52 負傷
ドサッという音がして、サーフェスが転がった。
僕は慌てて駆け寄り、彼の体を抱き起こす。
利き腕が変な方向にねじ曲がっていた。
「サーフェス!」
「やっぱり強いなぁ奴は。アヤナミが持ちこたえてくれている間に回復できれば良いが」
サーフェスの腕は血で真っ赤に染まっている。
その血がクサナギ剣を濡らし、テラテラと光っていた。
「兄上……私が代わります。兄上はここに」
「いや、まだ時期尚早だろう。ここは耐えろ。奴にお前の気配を悟られるな」
「……はい」
「トオル君、奴が追って来たら、とにかく逃げ回ってくれ。時間稼ぎだ。その間に回復できると思うから」
「回復って、君はどこで休むのさ」
「そこ」
そう言って笑ったサーフェスは、僕が握りしめている新オオクニヌシの柄に埋め込まれた石に吸い込まれていった。
ああ、この石はそういう役目があったのか……知らなかった。
見上げるとアヤナミは善戦しているが、少し押されているように見える。
よく見るとヤマトタケルの周りには黒い粒子が舞っていた。
ワンオンワンではなかったということだ。
汚いぞ! ヤマトタケル!
僕は斜め掛けにしている鞄からスプレー糊を取り出した。
大量のおにぎりと10本のスプレー糊。
どうりで重たいはずだ。
僕はスプレー糊の蓋を投げ捨てて飛び上がった。
「アヤナミ!」
チラッと僕を見て、僕の手に握られたスプレー缶を見たアヤナミはニヤッと笑った。
体を少しずつずらしてヤマトタケルを引き付けるように移動している。
僕はヤマトタケルの背後からスプレー糊をぶっ放した。
しゅぅ~というなんとも気合の抜けた音で、霧状の強力糊が散布されていく。
常に風上を意識しながら僕は黒い粒子に向って、満遍なく吹きかけた。
粒子の動きが鈍くなっていく。
効果はあるようだ。
僕は二本目のスプレーを開けて、更に上から吹きかけた。
粒子が砂粒になり、砂利くらいの大きさになった頃、僕は三本目に手をかけた。
黒い砂利達は背中からスプレー糊を浴びたヤマトタケルの着衣に貼り付いていく。
しかしそれはアヤナミにも言えることだった。
アヤナミの胸にも腹にも黒い砂利が貼り付いて、彼の動きも鈍くなっていく。
その時ヤマトタケルが着ていた衣を自ら切り裂いて投げ捨てた。
よく見るとヤマトタケルが握っているクサナギ剣にも黒い砂利が幾つか付いている。
あの粒子は重量があるのだろうか?
だとしたらかなり重たいはずだが。
しかもあの刀では殺傷能力はなさそうだ。
あっ!そう言うことだ。
僕はアヤナミに目配せをして、奴を地上に誘うように動いた。
体当たりをするしか能が無い僕は、覚悟を決めて奴に向かって飛んだ。
僕程度の殺気でも察知するのか、ヤマトタケルが振り向く。
その瞬間アヤナミが剣を繰り出す。
ヤマトタケルは咄嗟に避ける。
それを繰り返しながら、徐々に高度を下げて行った。
地上に降り立った僕は新オオクニヌシを鞘に収め、スプレー糊を両手に持った。
二丁拳銃ならぬ二丁スプレーだ。
「こっちだヤマトタケル!」
僕はなんとか距離を詰めつつ、風上をキープする。
シュッ! シュッ!
隙をついて奴のクサナギ剣に糊を吹きかけつつ、ブッシュに誘いこむ。
奴は不敵な笑みを浮かべながら、アヤナミを往なしつつ僕を追ってきた。
アヤナミも上手いこと奴を追い詰めている。
「ちょこまかと小賢しい!」
ヤマトタケルはそう叫ぶと、僕めがけて一気に間合いを詰めた。
僕は横跳びでブッシュの中に転がり込む。
ヤマトタケルの剣が低木ごと僕を切り裂くように一閃した。
バサッという音と共に低木が横半分に切られた。
まだこれだけ切れるってお祖父様どんだけ真面目にレプリカ作ったんだ?
しかし現代の科学の力は侮れない。
スプレー糊の粘着力は植物に有効だった。
ヤマトタケルが握っているニセクサナギは、もはや葉っぱの塊と化していた。
ビバ! スプレー糊!
自分の剣の状態に気づいたヤマトタケルは鬼のような形相で睨みつけてきた。
それでも剣を捨てないのは、やはり愛刀クサナギだと信じているからだろうか。
ヤマトタケルはいきなり大きな岩をめがけて駆け出した。
「移転するぞ! 走れ!」
アヤナミが走り出し、僕も慌てて追いかけた。
「時空移転で見失うと面倒だ。追うぞ」
「分かった」
ヤマトタケルが岩に手をかけると、もう見慣れてきた漆黒の亀裂が浮かび上がった。
奴が飛び込み、僕たちもすぐに飛んだ。
まるで引っ張られるように暗闇の中を飛んでいると、アヤナミがボソッと話しかけた。
「トオル、その作戦は少し問題がある」
「そう?でもうまくいったと思うけど」
「奴もべとべとだが、俺もべとべとだ」
「あっ……そうだよね」
「今度から噴射する前に言ってくれ。必ず避ける」
「うん、分かった。アヤナミの剣は無事?」
「ちょっと付いた」
「ごめん」
「これって拭いても取れないじゃん!」
「うん、たぶん無理。アルコールとかで地道にこするしかないね。今度から強力剝離剤も良いするよ」
「ああ」
アヤナミは少しだけ機嫌が悪かった。




