26 魂の記憶
「知恵は沸いたか?」
巨大竜が口を開く。
「まだです」
「お前の目的は何だ?」
「僕の目的…友人の国を…」
「なんだ?人のためだと?お前自身に考えは無いのか?」
「僕の考え…」
「お前はその友人とやらのために命をかけるのか?それで死んでも本望か?」
「僕は…」
僕の意識が途端に思考の深淵に引きずり込まれた。
無理やりわけのわからない映像を見せられているような感じだ。
その映像の中の僕はどんどん小さくなっていく。
まるで時間が逆行しているようだ。
その中で僕は何度も自分の死に顔を見た。
そしてまた細胞にまで遡り、そして老人となる。
何度繰り返しただろうか。
その映像の中でわかったことは、僕にも確かに古代から脈々と続く血が流れているということだった。
「わかったか?」
「あっ…いえ…」
「お前は木の股から生まれたわけでも、沼の泥から発生したわけでも無いということだ。お前の魂は受け継がれ、唯一つのことを成し遂げるために輪廻を繰り返しているのだ。知恵を絞れ!おのれを知れ!ただ生きて死ぬだけを何度繰り返すのだ」
「ただ生きて死ぬだけ?」
「お前のその体の細胞には古代から受け継がれた記憶が刻まれている。漠然と生きていくだけがお前の全てか?」
そうだ、僕は今まで何も考えずただ日々を生きていた。
何のために?
そんなこと考えてみたことも無かった。
怒られたくなかったから勉強はそこそこした。
ケンカをみたくなくて両親から距離をとった。
傷つきたくなくて、両親の間に入ろうという考えは捨てた。
自分のためではなく、他者からの視線で自分の行動を決めていたのだ。
僕の価値ってなんだ?
僕は何のために生まれてきたんだ?
「そうだ、考えろ」
巨大竜は表情を変えず僕をじっと見ていた。
僕という人間は何なのだろう。
人として生まれ人として生きて人として死ぬ。
それだけでいいのか?
そのことに気づいたとき、その行動は問題の先送りだけのような気がした。
「問題?何が問題なんだ?」
「お前が古代史に惹かれる理由…それさえも知らないのか?その石は何もお前に伝えてないのか?」
僕は少しだけ温かい胸の石に手をやった。
「サーフェス…」
「その人ざらなる者がお前に伝えているだろう?バカなのか?」
胸の石がじわっと温度を上げた。
医師に触れている指先から記憶の渦が流れ込んできた。
サーフェスが転校してきた日に僕が感じたことや、その後起こったこと。
図書室で彼が言った言葉。
彼は何のために来たのか、何を望んでいるのか、僕はなぜそれを助けようと思ったのか。
「助ける?」
いや違う。
助けているのは彼で、主体は僕だ。
彼は僕の悲願を遂げさせるために来たのだ。
「妻を…妻の悲しみを…」
僕は何を言っている?
高校生だぞ?妻などいるわけがない。
いや、いた…確かに僕には妻がいた…殺された…そうだ!腹の子と一緒に殺されたんだ。
誰に?
「ヤマトタケル!」
「覚醒したか?お前の魂の慟哭を取り除く手助けをしてやろう。こ奴を連れて行け」
そう言うと巨大竜はまだ酒の匂いが残る小さな竜神を鼻で示した。
「こ奴は今年の新神だがお前と共に行くことで何やら掴むかもしれん。お前は今宵はここで休め。きっと心の底に沈んだ記憶を呼び戻すことができるだろう」
そう言うと巨大竜は目を閉じた。
銅鑼が鳴り、その場にいた生き物が全て跪く。
立ち竦んでいた僕は少女の竜を見た。
彼女は立ち上がって僕に声を掛けた。
「こちらへ」
僕は誘われるまま竜の少女を追った。




