飛んだ。
「ギャーーーー!!!!死んじゃうーーーー!!!!」
ものの数秒で目的地に着いた二人。
「うぅ。吐きそう……」
「吐いたらゲロインって奴だな」
「もうほんとに黙って」
「Ladies and gentlemen 紳士淑女の迷える子羊たち!!
今宵は我がパレードに酔いしれ、甘美な夢に溺れようではないか!!」
5階建てのビルの屋上に白い外套を着た美男が立っていた。
「なんかすげーのが出てきた。
令和は怪人もこんなにキャラ付けしないといけない時代なのか……」
「まぁ、32歳が魔法少女にならないといけない時代だからな」
「キャラ付けとは失礼な!僕は常にありのままで生きているさ!」
「その方が問題じゃ……」
「今の時代、Ladies and gentlemenとか言っちゃいけないんだぞ!」
「例え、全航空会社が言わなくなろうと、我々怪盗はLadies and gentlemenと言い続ける使命があるのさ!」
「か、怪盗……」
「なに訳の分からないこと言ってやがる。なぁ、結菜?」
「いいえ。律。彼の言う通り、怪盗はLadies and gentlemenと言い続けなければならないのよ!」
「話の分かるお嬢さんだね!僕の信念を理解してくれたレディは始めてだよ!」
「過度なコンプラ対策に負けないで、怪盗であり続けてね!」
「おい結菜!魔法少女が怪人を応援するな!」
「確かに怪人は応援出来ないわ。
……でも怪盗となれば話は別!私は生粋の怪盗フェチなのよ!」
「か、怪盗フェチ?なに訳の分からないことを言って」
「ふっ。分かって頂かなくて結構。
フェチとは他者に理解を求める物に非ず、自らの純粋な性癖に他成らぬ」
「古文か?」
「君とは話が合いそうだ!どうだろう。この戦いが終わったらお茶でもしないかい?」
「あ、丁重にお断り致します」
「な、なぜだい!?是非、君と心ゆくまで語り合いたいのだけれど……」
「怪盗とは孤高の存在でないといけないんです。
私なんかとお茶をすると存在価値が暴落します」
「そ、そんな大袈裟な……」
「怪盗たる者、ブランディングはしっかりして下さい!!スキャンダルは厳禁ですよ!!」
「怪盗をアイドルかなんかだと思ってるのか?」、
「……どうやら僕には怪盗としての心構えが足りなかったようだ。
僕の未熟さを教えてくれてありがとう!」
「いいの。人はいつだって成長出来る生き物だもの」
「俺はいったい、何を見せられているんだ……」
「何を見せられているんだと聞かれたら、答えてあげるが僕の情け」
「その私達世代なら全員、聞き覚えのある口上は!?」
「第三次世界大戦を防ぐため。SDGsを守るため」
「リアリティラインが高すぎる……」
「恋と嘘の正義を貫くラブリーチャーミーな妖精さ。ムナシ!」
手をマイクのように握り、アイドルのコールアンドレスポンスのように結菜と律に手を差し出した。
「律!」
なんの躊躇いもなく名乗った律に、結菜は面食らった。
「え!?……あ、ゆ、結菜!」
二人が名乗り返してくれたことに満足気に頷く、ムナシ。
ムナシの横に時空の穴が空き、なんとも言えない顔をした太った猫が現れた。
「ニャン五郎だニャー!!」
濁音がつきそうな鳴き声をあげる。
「時空を駆けるマジカル団の一人と一匹は、ブラックパースト。暗い過去を抱えてる……」
「え……。暗い過去持ち、怪人&怪盗属性。おまけに猫好き属性まで……。
私の性癖で、ストレートフラッシュでも決めるおつもり!?」
「結菜……。
頼むからこれ以上魔法少女の品位を貶める発言をしないでくれ……」
「だ、大丈夫よ。律。
もうニャン五郎の最後のセリフで終わる筈だから、これ以上の醜態は晒さないわ!」
「ニャーんてにゃん」
そこには右手を猫の手のように握り、小首を傾げるムナシがいましたとさ。
そこはニャン五郎ちゃうんかい!!
「が、がはっ!!」
結菜はその場に崩れ落ちた。
「ゆ、結菜!!大丈夫か!?
怪人の精神攻撃を食らったのか!?」
「わ、私の性癖にクリティカルヒット……」
「ゆ、結菜ー!!!!」
「ふんっ。面白れぇ。レディ」
「そ、そこは面白れぇ女じゃないのか?」
「レディに対して女呼びするなんて、紳士の風上にも置けない行為、僕に出来る訳がないだろ」
「そこはレディだとギャグっぽくなるから、女で良い!!」
結菜が突如、叫んだ。
「で、でもレディを女呼びするなんて……」
「レディの要望を叶えるのが本当の紳士ってもんじゃないのかい?」
「はっ……!?」
70年代少女漫画のように衝撃を受けたムナシ。
「……確かに君の言う通りだ。自らの紳士像を優先するあまり、レディの気持ちを蔑ろにしてしまっていた」
「言ってるそばから、またレディって言ってやがるぞ」
「いや。今のはレディで正解」
「自動車免許の学科問題か?」
「僕が真の紳士になるためには、君の助力が必要だ!やっぱり諦められない!!僕と優雅なアフタヌーンティを楽しまないかい?」
「さっき断っただろ。しつこい男は嫌われるぞ」
「お茶は断られたけど、アフタヌーンティは断られていないからね」
「同じだろ。諦めろ」
「……価格帯が全然違う」
「ゆ、結菜?」
「お茶は自腹でもいけるけど、アフタヌーンティは私の貯蓄じゃ厳しい!!」
「ゆ、結菜。落ち着け!今の時代デート代だって割り勘の可能性が高いぞ!」
「デート中のレディに財布を触らせるなんて。
紳士とは言えない真似、僕はしないよ」
「ぐっ、うぐぅっ!!」
「結菜!耐えろ!耐えるんだ!!
あんな軽薄そうな男、絶対浮気するぞ!!浮気しない男がいいだろ!?」
「怪盗は一見軽薄そうに見えても、浮気しないもん!!
幼馴染の女の子の事一途に思ってて、その女の子が実は怪盗専門の刑事の娘で、正体をバレないようにする為には距離を置いた方がいいけど、好きすぎるあまりくっつかず離れずの距離を保っているものなの!!」
「特定の怪盗キャラと重ねすぎだろ。
それにお前、あいつと幼馴染じゃないだろ」
「い、今からでも幼馴染になれば……」
「32歳で?」
「うっ……」
「それにお前、お父さん刑事じゃないだろ?」
「……還暦からでも警察官ってなれるかな?」
「なれたとしても交番勤務中に定年だろ。
ちょっと冷静になれよ」
「た、確かに。ちょっと取り乱しすぎた。私らしくなかったよね」
「結菜は取り乱してない時の方が珍しいけどな」
「どういう意味よ!」
「そのままの意味だよ」
次の瞬間、大きな電話の音が鳴った。
「おい。結菜。怪人との戦闘中はマナーモードにするのが、魔法少女としての礼儀だろ」
「わ、私じゃないわよ!律じゃないの?」
「俺じゃねぇよ」
「失礼。僕だ」
ムナシはなんの躊躇いもなく電話に出た。
「あ、もしもし。ごめんね。今日は急に仕事が入って。
うん。この埋め合わせは必ず。またね。僕も愛してるよ」
電話を切ると何事もなかったかのように。
「アフタヌーンティにはいつ行こうか?」
と爽やかな笑顔で尋ねた。
「え、えっと……。今のは幻聴かなにかだよね?」
「ちゃんと現実と向き合え。
言っただろ。ああいう男は浮気するって」
「……あ!もしかしたら刑事の娘の幼馴染かも!」
「彼女とはニ週間前に出会ったばっかりだよ。彼女の父親の仕事は教師。
……いや。それは昨日会った子か。
医者。いや。それはこの後会う子か。
すまない。僕とした事がレディの情報を忘れるなんて」
「あ、謝るポイントがずれてる……」
「こういう奴は浮気をなんとも思ってないんだよ」
「それでアフタヌーンティにはいつ?」
「行きません!!」
「ど、どうして?ケーキバイキングの方が良かったかい?」
「確かに高い割に少量しか出ないアフターヌーンティよりも、ケーキバイキングの方が良いけど!そうじゃなくて!どっちにしろ行かないから!」
「僕のこと好みじゃないかな……?」
「どちゃくそ好みだよ!!」
「おい。こら。結菜」
「大丈夫!ちゃんと断るから!」
「僕のことを好ましく思ってくれているなら、どうして断るんだい?」
「もし私が独り身の」
「独り身は独り身だろ」
「ちょっと律は黙ってて。独り身の二十代前半。
……いや。26……27歳までなら、その誘い受けたと思うわ」
「年齢なんてただのアクセサリーだよ?気にすることはないさ!」
「結婚、妊娠、出産には明確なタイムリミットがあるんです!!こちとら遊び人と恋愛ごっこする暇なんてないんだよ!!」
「恋愛ごっこなんて酷いじゃないか!僕は真剣に君を思っているのに!」
「じゃあ、他の女全員と別れられるの?」
「そ、そんな!僕がいなくなったら彼女達を虚しい気持ちにさせてしまう!」
「ムナシだけにってか」
「僕はレディの虚しさを埋める為に生まれてきたんだ。いくら魅力的な結菜の願いでも、叶えてあげることは出来ないよ……」
「私だって例え貴方が顔面タイプどストレートで、フェチ全種盛りみたいな存在でも、浮気者ならお断りよ!」
「そ、そんな……。どうやら僕たちは分かり合えないみたいだね。残念だよ」
「私も残念だわ」
「本当は怪盗らしく、君の心を華麗に奪いたかったけれど仕方がない。
君たちが僕らを形容する怪人のように、力づくで奪わせてもらおう!!
この勝負、僕が勝ったら11人目のガールフレンドになってもらうよ!!」
「望むところだ!!」
「ちょっとなんで律が勝手に答えてるのよ!!」
「勝てば良いんだよ。勝てば」
「負け続けてるギャンブラーみたいな事言わないで!」
「ニャン五郎、僕らの力を見せつけるよ!!」
「ニャーン五郎ー!!」
ニャン五郎はビルよりもデカくなった。




