30 ウサギ王の苦悩
「キャラメリアがどうしてもと頼むから時間はとったが、その方たちは何者ぞ?」
この世界に来て初めて見た生き物であるウサギの皇太子をそのまま老けさせたような顔をした王様が鼻をひくひくと動かしながら、不機嫌そうに口を開いた。
僕が返事をしようとしたら、アヤナミが僕の袖をすっと引いた。
「お前がこの国の王か?」
「なんじゃと?無礼者が」
「無礼はそちの方だ。我を誰と心得るか!」
ウサギ王はアヤナミの迫力に押されてタジタジだ。
「おお、この姿ではわからぬか?やはり所詮はその程度。神の気配も感じぬか」
「神……神と申すか」
アヤナミはフッと息を吐いて王の前に進み出た。
彼の金色の目が怪しく光ると、アヤナミは竜神の姿になっていた。
ウサギ王が玉座から転がり落ちて震えている。
ふと周りを見ると、その場にいる全員が同じような顔で震えていた。
「りゅ……りゅう……竜神様!」
声には出していないが、全員がははぁぁぁ~と言ったような気がしたのは、日本人である僕だけかもしれない。
なぜか竜と化したアヤナミの腰辺りにぶら下がっているあの石の入った革袋が印籠に見えた。
アヤナミは少し低めの良く通る声で言った。
「生贄の儀式を続けると聞いたが、それは誠か?」
ウサギ王は土下座の態勢で答えた。
「はい! はい! 勿論でございます! どうぞそれでお気を鎮めて下さいませ」
「タワケ!!!! 下らぬことをまだ続けると申すか!」
「へぇっ?下らぬとは……」
「下らぬから下らぬと言うのじゃ! そも生贄など誰が望んだことか」
「えっっっ! 違うのですか?」
「お前……誰かの入知恵を真に受けたか?金輪際そのようなことはするな!」
「しかしそれでは我が国の繫栄が……」
「お前たちの国の繫栄はお前が努力することだろうが! 娘を差し出しておのれは何も努力せず安泰を手にしようなどと!」
ウサギ王は無駄に命を奪ってきた自分の娘を思ったのか、単にアヤナミが怖かったのか泣き出してしまった。
「泣くとは……もうよい。生贄は絶対に止めよ。そもそもあの池の役割を忘れたお前たちなど滅びるしかないほどの愚かさだが、今回だけ王女の気丈さに免じて許して遣わそう。あの池の周りを不可侵の森にせよ。木を植えて深い森にするのだ。森が龍脈を守り、お前たちの国を災いから遠ざける」
ウサギ王は泣きながらコクコクと何度も頷いた。
その時、ドアの外から布を裂くような悲鳴が聞こえた。




