18 一つ目の試練②
今度こそ誰にも見つからないように、僕は森の中を進んだ。
何も気配を感じないまま森を抜けるとバラ園に出た。
色とりどりのバラが見事な配置で植わっている。
「凄いな」
僕は暫し優雅な世界に見惚れていた。
「どなたですの?」
震えるような小さな声に振り返ると、ピンクのドレスを着た可愛らしい赤い目のウサギ少女が立っていた。
「あっごめんなさい! 不審者ではありません! ちょっと……道に迷ってしまって」
「まあ! それは困りですわね? 誰かに門まで案内させましょう」
そう言うとウサギ少女はドレスのポケットから金色の笛を取り出した。
「わぁぁぁぁ! ちょっと待って!」
僕は飛びつくようにウサギ少女の手を押さえた。
少女は驚きすぎたのだろう、全身を震わせている。
「あっ! ごめん! 痛かった? でもその笛は吹かないで」
「どうしてですの? 誰かを呼びませんとご案内ができませんわ」
「案内してくれなくていいです」
ウサギ少女は小首を傾げて僕の顔を見た。
よく見ると物凄くかわいい顔をしているが、やはりウサギだ。
小動物特有の愛らしさを残したまま、体は人って違和感しかない。
「大丈夫ですから! 僕もなぜここに来たのかわからないんです。暗闇を抜けたらここに居ただけです。っていっても信じられませんよね……はぁぁぁ」
「いいえ? 信じますわ。きっとあなたは神が遣わされた勇者なのでしょう? 明日私が生贄に出されることを憐れんでくださったのですわ。ありがたい事です」
少女はその場で跪き天に向かって祈りを捧げた。
「生贄?」
「ええ、毎年一人ずつ皇女を山の主に捧げなくてはいけないのです。それを怠ると国が滅びるのです。姉さまから順に送られて、遂に今年は私の順番なのですわ」
「そんな」
「でも生まれたときから決まっていたことですし、私たちの国は多産系が多いので、あまり困らないのですわ」
「困らないなんて! そういう問題ではないでしょう? 生贄になったら死ぬんですよ?」
「あら! 死ぬのですか? それは……恐ろしいわ」
この国の思考が全く理解できない。
「生贄としてあなたを受け取るのは誰なのですか?」
「竜神様ですわ。明日の正午に山から降りて来られますの。ですから私は最後にバラを愛でようと思い、ここにいたのですわ」
「最後にバラを?」
「ええ、ここのバラは私と生贄になったお姉さま方の思い出のバラなのですわ。あのバラは十四番目のお姉さまの瞳のお色で、このバラは十五番目のお姉さまの耳毛のお色なのです」
「……」
「そしてこの植えられたばかりの小さなバラ。これは私の後れ毛の色……うぅっぅぅぅ」
トオルは焦ってウサギの姫様を抱きしめた。
「泣かないで! 生贄なんかになるなよ!」
「でも私が行かなくては王国が」
「他に方法は無いの? 全軍で討伐するとかさぁ」
「十三番目の姉さまが生贄にされるとき、兄さまが……皇太子なのですが、兄さまが全軍を率いて討伐に向われたのですが、兵の半分をやられたうえに、兄さまも記憶を無くされてしまいましたの。それからというもの記憶が三分しかもたなくなってしまって。お可哀想な兄さま。ですから私たち王女が順番にこの身を捧げて……」
「ずっとそうして来ているんだね? 酷い話だ」
「仕方がございませんわ。お話しを聞いていただけただけでも嬉しゅうございました。さあ誰か呼びますので、どうぞお行きになって? お元気でいらしてくださいませね」
「その生贄の儀式はどこでおこなわれるんだ? 明日だと言ったね? 何時から? 竜神っていったよね。その竜神ってもしかして首が何本もあったりする?」
「明日の正午にあの山の麓の祠で執り行われますの。竜神様のお首は一本でしてよ?」
「そう? ちょっと違うけど、同じようなものだろう……明日は僕も行くよ」
「え?」
「僕も一緒に行く。それと準備してほしいものがあるんだ」
トオルはウサギのお姫様の長い耳を引っ張って、準備するものを伝えた。




