29 若い竜
その後の場面は無く、僕は深い闇に沈むように眠ったようだった。
揺り起こされてうっすらと目を開けると、昨日の竜の少女らしき顔が見えた。
「あ……おはよう……ございます」
「おはようございます。起こしてしまって申し訳ございません。実は池の畔でお待ちの方がおられるので、お声を掛けた方が良いと思いまして」
「お客様?」
「ええ、ウサギのお姫様ですわ」
「ああ……そうですか。僕に会いに来ているのですか?」
「昨夜お帰りにならなかったのでご心配なのでしょう。お出ましになりますか?それともこちらで事情をお話ししておきましょうか?」
「なるほど。僕が行きます。というかそろそろ出発しようかと思います」
「左様でございますか。それでは朝食はお持ちになれるようにいたしましょう。兄を呼んでまいりますわ」
そう言われて巨大な竜神に新神となる若い竜を連れて行けと言われたことを思い出した。
「彼はそれでいいのかな」
部屋を出ようとしていた少女の竜が足を止めた。
「兄ですか?兄に否はございません。全て父上がお決めになったことです」
僕はなんとも言えない気持ちになったが、他人の家の事情に口を挟むわけにはいかないと思い、淡々と出発の準備をした。
出かける前に巨大竜に挨拶に行くと、深緑の髪を長く伸ばした美しい青年が立っていた。
その背には厳つい剣が斜めに担がれ、足元には旅の準備が置いてある。
「行くのか?まあ急いだほうが良さそうだ。お前たちが追っているのか追われているのか知らないが、あ奴はお前が佩いているその剣が目当てのようだ。せいぜい気をつけろ。知恵が浮かんだら報告しろよ?」
「はい。頑張ってみます」
「息子はまだ百歳になったばかりの若輩者だ。足手まといになるような育て方はしていないが、役に立つほどの力もない。まあ半人前同士楽しんで来い」
「あ……ありがとうございます」
僕はその美しい青年の顔を見た。
青年は爽やかな笑顔で右手を差し出してきた。
「吾の名はアヤナミだ。よろしく頼む」
「こちらこそ。僕はトオルです。ヤハタトオル。そしてこっちはサーフェス・オオクニ」
アヤナミが不思議そうな顔で僕の示した石を見たが、何も言わなかった。
後ろから少女の竜が声を掛けた。
「兄様、どうぞご無事で。こちらは父上カラでございます」
金色の盆に乗ったキラキラ光る青い石が差し出された。
アヤナミは感激して巨大竜を見た。
「父上……かたじけなく頂戴いたします」
「ああ」
アヤナミはその石を革袋に入れて腰に下げた。
サーフェスの石とよく似ているように見えたが?あとでじっくり見せてもらおう。
そんな事を考えながら僕は荷物を持って、もう一度お辞儀をした。
アヤナミが僕の腕を掴むと高く飛んだ。
天井に吸い込まれどんどん上昇していく。
「苦しいだろうがすぐに出るから我慢してくれ」
来るときはシャボンに入れてくれたのに、出るときは乱暴な扱いだ。
そろそろ限界だと感じた頃、明るく揺れる水面が見えた。
陽の光に揺れる水面は、上から見るより水中から見た方が美しい。
バシャッと大きな音を立てて、僕とアヤナミは浮き上がり、そのまま空中に浮遊した。
ゆっくりと地上に降りるとウサギ姫が駆け寄ってきた。
「ご無事でしたのね。心配いたしましたわ」
「ごめんね。心配かけちゃったけど大丈夫だよ。こちらはアヤナミっていうんだ。新しく仲間になってくれたんだ」
「アヤナミ様とおっしゃいますのね?初めてお目に掛りますわ。私はラパーニャ王国の第十六皇女でキャラメリアと申しますわ」
「ああ、君が今年の姫様か。もうあんなことしちゃダメだよ?」
「え?」
「僕はあの時の竜だよ。生贄なんて誰も望んでいないし何の効果も無いからね?絶対に止めてね?」
「はい。その件は父王に報告いたしましたわ。でも信じてもらえず、私は日を改めて再度儀式に向かう手筈となってしまいましたの」
「まったく…誰も近寄らないようにしてくれるのが一番なんだけど」
僕はピンと思いついた。
「ねえお姫様。王様に謁見させてください。僕たちで説明しますから」
小さくこくんと頷いたウサギ姫は、謁見の申請のために先に馬車で帰って行った。
僕とアヤナミはその馬車を見下ろしながら飛んで行く。
慣れとは恐ろしいものだ。
普通に空を飛ぶことを選択するのだから……。
僕たちが城に到着して控室で待つこと数分で王様に謁見することになった。
アヤナミは人の姿のまま、僕たちは王の前に進んだ。




