37 戦い
熊は二足歩行に切り替えてアヤナミに狙いを定めた。
僕は空中からその様子を伺う。
ちらっとサーフェスがこちらを見て目線で降りる場所を指示した。
僕は頷いて、しずかに地上に立った。
「トオル! 無事か。君は先に還れ! すぐに追う」
サーフェスがわざとらしく叫ぶ。
きっと還れという単語を使うことで行先を暗に示したのだ。
熊がサーフェスの言葉をしっかり聞き取ったことを確認したアヤナミが熊に突っ込んでいった。
熊はアヤナミの攻撃を避けて池を背にして仁王立ちだ。
ものすごい迫力で空気がびりびりしている。
サーフェスがチラッと僕を見て口角を上げた。
「だめだトオル! 行くんだ!」
え?どうやったら行けるのか僕は知らないんだけど……
「お前の相手はこっちだ!」
アヤナミが再び熊を挑発した。
サーフェスがジリジリと動き、池ぎりぎりのところに立った。
「こちらからも行くぞ!」
サーフェスの声に熊が振り返る。
アヤナミが声を上げながら熊に突進した。
「おりゃぁぁぁぁぁぁ」
熊がサーフェスに手を伸ばし盾にしようとした。
サーフェスはパッと消えて熊の手が宙を切る。
僕の胸の石がぽわんと温かくなった。
どうやらここに入ったらしい。
バランスを崩した熊にアヤナミはそのまま体当たりをして池に落とした。
ばしゃばしゃと水音を立てて暴れていた熊は、冷静さを取り戻したのか立ち泳ぎをしている。
熊って泳げるんだ……知らなかった。
急に熊の体が沈んだ。
アヤナミの姿も無い。
「アヤナミ?」
「大丈夫だ。アヤナミが奴の足を引っ張っているのだろう。今のうちに姿を隠そう。奴が出てきたとき見つかると面倒だ」
「う……うん」
僕はサーフェスの入った石を握りしめて祠の後ろに身を隠した。
数分そうしていたら、急に水面が沸騰したようにぼこぼことし始めた。
池の真ん中が一瞬だけ盛り上がり、波紋を残して消えた。
空が曇ったように暗くなったが、すぐに禍々しい気配は消えた。
池を見ると熊が浮き上がってきた。
頭の周りだけ僕も包まれたことがあるシャボン玉が覆っている。
「大丈夫なの?」
池の水面をゆっくりと歩いてくるアヤナミに聞いた。
「ちょっと酸欠で気を失ってるだけだ。奴らはお前たちと違って強い。問題ない」
サーフェスが石から出てきて笑顔で言った。
「さあ、本当に還ろう。あちらでヤマトタケルが入るとしたら例の研究員の体のはずだ。かなり長いこと使っていたということは相性がいいのだろう」
僕はアヤナミと一緒に熊の体を池から出しながら聞いた。
「本物の研究員ってどうなってるの?」
「おそらく魂は追い出されて体を盗られている。その魂が何処に行ったのかもうわからない」
「そう……死んじゃったってことだね」
「いや、意外と転生しているかもしれないぞ?」
「だとしたらいいのにな」
僕の独り言には付き合わず、二人は森に置いていた荷物を取りに戻った。
僕は祠を見ながら考えた。
本当にあいつを消し去れば、僕の魂は救われるのだろうか。
「おい、行くぞ。君のお祖父様が待っているはずだ」
「うん」
僕は不思議な空間世界に別れを告げた。




