45 小競合い
「何か聞こえるの?」
「始まったようだ。神兵と邪心兵が小競合いをしている」
「邪心兵ってあの黒い粒子?」
「……そうだった。お前の作戦が有効かもしれないな」
「作戦って蜂蜜の?」
「ああ、かなり大量に必要だな」
「蜂蜜よりいいものがあるよ。スプレー糊」
「なんだ?それ」
「ちょっと経費がかさむけど蜂蜜より絶対いいし、むしろ安いかもしれない。うん、そうだ! 大量購入しよう」
僕はそう言ってスマートフォンを取り出した。
「何やってるんだ?」
「スプレー糊を買うんだよ。この時間なら明日の午前中には届くから」
「お前たちの世界って便利だな」
「でしょ?」
僕は在庫ギリギリの数量を入力して購入ボタンを押した。
「超強力っていうのを購入した。後はなるべく至近距離で風上からぶっ放す!」
「お……おう!」
アヤナミはコクコクと何度もうなずきながら、三枚目のサブレに手を伸ばした。
「後は罠を仕掛けておくのもいいかもしれない」
「罠?」
「例えば動きを鈍くするものをヤマトタケルに纏わせるとか?」
「まあ、そうなると戦力は削げるな」
「近寄ってきたら目くらましを一発かますとか」
「ははは、初手は防げるな」
「あとはお腹を壊すような食べ物を用意して……」
「おい、どんどん姑息さが増しているぞ」
「そう?良いと思ったんだけど」
「……」
なぜかアヤナミは黙って空を見上げた。
その後も僕は思いつくまま、いろいろな仕掛け案を喋り続けた。
アヤナミがフッと目線を上げた。
僕の肩がポンと叩かれる。
「クサナギさん、お話しは終わったんですか?」
「うん、まあね」
「僕はクサナギさんとは戦いたくないな」
「そうか」
「お母さん……泣いてました?」
「いや、泣いてはいなかった。君のことは心配していたよ?」
「噓は良いですよ」
「噓じゃないけどね。それと山下さん達はなるべく早くこちらに来ると言っていたよ。その前に君の入寮手続きをしておくそうだ。新学期からは寮生だね」
「クサナギさんは僕をヤマト大学に入れてくれるんでしょ?」
「そのつもりだったけど、どうだろうね」
「最後まで責任持ってくださいよ」
「そうしたいね」
そう言うとクサナギさんは庭を散歩するといって去って行った。
アヤナミが僕に話しかけた。
「一度形代に入ると、どうしても引き寄せられる定めがあるんだ。今まであいつはよく耐えたよ。なるべく遠くに離れていたのも頷ける。神ってのは万能でもなければ不死身でもないんだ。もしかしたらお前たち人間よりもたくさんのことに縛られているかもしれない。だからもしクサナギが元の形代に戻って、ヤマトタケルの手に渡っても恨まないでやってくれ」
「あいつは長いこと仮の形代に入っていたから、かなり魂が弱っている。もし本来の形代に戻ってヤマトタケルの怪力で振り回されたら……もたないかもしれない」
「死ぬってこと?」
「いや、死にはしないが魂が削がれることは覚悟した方がいいだろう」
「僕はクサナギさんと戦いたくないけど……ヤマトタケルは倒さないとサーフェスのいた次元が浄化できないんでしょ?アヤナミもサーフェスも追われ続けることになるし。それにミヤズヒメの無念も、アツタノミコの悲しみも続いてしまう……どうすればいいんだろう」
「心のままに。それしか言ってやれないが、俺はお前を勇者だと思っている」
「僕はそんなんじゃないよ」
「そうか?」
「うん、僕は……何者なのだろうね」
僕は自分の正体がわからなくなってしまった。




