55 二つ目の試練②
僕からアヤナミが離れるのと比例して、黒い何かが近づいてくる。
『構えろ』
ふっくんの声に否が応でも緊張が高まった。
『来るぞ!』
僕は一か八かの勝負に出た。
すれ違いざまに黒い何かを薙ぎ払う。
手ごたえはあった。
僕より下になったそれを見るために体勢を反転した瞬間、腹に衝撃が走る。
手で触れて状態を確かめたいが、剣を構えなおすことに集中した。
「何奴ぞ?ああ、あの腰抜けか」
その言葉に僕の心は逆立った。
「ふんっ!偉そうにほざくはか弱き女に切り殺された卑怯者か?どうりで先ほどから辺りに腐った匂いがすると思うたわ」
オイ! 何挑発してるんだ!
「なに?」
ほら! 反応しちゃったじゃないか! 狙い通りだけど僕は望んでないぞ!
「お前は知らぬだろうが、あの女は吾に抱かれて大層喜んでおったぞ?煩いほどに声を上げたなぁ!自ら腰を振ってそれは乱れておったわ!」
「ほざけ!」
一瞬の沈黙の後、凄いスピードで駆けあがって来たそれは、僕に体当たりをかましてきた。
レプリカとはいえ剣を持っているはずなのになぜ体当たり?
『もう一度来るぞ! 薙ぎ払え!』
言われなくてもやるさ! 僕の魂は物凄いほどの怒りに震えているんだ!
僕は再び迫りくる黒いものの真ん中をめがけてオオクニヌシを突き入れた。
今度は手ごたえがない?
『ねえふっくん。もしかしてアレって邪気の塊かな? だとしたら粒子だから切れないよね。でもさっきは手ごたえがあったんだ。どういうこと?』
『恐らくヤマトタケルの魂を囲っているのだろう。手ごたえがあったとしたら、その魂にお前の剣が触れたのだ。まずはあの黒いものを払え。魂を裸にするのだ。それと、ふっくんって呼ぶな』
『わかった! やってみるよ! ふっくん』
『だから……』
僕は無視してスプレー缶を鞄から出した。
でも待てよ?
粒子を固めたとしても切れるわけじゃないから……燃やすしかないか?
どうやって燃やす?
「アレだ!」
僕は急降下して森に突っ込んだ。
バキバキという音がして体中に衝撃を感じたが、不思議といたいとは思わなかった。
あたりを見まわしてなるべく葉がついている折れた枝を探す。
僕の落下で折れたのか、腕位の太さの枝が転がっていた。
スプレー缶を葉っぱに振り、僕は再び上空を目指す。
僕を追って来ていた黒いそれは森の上で留まり、様子を伺っていた。
「おりゃぁぁぁぁぁ!」
オオクニヌシを鞘に収めて、両手で糊付きの枝を振り回しながら黒い塊に突っ込んだ。
今度は急停止して、黒い粒子を絡めとるように枝を振る。
途中何度もスプレーを振って、粘着力を維持した。
「おりゃおりゃおりゃおりゃ!」
何度かに一度はゴンッと何かに触れる。
おそらくそれがヤマトタケルの魂だ。
粒子に重量は無いのか、枝は真っ黒になっているのに重さは変わらない。
しかし僕の腕力には限界が来ていた。
ふと見ると黒いものの真ん中に更に黒い塊が見える。
『あれだね?』
『オオクニヌシで刺せ!』
僕は真っ黒くなった枝を投げ捨てて、鞘からオオクニヌシを抜いた。
両手で構えてヤマトタケルの魂に向かって突っ込んでいく。
一回目はひらりと避けられた。
二回目、三回目と波状攻撃を繰り出すが、なかなか当たらない。
そのうちに体力の限界が来たのか、僕は高度を下げ始めた。
『お前……体力無いな』
『面目ないです。ふっくん』
『地上に降りたら新たな邪気を纏うぞ』
『それは困る。なけなしの根性をふり絞ってみます』
僕はアヤナミの言葉を思い出し、下丹田に力を込めた。
最後の攻撃になると思った僕は、全神経を腕に集中させた。
ヤマトタケルの魂は、僕を迎え撃つ気満々でこちらに注目しているのがわかる。
見る見るうちに漆黒の魂が人型に変わった。
でも小さい!
まるで小学生がメマトイに囲まれているような感じだ。
あの小ささはズルい!
切りつけるには罪悪感が半端ない!
『小さいな』
『……ふっくん?』
きっとふっくんも一瞬だけ弱い者いじめをしているような感覚に陥ったのだろう。
うん、わかるよ、その気持ち。
しかしよく見るとその手には剣が握られている。
でもあれはニセクサナギだ。
しかもかなり形が変わっている。
スプレー糊を落とすのに相当苦労したようだ。
ふふふ……恐るべし文明の利器。
『油断するな! 来るぞ!』
相手の小ささに惑わされ、バカなことを考えていた僕はふっくんの声にビクッとした。




