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20 ワインの樽

 逃げてはダメだ! 逃げてはダメだ! 自分で自分に言い聞かす。

 サーフェスの石がじんわりと熱を持った。

 馬車が止まり、兵士たちが先に降りた。


「こちらが祠です」


 兵士が指さした方を見ると、日本でよく見かけるのと同じような石造りの祠があった。


「思ったより小さいな」


「竜神様はあの池からお出ましになられます」


「龍って空に生息しているのではなくて水生生物なんだね? じゃあ鰓もあるのかな」


 説明してくれていた兵士は小首を傾げていなくなった。

 祠の前には頼んでいた大きな樽が指定通り八つ並んでいる。

 近寄って確かめると、血のように赤いワインがなみなみと入っていた。


「つまみは?」


「つまみは不要だろ?」


 サーフェスが軽い声で応える。


「そう? まあいいか。お母さんはワインを飲むときには必ずチーズを……」


 僕がそう言いかけたとき、後ろで馬車が停まる音がした。

 生贄となる予定のウサギ姫が純白のドレスを纏って降りてきた。

 可哀想に真っ青になってガタガタと震えている。

 僕は拳を握ってウサギ姫に頷いて見せた。

 儀式が始まり、祠に供物が供えられ、フルートの音が響き渡ると、池の水面が小刻みに波立った。


「お! そろそろお出ましか?」


 サーフェスが僕に声を掛けた。

 僕はもう一度クサナギの剣を撫でて池を見つめた。

 ザパッという音がして、大きな波しぶきが辺りを濡らす。

 そして竜神が姿を現した。


「想定より小さいな」


「油断するなよ。さすがに只者じゃない気配だ」


 僕はゴクッと唾をのみ込んでから口を開いた。


「偉大なる龍の神よ。我が声を聞き給え」


 大きな目玉がゆっくりと動き、僕を見た。


「……」


「今年は趣向を変えてとても旨い酒を用意し奉った。まずは寛がれよ」


「……」


 竜神はゆっくりと池から出て祠の前のワインに向って歩き始めた。

 全長で五メートルあるだろうか?

 僕の想定よりかなり小さい。


「さあ、ご堪能あれ」


 僕の声にチラッと振り返った竜神はその首を延ばして酒樽に突っ込んだ。

 僕が待機していた舞手に手を上げると、賑やかな音楽が流れ、美しい衣裳をまとったウサギ達が舞い始める。

 兵士たちがボーッと舞姫たちに見惚れているところを見ると、あの踊りはウサギにとっては妖艶なのだろう。

 理解不能だ。


 竜神は舞には目もくれず、二つ目の樽に首を突っ込んだ。

 時々短い前足を器用に伸ばして供物を口に入れている。

 

「ほら、やっぱりつまみはいるんだよ、サーフェス」


 僕の声にサーフェスは何も返してくれなかったが、小さな溜息のような音は聞こえた。


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