32 霧散
思ったより簡単にはずれたカーテンを、大急ぎで床に広がる蜂蜜の上に広げた。
アヤナミは僕の意図を察しているのか、ヤマトタケルを引き付けるように後ずさった。
僕はたっぷりと蜂蜜を吸い込んだカーテンを広げてそっと空中に飛ぶ。
おそらく投げると失敗する。
そう考えた僕は体全体を使ってヤマトタケルに向ってカーテンごと抱きついた。
「なんだ?貴様…バカかお前は」
ヤマトタケルは僕の計画に気づかず余裕の笑みを浮かべていた。
シュパッと音を立てるほどの速さで剣でカーテンを切り裂く。
僕は寸でのところで刃を避けて、そのまま床に転がり落ちた。
「アヤナミ!今だ!あいつを真っ二つにしてくれ!」
アヤナミは飛び上がってヤマトタケルの背後に回った。
ヤマトタケルはアヤナミの動きに動じることなく、まっすぐ僕に向かって切りかかってくる。
僕は慌ててクサナギを構えるが、クサナギは短剣だ。
奴の剣を受けることはできても撥ね返すことは無理だろう。
いや、本当に無理か?
あいつが使っているのはウサギ兵から奪った装飾過多の飾り物のような剣だ。
今までアヤナミの剛剣と互角に渡り合っていたことに驚愕すべきだ。
しかし何度かは打ち合っていたんだ。
必ず傷みは来ている。
「死ね!」
叫びながらヤマトタケルがまっすぐ剣を伸ばしてきた。
僕はクサナギを逆手に持ちかえてヤマトタケルが繰り出した剣を薙ぎ払った。
パキンという音がして剣が折れ、刃先が回転しながら空を舞った。
「ぐえっ!」
ヤマトタケルが態勢を崩した瞬間、アヤナミが背後から切りかかり、奴の体が斜めに割れた。
黒い霧が一瞬で散ったが、今までのような散り方ではなかった。
分裂した欠片が大きいのだ。
「その塊を切れ!」
サーフェスが声を上げた。
僕はクサナギを両手で持ち、ひときわ深い闇のような塊に突進した。
僕の体はその塊を突き抜けたが、切り裂くことには成功したようだ。
慌てて振り返ると、二つに割れた片方の塊をアヤナミが粉々に切り刻んでいる。
もう片方の塊が、霧散している小さなか欠片をかき集めるように徐々に大きくなっていた。
僕はその育ちつつある塊に蜂蜜でべとべとになっているカーテンを丸めて投げた。
蜂蜜カーテンは黒い霧を纏ったまま床に転がった。
まるでゴキブリを捕獲する粘着テープのようだ。
「おのれぇぇぇぇ!!!!」
ヤマトタケルの絶叫が響き、城全体が揺れた。
「行かせるな!アヤナミ!」
サーフェスの叫び声が響き、アヤナミが反応した。
アヤナミが渾身の力で黒い霧を纏いつかせたカーテンを突き刺し、床に縫い付ける。
その瞬間物凄い殺気が部屋の中に充満し、僕たち以外の全ての生き物が気を失った。
数秒動けなかった僕たちの前で、カーテンと一体化していた黒い霧が消えた。
「失敗か?」
アヤナミの冷静な声が聞こえ、僕は正気を取り戻した。
「消えたの?」
「ああ……でも消えたのは半分だな」
ふと見ると、炭の粉のようなものが床の上でひくひくと動いていた。
「奴の質量は相当減ったが、とどめを刺すまでにはいたらなかったな」
サーフェスが静かな声で戦いの収束を告げた。
「残念だが仕方あるまい」
アヤナミが肩で息をしながら僕の方を見た。
「トオル、顔が切れている」
僕は頬から流れて来る血を手の甲で拭った。
唇に触れた指先は驚くほど甘かった。




