46 クサナギとトオル
出て行こうとするクサナギさんを僕とサーフェスで説得した。
迷惑になるからというクサナギさんだったが、お祖父様の一言で留まることになった。
「明日には出来上がります。一目だけでもご覧になりませんか?」
ずっと戻りたくても戻れなかった自分の体だ。
見たくないわけがないのだろう。
目の周りを真っ赤にして小さく頷いたクサナギさんは少し幼く見えた。
その夜は美佐子さんご自慢の郷土料理うず煮が出た。
今日も酒宴が始まり、クサナギさんも加わった。
どうやら神というのは酒好きらしい。
僕はなんとなくクサナギさんから目を離せずにいた。
「トオル君、ありがとうね」
クサナギさんが柱に寄りかかって宴会を眺めている僕の側に来た。
「ありがとうって?」
「きっと私もアツタノミコも、心の拠所においてけぼりにされたという共通点があるから共鳴するのかな。君の魂が私に寄り添おうとしているのがわかるんだ」
「そうなんですか?何度聞いてもいまいち相関図が理解できなくて」
「君が子供のころから常識として習ってきた古代史と現実があまりにも違うから。私はね、ミヤズヒメを犯して逃げるヤマトタケルに置いて行かれたんだ。まだ研ぎが終わってなかったから、持って行っても仕方がないと思われたのかもしれないけれど、それでも私を持って行って欲しかった」
「そりゃそうですよね。ずっと一緒だったんだもの」
「うん。そして君も心から愛していたミヤズヒメに先立たれてしまった。要するに置いて行かれたんだ」
僕の胸の奥がギュッと締め付けられた。
きっとアツタノミコの悲しみだろう。
「アツタノミコはミヤズヒメの覚悟に気づけなかった自分を責め続けていたよ。そして僕を研ぐ事を放棄したんだ。国の主となった一族からクサナギ剣を渡せと言われたときも渡さないという選択をした。きっと持っていればいつかはヤマトタケルが来ると思ったのだろう。復讐の機会をうかがっていたんだろうね」
「渡さなかったって、罰せられなかったのですか?」
「フェイクを渡したからね。アツタノミコならレプリカを作るなんてお手のものさ」
「ああ、そりゃそうですね」
「木の葉を隠すなら森の中って言うだろう?そういう意味でもアツタノミコの工房はクサナギ剣を隠しやすかったしね」
「だから教授が持っている仮想クサナギ剣はデザインが違うんですね」
「国主達はその長だるものだけだが、私たちと同じように時空を渡ることができるんだ。その能力を維持する儀式は現代もおこなわれているけれど、形骸化してしまって意味までは伝承されていないけどね。そう言えば君もその能力を持っているよ?」
「え?僕が?」
「うん、君も神の食べ物を口にしただろう?」
「……覚えがないですが?」
「兄上から出されたものを食べたんじゃないの?君が帰ってきたとき私はすぐにわかったよ?」
「サーフェスから貰って食べた?天文台でのことかな?でもあれって市販のスナック菓子でしたよ?ポテチとチョコレート」
「うん」
「マジすか!」
「そう」
僕は啞然として言葉を失ってしまった。
今になって山下さんの言葉の重力が増した。
「お菓子をくれるっていう人に着いて行ってはダメ……」
クサナギさんはクツクツと笑った。
「やられたね」
僕は何も言えなかった。
「私はね、ヤマトタケルが大好きだった。彼と過ごした時間はとても心地よかった。彼と私は心を通わせていたんだ。だから絆が生まれてしまった。この絆は私の意志より強いんだ。だからきっと引っ張られてしまう。無理に抜け出そうとすると私の魂は砕け散ると思う」
「神様の魂も?」
「そうだよ。だからヤマトタケルの魂も半分になってるだろ?オオクニヌシを握っていたのが非力なミヤズヒメでなければ砕け散ってたと思う。彼女はまず夫に相談すべきだったんだ。そうすれば死ぬという運命は回避できなくても、ヤマトタケルの魂をみすみす逃すことは無かった。そして彼女の夫であるアツタノミコは相談してもらえなかった事にも傷ついているんだ」
「僕のこの痛みの一部はそれですか……切ないですね」
「そうだね。ミヤズヒメは君を巻き込みたくなかった。そして君は巻き込んでほしかった。悲しい行き違いだね」
「確かに悲しいですね」
「悲しいといえば……」
クサナギさんはなぜか山上教授と一緒に舞っているサーフェスを見た。




