4 図書室
途中で山の手の道から下りてくるサーフェスに出会った。
「おはよう、八幡君。君の推薦してくれた本、面白いね。寝るのが惜しいくらいだったよ」
「おはよう、そうかぁ気に入ってくれたのなら僕も嬉しいよ」
「それでね、少し矛盾していると思ったところや、教えてほしいところがあってね。今日の放課後とか時間ある?」
「勿論大丈夫だよ」
僕はオオクニ君に誘われたことが嬉しくて、昨日の鬱屈した気分などきれいさっぱり忘れてウキウキしながら校門をくぐった。
昨日と同じように昼休憩を一緒に過ごし、放課後の図書室に向かう。
数人の学生が苦そうな顔で勉強していたので、僕たちは奥まった窓際の席に座った。
「それで?気づいた矛盾点というのはどこ?」
「ああ、たくさんあったけど、まずはここだ」
サーフェスは本を広げて説明を始めた。
ふと見ると付箋がたくさん貼ってある。
こんなにあるのか?
「そもそもの場所が違うんだ…って聞いてる?八幡君」
「あっ!ごめん。聞いてなかった…君の顔が…」
「僕の顔?」
「うん。奇麗だなって思って…どうしてだろう。懐かしいような?」
「ははは!それは光栄だな。それには理由があるんだよ。でも教えてあげない」
「え?」
「言える時が来たら全部言うよ。それより今はこっちだ」
サーフェスは再び本に視線を戻した。
「なるほどね。確かに矛盾しているけれど、そもそもが捏造だからね。歴史はいつも勝った側が作るんだ。自分たちに都合が良いように捏造するのは当たり前だよ。祖先が神っておかしいだろう?その神の子孫はいつから人間になったんだってことになるよ。でもそれを言い出したらキリがないから、神話として流すしか無いんだ」
「神話か…。現代にはそう伝わっているんだね。まあそれが無難だ」
「ん?どういう意味?」
「始祖は異次元から来たんだ。四次元って言ったらわかりやすいかな?それ以降の何代かはそことの移動能力を有していた。五世紀以前の血統は行き来していたんだよ。そこへのドアは…ここだ」
サーフェスは本の挿絵を指さした。
「ああ、淡路島か。その説は有名だね」
「違うよ」
サーフェスは立ち上がって日本地図を持ってきた。
「ヌマチって言われていたんだ。今では沼島っていうんだね…『主が待つ地』という意味なんだけどね」
「サーフェス?」
「ん?ああ、なんで知っているんだって顔だね。祖先からの言い伝えさ。何の証拠も無いただの口伝だから気にしないで」
「そうなの?」
「君はこの時代に興味があるみたいだから知っていても良いかなって思っただけだよ」
「物凄く興味深い説だね…うん。すごく興味深い」
「研究でもしてみるかい?いくらでも助言するよ。それより君の知識を借りたいんだけれど、オオクニヌシとクサナギっていう刀のことは知っている?」
「オオクニヌシ?それは神話に出てくる神の名前じゃなくて?クサナギっていう刀なら知ってるよ。たしか日本武尊が最後に所持していたんじゃなかったかな。三種の神器の一つだ。『あまのむらくものつるぎ』っていうのが正式名称だね。熱田神宮に本体があって、皇居にあるのは形代と言われている」
「へぇ…クサナギがねぇ。ではその刀身は熱田神宮にあるけれど、それは器で魂は無いってことだな?」
「器?魂って?ああ、もしかしてツクモガミのこと?」
「ツクモガミ?何それ?」
「ツクモガミっていうのは、長く使われた道具に宿る精霊?そんな感じかな」
「ははは!精霊かぁ。そう解釈しているんだ。面白いね」
「面白い?」
「だって僕が知っているのは逆だもの。その精霊?が自分を具現化するために道具になったんだ。だからクサナギが本体と形代に分かれていること自体…ああ、もしかしたら…」
「ちょっと待って!ついていけない!」
僕は急に考え込んだサーフェスの肩を揺さぶった。
サーフェスは親指の爪を唇に当てたまま考え込んでいる。
「ねえ八幡君、その熱田神宮って君と何か関係があるの?」
「へっ?僕と?何も関係ないと思うけど…でも、熱田神宮といえば一度だけ祖父に連れて行かれたことがあるよ。本殿からずっと離れた所の草刈りを手伝わされたんだ。大きな石が一つだけあったけど、ただの平地って感じだったと思う。その後ひつまむしを食べた事の方が印象深いくらいだよ。懐かしいなぁ」
「そうか…八幡家はどこの出身なんだ?」
「僕はこの街で生まれ育ったけれど、本家があるのは島根県の出雲だよ。今は祖父が住んでいる」
「ははは!出雲か。なるほどね。もしかして君の実家って刀に関係ない?」
「すごいな君は…そうだよ。代々刀鍛冶だ。祖父は現役だけど、一人息子である僕の父は跡を継がなかったし、僕もその道に行くことは無いだろうから当代で終わりかな?」
「そうか…刀鍛冶か。やはりここで間違いなかった。うん、確信が持てたよ。君のお祖父様に会えないかな…紹介してよ」
「え?うん、それは良いけど出雲は遠いよ?日帰りとかは無理だ。行くとしても夏休みになってからだね」
「勿論だ。それまでにいろいろ調べておきたいし」
「そういえばクサナギっていう名前で思い出したのだけれど、昨日来た家庭教師の名前が草薙っていうんだ。母が連れて来たのだけれど」
「草薙だって?どんな奴?」
「ずっと外国で暮らしていて、母と…どこだっけ?フランス?まあその辺で知り合って一緒に帰国したって言ってた。平たく言うと母の愛人だ」
「何歳くらい?」
「ん?そういえば年齢がわかりにくい顔だったなぁ…でも三十?四十?それほど若くはないけれど中年と言うには可哀想かなって感じ」
「ははは~面白いねぇ。たぶんそいつは…まあ、いいや。僕は会わない方が良さそうだ」
「なぜ?良ければ一緒に彼の授業を受けないかって誘うつもりだったんだんけど」
「授業?」
「ああ、家に同居することになったんだ。名目は僕の家庭教師だ。希望大学に受からせてやるとか豪語してたよ」
「いずれは出会うとは思っていたが…そうかぁ家庭教師か。まあせいぜい頑張れよ。僕は遠慮しておこう」
「そう?楽しいと思ったのに」
「そうだ!君の復習だと思って、彼に何を習ったか僕に教えてくれよ。できれば雑談まで全て覚えておいてほしい。些細なこともね」
「うん?わかった…」
もう窓の外は薄暗くなっていて、司書の先生にそろそろ帰るように促された。