23 竜神①
「ごめん!ボーッとした」
「黒い霧のせいだ。早く抜け出せ」
僕はクサナギを振り回して霧をはねのけた。
隙間から見えるのは地面だった。
このままでは落下激突即死の一択だ。
僕は頭を上に向けた。
ふわっと体が反転し、足が地面についた…危機一髪だ。
「ふんっ!残念だったな。楽に死ねたのにな」
頭上からヤマトタケルの声がした。
「精神攻撃か?卑怯な手を使わずに力で来いよ!」
「望むところだ!」
ヤマトタケルが頭上からまっすぐ僕に向かって飛んできた。
僕は後ろに飛び下がり、一撃目をぎりぎり躱した。
池を背にして仁王立ちとなったヤマトタケルは腹が立つほど落ち着いている。
しかしその手に持っているレイピアはボロボロであと数度の衝撃で折れそうな状態だ。
チラッとヤマトタケルが森に竜神を引っ張り込もうとしているウサギ兵を見た。
奴は新しい剣を狙っているのだろうと気づいた僕は森を背にして立ちふさがった。
祠の前に数匹のウサギ兵が転がっている。
血まみれですでに息をしていないことは一目でわかった。
僕はブワッと怒りが込み上げた。
全身の血が滾る。
こいつは剣を奪うためだけにウサギの命を散らしたのだ。
「おのれ…」
僕は奥歯を嚙みしめ、クサナギを握りしめた。
ヤマトタケルは片方だけ口角を上げてレイピアを構えた。
切っ先を僕に向け全身で突いてくるつもりだ。
腰を落として地面を蹴ったヤマトタケルが突進してきた。
僕はまた上空に逃げることを考えたが踏みとどまった。
体をずらしクサナギの鍔で奴の剣を受け止めた。
「竜神は渡さない」
僕は奴の耳元で言った。
「ふんっ気づいたか。残念だが仕方がない。お前を殺して奪うまでよ」
そう言って構えなおしたヤマトタケルの後ろで水柱が上がった。
凄まじい量の水滴がヤマトタケルの黒い霧を蹴散らした。
あたりがぼうっと暗くなった。
影の正体は巨大な竜だった。
「何をしているのかと思えば…」
くぐもったような低い声でそう言うと、巨大な竜が首を延ばして酔った竜に近寄った。
「酒の匂いがするが?」
ウサギ姫も兵たちも恐怖で気を失う瞬前だ。
仕方なく僕が返事をした。
「ええ、僕が飲ませました」
「子供に酒を?」
「はい、すみません。まさか子供だと思わなくて」
「酔わせてどうするつもりだったのか?」
「えっと…」
「フンッ!小賢しい真似を。それで?あの邪気の塊は何だ?」
「奴は竜神の逆鱗を狙って…」
僕が言い終わる前にドンという衝撃が地面を揺らした。
「逆鱗だと?まだ幼き我が息子の育ち切ってもおらぬ逆鱗を狙うだと?」
ものすごい迫力だ。
ヤマトタケルはしれっとした顔で薄ら笑いを浮かべている。
「邪悪なる欠けた魂の持ち主などが欲して良いものではない!」
巨大な竜は凄まじい鼻息をヤマトタケルに吹きかけた。
黒い霧は消え去り半分透明な体だけが辛うじて残っている。
「ならば親龍の逆鱗を手に入れるまでだ」
ヤマトタケルは僕から竜に狙いを変えた。
「笑わせる…」




