59 一旦解散
指先に固いものが触れる。
「これは……」
そうだ、これはウサギ姫がくれた石だ。
これをアヤナミの喉に開いた傷に詰めると血が止まるんじゃないか?
なぜか本能的にそう思った僕は、ウサギ姫の石を握りしめた。
その間にもクサナギ剣が何度も僕を襲う。
オオクニヌシ剣で応戦するも、お互い決定的な攻撃には繋がっていない。
(これを握りおのれの血を吸わせて願えば叶う)
僕はウサギ姫の石をアヤナミの喉の穴に詰めるべく、決死の接近戦を挑んだ。
クサナギ剣をオオクニヌシ剣の鍔で受けながら、僕は握り込んでいた石をアヤナミの喉の穴に突き刺した。
この穴は傷ではない!
逆鱗が抜けた後の穴だ。
これを握りおのれの血を吸わせて願えば叶う……頼むぞウサギ姫!
アヤナミの喉の穴に押し込まれた石が、血を吸って怪しく光った。
「アヤナミ! こっちに戻ってこい! 戻りたいと願ってくれ!」
そう叫んだ僕の頬をクサナギ剣が切り裂いた。
めちゃくちゃ痛い!
その攻撃を最後に、アヤナミの攻撃が止まった。
『出るぞ! 瞬間を狙え』
オオクニヌシの声に萎えかけていた闘志がよみがえる。
石がピカッと光った。
その次の瞬間、その穴から黒い手が出てきた。
俺はヤマトタケルの魂の欠片だ。
僕はこの好機を逃さず、這いずるように出てくるヤマトタケルの魂にオオクニヌシを繰り出した。
「このやろ~~~~~! アヤナミを苦しめやがって! 許さん!」
僕の剣に迷いはなかった。
正直に言うと、今までなぜこのヤマトタケルを僕が倒さなくてはいけないのか分かっていなかった。
ただなんとなく、サーフェスが言うからというような曖昧さがあったんだ。
でもサーフェスから抜けたオオクニヌシの魂……あまり好きにはなれそうにない。
ふっくん、ごめんね、君はちょっと苦手なタイプ。
僕の攻撃により更に小さくなったヤマトタケルの魂を、鈍青色の腕が握り込んだ。
目を開けると金色に輝く瞳と目が合った。
「アヤナミ!」
「トオル、俺の腰の革袋から石を出してくれ」
僕は急いでアヤナミの言うとおりにした。
「少し消えるが心配はない。このまま地上に降りてゲートの前で待て」
「わかった」
アヤナミはヤマトタケルの魂を握ったまま石の中に入った。
ぐんと重量と熱さが増した石を握りしめて、僕はゲートの前に降り立った。
明け始めた空を紫色の雲が流れている。
なんとなく口をついて出たのは、枕草子の冒頭部分。
「やっぱ僕って日本人なんだな」
少し自嘲気味に口に出す。
ゲートの前に座っていると、胸にぶら下げた石がぼんやりと光った。
「サーフェス?」
「トオル、ご苦労だったね。様子は伺っていたのだけれど僕には武器もないし、足手まといになるだけだと思って出なかった。アヤナミもいるしって思ったんだけど予想外の展開だったね」
「うん、それにしてもヤマトタケルはどうやってアヤナミを乗っ取ったのかな」
「逆鱗の抜けた痕から入ったのだろう」
「アヤナミはずっと気を失っていたんだよ?」
「それはアヤナミの体の中で死闘を繰り広げていたんだよ。いやぁやはり竜神は強い」
「そうなの?」
「オオクニヌシで切り裂いた最後の欠片は、アヤナミが竜神王から授けられた石に封印されることだろう。あいつは今その作業をおこなっているんだよ」
「封印……ってことは、サーフェスの次元はもう安泰ってこと?」
「いや、ヤマトタケルは邪気を煽っただけだから、アヤナミが戻ったら僕は行くよ。オオクニヌシを持ってね。トオルはクサナギ剣をあるべき場所に返してくれ。ここで一旦解散だ」
「サーフェス?ひとりで大丈夫なの?」
「オオクニヌシ剣があればなんとかなるだろう。片付いたら一度そちらに行くよ」
「僕は何もできなかったね」
「そんなことは無い。君じゃなきゃダメだった。アツタノミコの傷ついた魂も癒された事だろう。あとは妹に入っているミヤズヒメの魂とうまく遭遇できればいいけど」
「また何千年もかかるのかな」
「かもしれないね。もう僕は行くね。アヤナミにはよろしく言っておいてくれ。まあ神同士だから会おうと思えばいつでも会えるから」
「うん、分かった。サーフェス、気を付けてね。ミーヤさんによろしく」
「ありがとう。それとその石は君は持っておいてくれ。護符だと思ってくれたらいいよ。大したものじゃないけれど」
「わかった。ありがたくいただくよ」
僕はサーフェスが入っていた石を撫でた。
「さよなら、オオクニヌシの魂。元気でねふっくん」
『世話になった。お前の先が豊かであることを祈る』
「ありがとう。サーフェスのこと、よろしくお願いします」
僕たちは握手を交わした。
オオクニヌシ剣を鞘ごと渡し、僕はアヤナミの入った石を握ってゲートに入る。
後ろからサーフェスの声が聞こえた。
「トオル?出口分かる?」
「あっ! わかんない」
「お祖父様の家を強くイメージするんだ。ゲートから直接移転できるから」
「わかった」
僕の最後の言葉はサーフェスに届いただろうか。




