19 龍の逆鱗
トオルはサーフェスが宿っている石を握りしめて話しかけた。
「ねえ、明日の事なんだけど」
「ああ、聞いてたよ。良いんじゃない? ウォーミングアップにはぴったりだ。それに龍の逆鱗は絶対に必要なものだから、倒した後に必ず手に入れてくれ」
「龍の逆鱗って?」
「龍の咽頭部に一枚だけ長い剣型の鱗があってね、下から上に生えているから逆鱗って言うんだけど、これを鍛えて剣にしたら魔剣となる」
「逆鱗かぁ……うん、わかった」
「作戦はあるの?」
「伝承に則った正攻法さ」
「まあ、よっぽど危ないと思ったら助太刀するよ」
「うん」
トオルとサーフェスは王宮のバラ園の隅で、王女が手配してくれたもふもふの毛布に包まって眠りについた。
夜が明けきらないうちに王城から高らかなラッパの音が響き渡り、儀式の日であることが国中に知らされた。
遠くから侍女らしきワンピースを着たウサギの少女が朝ごはんを運んできた。
「王女様からです」
「ありがたい」
「御出立は10時でございます。時計はあちらにございますので」
「ああ、ありがとう。王女様はどうしておられる?」
「昨夜は一睡もされず泣いておられました」
「そうか。お願いしたものの準備は?」
「すでに手配が終わり、祠の前に揃えてございます」
「ありがとう。王女様にお伝えください。必ずお助けすると」
ウサギの侍女は涙目になりながら、何度も頭を下げて王宮に戻って行った。
「さあ、腹ごしらえをしたら先に出ようか」
「トオル、クサナギ剣は切るよりも刺すことの方が威力を増すんだ。とにかく何度も急所を刺すことに専念しろ。龍の急所は眉間と言われている」
「眉間かぁ。龍って大きいの?」
「この国の龍はどうかなぁ。そもそも龍って僕も見たことないからね」
「えっ! そうなの?」
「うん。だから少し楽しみ」
「うっ、頑張るよ」
人参尽くしの朝食を平らげた僕は、後片付けをしてから立ち上がった。
どうも小学生の頃から身についた『来た時よりも美しく』精神は健在のようだ。
王女の護衛だろうか、騎士が道案内のために待機している。
僕が頷いて見せると、深々とお辞儀をしてから先に歩き出した。
何人かのウサギ人を見たが、みんな小さかった。
兵士でも背丈は僕より十センチは低い。
大きいのは皇太子だけだったので、もしかしたら王族だけなのかもしれない。
「ウサギの一番大きな種類ってなんていうんだっけ?」
「フレミッシュジャイアントだ」
フレミッシュは食肉用として大きくなるように品種改良されたウサギだということを思い出し、なんとなく気まずくなって黙って歩いた。
王城を出ると馬車が用意されていて、中には物々しい武装集団が待機していた。
「皆さんも一緒に戦ってくださるんですか?」
「は……はい」
小さな声で返事をした兵士たちは、見るのも気の毒なほど震えている。
そう言えばウサギって臆病なんだよなぁ。
「では僕が合図するまで皆さんは物陰で待機していてくださいね。まずは一人で交渉してみますので」
僕はそう言って自分に発破をかけた。
実は僕も物凄く怖い。
だって龍と戦うなんて誰が想像するというのだろう。
でも震えながらも王女としての義務を果たそうと気丈に振る舞っていたあの子ウサギを視たら、誰だって手を貸したくなると思う。
僕は腰に佩いたクサナギを撫でた。
「もうすぐ到着します」
僕は黙って頷いたまま、じっと目を閉じた。




