33 アヤナミの石
「あの姫の怪我が心配だ」
「アヤナミ?」
僕はクールなアヤナミが心配そうに破壊されたドアの方を見ている姿を見て驚いた。
「じゃあ行ってみる?」
「ああ」
僕たちは失神したままのウサギ達を置き去りにして部屋を出た。
廊下にいたウサギ兵に部屋の状況と救護を依頼し、ウサギ姫の居場所を聞いた。
「キャラメリア様は自室で手当を受けておられます」
何がそんなに怖いのかウサギ兵はぶるぶると震えながら応えた。
「ありがとう。では王様たちのことよろしく頼むよ」
僕たちは教えられた部屋へ向かった。
部屋の前には警備兵がいたが、僕たちを見ると怯えながらも入室の確認をしてくれた。
許可を待って部屋に入ると、頭というか耳というかとにかく頭部全体をぐるぐる巻きにされて、目だけ出ている状態だった。
「姫、大変でしたね。お怪我の具合はどうですか?」
なるべく優しい口調になるように注意しながら僕は口を開いた。
姫は包帯で固定されているため口を開くことができないせいで、何度も大きく頷いた。
アヤナミがスッと前に一歩出た。
「包帯を外してくれ」
姫が侍女に頷いて見せる。
ゆっくりと姫の頭部から包帯が外された。
「痛かっただろう。半分千切れているな」
僕は姫の耳を見た。
長い耳が半分に折れて、付け根からはまだ血が出ている。
アヤナミの言う通り、付け根が半分まで切れていた。
「うわぁ……酷いな」
僕は梅干しを頬張ったような顔をしてしまった。
アヤナミはじっと傷口を見ていたが、徐に腰の革袋から巨大竜から貰った石を取り出すと、何やらぶつぶつとまじないの様な言葉を呟いた。
青かった石が急に光りだし、オレンジ色に変わった。
「痛くは無い。動かないでくれ」
そう言うと姫の傷んだ耳に石を当てる。
光がより一層強くなり、姫の頭部を包み込んだ。
「もう大丈夫だ。念のため当分は安静にした方がいい。皇太子はどこだ?」
姫が不思議そうに何度も傷を負った耳を触っていたが、アヤナミの問いかけにパッと顔を上げた。
「もう痛みもございません。なんとお礼を申してよいのか……。竜の雫を扱いくださったのですわね。私の様な者にお心を砕いていただき心から感謝申し上げますわ。兄は……そこにおりますわ。寝ておりますけれど起してまいりましょう」
「いや、起すといろいろ面倒だ。このまま治癒を施すが、姫から見た皇太子は為政者たるべき素質は持つか?」
アヤナミ……言葉遣いが僕に対するときと全然違って威厳があるぞ?
「兄は王たるべき素質を持っております」
「そうか。生贄の件は金輪際無しにすると王は約束したが、そのことも守れるか?」
「勿論でございます。むしろ兄は反対しておりましたから」
「そうか。では治癒を施す」
アヤナミはまだ光りを失っていない石を眠っている皇太子の頭部に当てた。
再び石が輝きを増し、皇太子の頭全体を包んだ。
ん?光の粒子が肩と腕にも広がっているぞ?
「どうやら姫を受け取った時に肩と腕を脱臼していたようだな。本人は忘れていたのかもしれんが」
「恐れ入りましてございます。心よりお礼申し上げます」
皇太子はまだ眠ったままだ。
「アヤナミ、大丈夫か?」
いつの間にか人の姿に戻っていたサーフェスがアヤナミに声を掛けた。
「ああ」
よく見るとアヤナミの額に玉のような汗が浮かんでいる。
僕はアヤナミに駆け寄った。
「どうしたの?具合が悪いのかい?」
「いや、後で話す。もう行こう」
アヤナミは石を革袋に戻すとさっさと歩き始めた。
サーフェスは小さく肩を竦めて後に続き、僕は姫にペコっと頭を下げて部屋を出た。
「お待ちくださいませ!」
姫がぴょこぴょこと追ってきた。
二人は振り返ったが歩みを止めない。
仕方なく僕が対応した。
「どうされました?」
「これをお持ちくださいませ。我が国の秘宝でございます。その昔、天から降ってきたといわれておいりますが、随分と昔の事でございますので詳しいことは存じませんの。言い伝えによりますと、これを握りおのれの血を吸わせると一度だけですが願いが叶うと言い伝えられておりますの」
「そんな貴重なものはいただけませんよ」
「どうぞお願い申し上げます。これは生贄となる者に渡されるのです。姉たちはこれを使って逃げることもできたのですわ。でも使わなかったのです。私も使うつもりはございませんでした。そして今後生贄なるものはいなくなるのですから、もう必要もございませんわ」
「でも……」
「貰っとけ」
立ち止まって僕たちの様子を見ていたアヤナミがボソッと言った。
「悪いよ……」
「早く行くぞ」
二人は再び歩き出した。
僕は慌てて姫から剣の切っ先の様なものを受け取って後を追った。
何度か振り返ったが、姫はずっと手を振って見送ってくれた。
僕はそれをハンカチに包んでポケットに押し込んだ。




