宮代和真の初恋
俺には好きな人がいます。
相手は同じ職場の高橋結菜さん。
歳は同い年だけど、仕事は五年先輩。
俺が入社した時、俺の教育係だった人です。
誰にでも分け隔てなく優しく、普通の人じゃ気づかないところにも気を配れ、世界で一番笑顔の可愛い女性です。
第一印象は大人な女性だった。
「本日入社しました。宮代和真 (みやしろかずま)です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
後に同い年と知った時はすごく驚いた。
もちろん。老けているとかでは全く無く。
言動、所作、身だしなみ。それら全てが完璧だったからだ。
こんな奴が同い年なんてって思われてたらどうしよう……。
いや。そんな人ではないと思うけど。高橋さんからしたら俺は、なにも出来ない子ども同然なんじゃないか?
新しい仕事を覚えるだけで精一杯でなんの役にもたててないし……。
俺の仕事を教えることに時間をとらせてしまっている。
早く高橋さんの迷惑にならないようにしないと。
「宮代君。よかったら一緒にお昼ご飯食べない?」
「あ、はい。是非」
入社したばかりで、社内で知り合いもほとんどいない俺を気遣ってくれたんだな。
本当に優しい人だな。
高橋さんが連れて行ってくれたお店は、オシャレだけど敷居は高くない、イタリアンのお店だった。
お店選びまで完璧とか。何一つ勝てない気がする。
「何にする?私はナポリタンかな」
「俺はマルゲリータにします」
「わー。マルゲリータもいいね!美味しそう!」
「よかったら分けますか?」
「え……」
やばい。調子に乗った。異性の職場の後輩にこんなこと言われてもキモいだろ。
「あ、すみません。忘れて」
「いいね!分けよう!」
「え……」
「あ、もしかして冗談だった?だとしたらごめんなさ」
「あ、いえ。本気です!めちゃくちゃ本気です!」
「ふふふ。ならよかった」
やばい。すごく恥ずかしい。めちゃくちゃ本気です!ってなんだよ。そんなことで本気になるなよ!
取り皿をもらい、半分ずつ食べることになった。
「どっちも美味しい!分けて食べれるのが二人で来るメリットだよね」
「そうですね。どちらも美味しいです。……でも先輩と一緒だから、さらに美味しく感じるんだと思います」
「え……」
あれ。俺今……。告白みたいなこと言った!?
「あ、あの。今のはその」
「……やっぱり人と食べると。より美味しく感じるよね!」
「そ、そうですね!」
さらっと流してくれた。
そんな気遣いまで出来るなんて……。
ありがたい。…………でもどうして少しだけ、寂しく思うんだろう。
俺、本当に先輩のこと……?
「宮代君。なにか困ってることはない?私でよかったらどんな話でも聞くからね!」
「あ、大丈夫です。気を遣ってくださってありがとうございます」
「そっか。なら良かった。今後もいつでも話聞くから、なにかあったら相談してね。っていっても私じゃ頼りないだろうけど」
「そんなことないです!いつも頼りにしてます!」
高橋さん程、頼りになる人はこれまでの人生で出会ったことがない。
両親や教師よりもだ。
これだけ頼りになる人に、頼れる人はいるのだろうか。
……いつか俺が。その相手になれる日はくるのだろうか。
「私、誰かになにかを教えるのって、生まれて初めてだから、わかりにくいところも多いと思うの……。本当にごめんね」
「そんなことないですよ!マニュアルとかもすごく分かりやすくて助かってます!」
「本当?それならよかった。なんだか先輩なのに励ましてもらってばかりで恥ずかしいな。気を使わせることばかり言ってごめんね」
「そんなこと!」
「あ、また言っちゃった。……そろそろ出ようか。お昼休みももうすぐ終わりだし」
「あ、そうですね」
全部本音なのに、どうしたら信じてもらえるんだろう。
俺の言い方が嘘っぽいのかな。
先輩とレジに移動した。
「あ、俺。払いますよ。いつもお世話になってますし」
「……いやいや私が払うよ!私の方が先輩なんだから!」
ここは払ってもらった方が高橋さんを困らせないというのは分かる。
でもなんか嫌だ。
理由も分からずこんなことを思うのは、子どもの時以来な気がする。
「先輩っていっても年は同じじゃないですか」
「え……。そ、そうだけど」
駄目だ。めちゃくちゃ困らせてる。
でもここまできたら譲れない。
「……そうですけど、俺男ですし」
「……女に払われるとプライドが傷つくってこと?」
先輩の目から温度が消えた。
やばい。地雷踏んだかも。
そういう意味で言った訳じゃないんだけど。
「ち、違います!そういう意味じゃ……」
「……お店の外で待ってて」
「……分かりました」
これ以上言うと嫌われてしまう。
大人しく店の外で待とう。
「お待たせー。ごめんね。変に意固地になっちやって」
「いえ!俺の方こそすみませんでした!」
「会社戻ろうか」
「はい」
その後も毎日、お昼ご飯をご馳走になってしまった。
今度なにかお礼したいな。
先輩甘い物好きかな。
駅前のケーキバイキングの利用券が当たったんだよな。
男一人じゃ行きづらいし、一緒に行ってくれたりしないかな。
でも休みの日に異性の後輩と出かけるのって、逆に迷惑だろうか。
……でもケーキを食べてる先輩、可愛いんだろうな。
後日、勇気を出して誘ってみた。
「あ!ここずっと行ってみたかったんだよね!お高めでなかなか行けてなかったから、すごく嬉しい!本当に私でいいの?」
「はい。先輩と行きたいんです」
「嬉しい!本当にありがとう!」
「俺も嬉しいです。じゃあ次の土曜日に」
「うん!楽しみにしてるね!」
……喜んでる先輩、可愛かったな。
俺には最近、悩んでいることがある。
それは先輩のことを恋愛対象として好きなのか言うことだ。
先輩としてはもちろん好きさ
でも人を好きになったことがないせいで、これが恋愛感情なのかがよく分からない。
恋愛感情な気もするし、初めて心から尊敬する人に出会えて、尊敬を恋と勘違いしてるだけな気もする。
自分の感情が恋だという確信に変わったのは、その週の金曜日。
夜の11時頃にスマホを会社に忘れたことに気づいたからだった。
「……最悪だ。どうしよう」
普段だったら、二日くらいスマホなしでも過ごせる。
でも明日は、先輩とケーキバイキングに行く日だ。
急な連絡があるかもしれないし、スマホなしでいる訳にはいかないだろう。
「……取りに行くか」
こんな時間に誰もいるはずないと思っていたから、会社の電気がついていて驚いた。誰がいるんだろう。
そこには真剣な表情で、パソコンに向き合う先輩がいた。
「……先輩?」
「あれ?宮代君。どうしたのこんな時間に」
「俺はスマホ忘れて。先輩こそどたんですか?なにか急ぎの仕事ですか?手伝いますよ!」
「あ、ううん。そういう訳じゃないから大丈り!」
「じゃあなにをして」
先輩のパソコンを見ようとすると。
「見ないで!!」
と両腕を広げて隠された。しかし見えてしまった。
「……これマニュアルじゃないですか?こんな時間まで作ってたんですか?」
「教えるのを楽にしたくて、作ってただけだから気にしないで!!」
「だからってこんな時間まで……」
「あ、残業代なら心配しないで!タイムカード押してから、作ってるから大丈夫だよ!」
「尚更大丈夫じゃないですよ!!マニュアル作るのだって立派な仕事なんですから、きちんと請求してください」
「と、とにかく大丈夫だから!!普段はもっと早くに帰ってるし!」
「本当ですか?」
「ほ、本当だよー」
嘘が下手な人だな。目が見たことないくらい泳いでいる。
「とりあえず帰りましょう」
「いや。終電までまだ時間あるし」
「帰りましょう」
「……はい」
「自宅まで送りますよ」
「大丈夫!自宅の最寄り駅からも結構歩くし」
「だったら尚更ですよ。女性が一人でこんな時間に出歩いて良い訳ないじゃないですか」
「いつもこの時間まで残業して……あ!いや。あの。その。とにかく大丈夫だから!!」
「……ならせめて、タクシーに乗ってください。俺呼びますね」
「だめ!!」
「……どうしてそんなに嫌がるんですか。理由を言ってもらわないと納得出来ません」
「…………き……」
「き?」
「…………金欠なの」
「え」
「今月色々買いすぎちゃってね!お昼ご飯ご馳走するくらいなら、全然私の給料でも平気なんだけどねー」
「……そうだったんですね。だったらタクシー代は俺が出します」
「大丈夫だって!一人で電車で帰れるから!」
「駄目です。俺が送るか、タクシーに乗るか。選んでください」
「………………タクシーでお願いします」
「わかりました。気をつけて帰ってくださいね」
「はい」
「今一万円札しか持ってないので。これで。お釣りは日頃のお礼ということで取っといてください」
「必ず!必ず返すから!」
「返さなくて大丈夫ですよ」
「返す!絶対に返す!」
やっぱり律儀な人だな。
俺はタクシーを呼び、高橋さんを見送った。
「また明日」
「うん。また明日。本当にごめんね!このご恩は必ず!」
「大袈裟ですよ」
高橋さんはタクシーが俺の視界から消えるまで、ずっと手を振り続けた。
なんだか数時間で、高橋さんへの印象が180度変わったな。
大人っぽくて頼り甲斐のある人だと思っていたのに、変なところで子どもっぽくてずっと見ていないととんでもない無茶をする人のようだ。
俺は前者の高橋さんが好きだったのに。何故だか少しもがっかりはしていなくて。むしろ前より魅力的に見える。
何故だろう。自分が好きだと思った部分と、180度違う部分を見たのに。
俺があの優しくて不器用な人を、一生かけて守りたい。守らせて欲しい。
……そうか。これが恋か。
翌日、俺たちは約束通りケーキバイキングに行った。
「ごめんね!お待たせ!」
「まだ時間じゃないし、大丈夫ですよ。楽しみすぎて俺が早く来ちゃっただけなので」
「宮代君。甘い物大好きなんだね」
「……はい」
甘い物も楽しみだけど、それ以上に休みの日に高橋さんと会えるのが楽しみで仕方がなかったなんて。
いつか言える日がくるのだろうか。思うだけでも心臓が爆発しそうなのに。伝えたらどうなってしまうんだろう。
「楽しみだね!」
「はい。楽しみです」
高橋さんの笑顔。可愛いな。
私服初めて見たけど、ワンピースなんだな。可愛いな。
メイクもいつもはキリッとした感じだけど、今日は甘めの感じなんだな。可愛いな。
やばいな。全部が可愛く見える。
恋って怖い。
ケーキバイキングの会場に入った。
案の定、ケーキをキラキラした目で選んでる高橋さんも可愛いかった。
もうこの人は、何をしてても何もしてなくても可愛いんじゃないだろうか。
なんなら、存在自体が可愛いんじゃないだろうか。
駄目だ。頭がおかしくなってきた。
恋って怖い。
「ついたくさん、取っちゃったなぁ」
「食べきれなかったら俺が食べるんで、好きなだけ取って大丈夫ですよ」
「え、本当?じゃあ、お言葉に甘えちゃうかも」
「はい。遠慮なくどうぞ」
案の定、ケーキを食べる高橋さんも可愛かった。
「うーん。美味しい!」
「美味しいですね」
本当に幸せそうに食べるな。
ケーキを食べてる高橋さんを見てる方が、ケーキ食べてるより幸せだ。
毎食一緒に食事できたら、死ぬ程幸せだろうな。
って。告白する勇気もないくせに何考えてるんだ。恥ずかしい。
「あれ。クリームついてるよ」
そう言って、高橋さんは俺の唇に手で触れた。
「うん。とれた」
「……なんかもう。お腹いっぱいです」
「え、もう。早くない?」
「いや。お腹というか胸がいっぱいというか」
「え。大丈夫!?体調悪い?」
「体調はむしろ良いというか……。俺だいぶ変なこと言ってますよね。すみません」
「ううん。大丈夫だよ!せっかく来たんだし、たくさん楽しもう!でも無理はしないでね!」
「……はい。ありがとうございます」
高橋さんには俺が、ケーキバイキングが楽しすぎておかしくなったやつに見えてるんだろうな。
俺の高橋さんへの気持ちは言葉にしても10分の1しか伝わらない気がする。
俺の気持ちが全部、高橋さんに伝わればいいのに。
制限時間の90分はあっという間だった。
楽しい時間はあっという間という言葉が、本当なんだと人生で初めて実感した。
「じゃあ、また明後日に会社で」
「はい」
まだ一緒にいたい。帰らないで欲しい。
明後日まで待てない。せめて明日も一緒にいて欲しい。
……自分がこんなに欲深い人間だと知らなかった
こんな奴は高橋さんの隣にいるのに、相応しくないんじゃないか。
……それでも隣にいたい。
何年でも待つから、いつか俺を選んで欲しい。
それからも変わらない毎日を過ごした。
一緒に仕事をし、お昼を食べて、時々勇気を出して休みの日に映画に誘う。
それだけでも幸せだけど、俺は欲張りだからもっと求めてしまう。
高橋さんの彼氏になりたい。だから俺は決めた。
高橋さんを好きになって、一周年記念の今日。
俺は高橋さんに告白する。
仕事終わりに食事に行く約束をした。食事券が当たったと嘘をついて。ベタだけど夜景の見える、レストランを予約した。
やばい。今日告白することを思うだけで、心臓が張り裂けそうだ。
こんな調子で告白なんてできるのか?
いや。するんだ!
今日出来なきゃ、きっと一生出来ない。
夜、高橋さんと一緒に会社を出た。
会社の前に見覚えのない、高級車が止まっていた。
誰の車だろう。
あの車乗ってる人いたっけ。
車から高級スーツを着た男が降りてきた。
「結菜!」
男が俺たちの方に歩いてくる。
「あれ?なんで……」
「迎えに来たよ。一緒に帰ろう」
「あ、ありがとう。でも今日は食事に行く約束があるから」
「は?彼氏より優先する相手がいるの?」
「そ、そういうわけじゃないけど、付き合う前からしてた約束だし……」
「そんなの関係ないでしょ。ちゃんと断ってよ。……ていうかこいつ誰?」
「……会社の同僚。こいつなんて言い方辞めて」
「まさか約束の相手ってこいつじゃないよね?」
「……そうだけど」
「はあ?意味分かんない。彼氏いるのに他の男と食事に行くの?」
「きょ、今日で最後にするから、今日だけは行かせてよ!前から約束してたんだから!」
「そんなの関係ないでしょ。俺と付き合ったんだから断ってよ。結菜は俺が職場の女子と二人っきりで食事してても嫌じゃないの?」
「それは……。でも宮代君はただの職場の同僚だから」
ただの職場の同僚。その言葉に俺の中のなにかが切れた。
「……高橋さん。今日の約束。なかったことにしましょう」
「で、でも!当日だからお店にも迷惑がかかるし……」
「友達で行きたいって言ってた奴がいるんで。そいつと行くんで気にしないでください」
「でも……」
「大丈夫ですから」
「……わ、分かった。本当にごめんね」
「じゃあまた月曜日に会社で」
「……うん。会社で」
俺は早歩きで家に向かった。
泣くな!!泣くな!!泣くな!!
泣いたらもっと惨めになる。
なんとか家まで泣かずに帰った。
でも玄関に着いた途端、座り込んで泣いてしまった。
今日の食事を付き合う前から約束してたと高橋さんは言っていた。
ということはあの男と付き合い出したのは、つい数週間前のことだ。
どうしてそれまでに告白する勇気が湧かなかったんだ。
それまでに告白できていたら、付き合えていたかもしれないのに。
仮に振られるとしても、ちゃんと告白して振られたかった。
それになんだあの束縛男は。
あんな男より俺の方が絶対に高橋さんを幸せに出来る!!
それにあいつが将来、浮気をしない保証はあるのか?
俺だったら絶対にしない!!
生涯、高橋さんだけを愛して生きていく自信が
あの男にその覚悟はあるのか?
ないなら今すぐに別れて欲しい。
……でもただの同僚男の俺には、何も言か
う資格がない。
せめて友達になれていたら、注意喚起くらいはできたのかもしれないけど。
ただの同僚男に言われても、余計なお世話でしかないだろう。
俺は今日、高橋さんに告白出来なかったことを一生後悔して生きていくだろう。
辛少しい。辛いけど。
高橋さんへの気持ちを忘れてしまうくらいなら、その方がよっぽどマシだと思う。
俺と高橋さんは、一緒に昼食を取ることもなくなった。
あの男に辞めろと言われたそうだ。
高橋さんと一緒に食事出来なくなるのは正直死ぬほど嫌だったけど、そんな事言っても高橋さんを困らせるだけだ。
仕事でも前と変わらず接しようとしてくれてはいるがどうしても距離を感じる。
ある日、先輩と俺の同期の女性が話してるのを聞いてしまった。
「高橋先輩。最近幸せそうですよねー。彼氏さんと順調なんですか?」
「うん。順調か
「えー。いいなー。結婚とか考えてたせりするんですか?」
「……うん。彼がいいならしたいって思ってるよ」
「えー!ラブラブじゃないですかー!結婚式呼んでくださいね!」
「あ、あくまで私がしたいって思ってるだけで、彼がどう思ってるかは!」
「大丈夫ですって!一度先輩と居る時、たまたま彼氏さんに会いましたけど、先輩のこと大好きで仕方ないって感じだったじゃないですかー!来月の誕生日とかプロポーズされるんじゃないですかー?」
「き、気が早いよ!!」
「あー。私も彼氏欲しいなー。宮代君のことちょっと良いなって思ってるんですけど、先輩どう思います?」
「……うん。お似合いだと思うよ」
高橋さんのその言葉に、心臓が潰されるかと思った。
好きな人に別の女性とお似合いだと言われることが、この世で一番辛いんじゃないかと思うくらい苦しかった。
それから一年後、俺が別の部署に移動になり出社時と退勤時に軽い挨拶を交わすだけの関係になってしまった。
高橋さんの顔を見るたびに胸が詰まる。
いっそ会社を辞めてしまおうか。
……でも。どれだけ辛くても彼女の側にいたい。
彼女がなにか困った時、大したことはできなくても助けさせて欲しい。
ただの自己満足だけど。それが俺の幸せだから。
俺と高橋さんが32歳になる年。
再び、先輩と俺の同期の女性が話してるのを聞いた。
「えー!高橋さん。彼氏さんと別れたんですか?」
「……うん。そうなの」
よっしゃ!!と咄嗟にガッズポーズしていた自分に失望した。
最低だ。こんな人間にはなりたくなかった。
……でもどうしても喜んでしまう。
高橋さんと付き合えるかもしれない。
ただの可能性でしかないのに、どうしようもなく嬉しい。
高橋さんに告白しよう。
振られたとしても、今度こそ想いを伝えるんだ。
……でも何年もの間、ほとんど挨拶しか交わしていないただの同僚男に、告白されても怖いだけだよな。
まずはある程度、仲を深めないと。
こういう時ってどうやって話かけたらいいんだっけ?
良い天気ですね?
いや。ご老人じゃないんだから。
ご趣味は?
いや。お見合いでもないし。
ど、どうしたら……。
悩んでるうちにあっという間に半年が経ってしまった。
残業終わり、帰り道を歩きながらも悩んでいた。
早くしないとまた彼氏ができるかもしれない。
いや。あれだけ素敵な女性だ。
かもじゃない。間違いなくできる。
早くしないと!!……でもなんて話かけたら。
「あー。悩みすぎると幻覚が見えるんだな。
白い犬のぬいぐるみが空を飛んでるなー」
「魔法少女になりたいですか?」
いや。『少』でも『女』でもないし。
……でも子どもの時はヒーローより魔法少女が好きだったな。
恥ずかしくて友達にも言えなかったけど。
今みたいに多様性の時代に生まれていたら言えたのかもな。
それに魔法が使えたら、高橋さんに告白するのも簡単に出来るんだろうな。
どうせ夢だろうし。
「なりたいです」
「分かりました。なら僕があなたの願いを叶えてあげます」
ぬいぐるみが指パッチンし、和真を謎の光が包んだ。
「わっ。スカート」
「魔法少女なので。せっかくですし全身鏡をご用意しましょうか?」
「お願いします。せっかくですしね」
ぬいぐるみが再び指パッチンすると、全身鏡が現れた。
……どんな姿だろう。
ドキドキしながら、鏡の前に立った。
そこには黒い魔法少女の衣装を着た俺がいた。
「きっつ!!!!」
「そんなことないです。とてもよくお似合いですよ」
「少し似合ってるところも含めてきついんですよ!!俺今年32歳ですよ!!」
「大丈夫。大正時代の平均寿命は今の約半分だったので、大正時代なら16歳です」
「そうはならないでしょ!!仮に年齢が大丈夫だったとしても、俺男ですし!!」
「大丈夫です。今は多様性の時代じゃないですか」
「多様性ってそんなに便利な言葉じゃないですからね!?早くこの服脱がせてください!!」
「じゃあ、契約を締結しましょうか」
「さっきまでの話ちゃんと聞いてましたか!?契約なんてする訳ないでしょ!?」
「でも魔法少女になりたいですよね?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか」
「僕の声は魔法少女になりたい人にしか聞こえないんですよ」
「……子どもの頃の話です」
「今こそかつて叶えられなかった夢を叶える時です」
「……駄目ですよ。32歳おじさん魔法少女なんて。時代が許しても子どもの頃の俺が許さないです」