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第八章 再会

(シグが、近くにいる・・・・・・?)

「シグ!」

呼びかけてみるも、返事は無い。

不動の空間に、風音だけがヒューヒューすり抜けていく。

やっぱり、気の所為だったのだろうか?

 辺りを見回していると、突然、頭上で轟音が響いた。不穏な金属音と、飛び散るような爆音。ちかちかと朱い火花の中で、2つの影が動いている。白黒の髪の小さな影と・・・・・・もう1つ、灰色の長髪を靡かせる、少し大きな影だ。奇抜な衣を纏うひとがたは、斬撃を躱し、舞うように虚空で翻っている。

「スファルディと・・・・・・ロルフィネッサ!?」

その形を、忘れるはずがなかった。髑髏を被った死神と、生前の俺と同じ色を纏った最恐の精霊が、そこにいる。

-敵だ。

不意に、スファルディの漆黒の左眼と目が合った。

「!!」

次いで、ロルフィネッサの妖しい輝きを宿した右眼とも目線が交わる。

2人の精霊は、ぱらぱらと宙から降ってきた。

「ん?精霊使いサマじゃないか。」

「なんで、お前がここにいるの。」

「え・・・?」

攻撃されるのではと構えていた僕は、驚愕した彼らの顔に、唖然とした。

精霊たちは疑うように、互いに目を見合わせた。

「答えて。お前、なんでここに来たの?」

「えっと・・・その・・・・・・そもそも、なんで攻撃してこないんですか・・・・・・?」

「は?」

 二人は同時に拍子抜けした声を上げた。

「だって、唯一の精霊士を殺したところで、何か良いことあるかよ?」

「それは、そうかもだけど・・・・・・。」

 スファルディに言われて、そりゃあそうだと思いつつ、僕は戸惑った。

(てっきり、襲ってくるかと思ったのに・・・・・・。)

「あははっ!いやいや。もしかしたら、ここで殺しても面白くないと思ったのかも?」

「変なことを言うな、ロルフィネッサ。」

 ロルフィネッサはにやりと笑って脅かして見せた。

(うーん・・・・・・信じていいんだろうか・・・・・・。というか・・・・・・。)

 釈然としない心境でスファルディを見つめると、彼もそれに気づいたかのように僕を見つめ返した。

「えーっと、質問なんだけどさ・・・・・・。スファルディって、そもそも死ななかったっけ・・・・・・?」

「ヒドイなあ・・・・・・。まあ、ほぼ事実だけど。」

 もふもふとした白い片耳を掻きながら、その精霊は溜息を吐いた。

「そうさ。確かに『オレ』っていう精霊は死んだよ。石に混ぜられたからね。だから、今ここにいる『オレ』は、思念が籠ったただの幻影。」

「幻影・・・・・・?」

「あー、そっか。精霊士サマはこっちのやつじゃないから知らないだろうな。」

「?」

「幻影っつーのは、そっちの世界の言葉でいうところのオバケだよ。ほら、人間でも、生前の恨みつらみとかでモノノケになるって聞いたことねえか?」

「なるほど。精霊界でいうところの幻影は、物の怪と似たようなものなのか・・・・・・。」

「あ、ちなみに、幻影もモノノケも、仕組みは一緒な。言葉が違うだけで。」

「そうだ。オレはこいつに、ものすごーい貸しがあってね。それを返してもらうまでは消えても消えきれないんだ。」

「はは・・・・・・。」

 スファルディは額に青筋を立てながら、ロルフィネッサを指差した。

(何をやらかしたの・・・・・・!?)

 ロルフィネッサは逃げるように目を逸らすと、小さく咳払いをした。

「ま、まあ、その話は置いておいて・・・・・・。」

「置いておくんじゃないよ。」

「置いておけないでしょ。」

「う・・・・・・。」

 僕たちに迫られて、一歩、二歩と後ずさっていく。

「まったく・・・・・・。さっき、これまでの貸しを返せ!って迫ったら、急に反撃してきたくせにさ。」

「あ、それで、頭上で爆発してたわけだ。」

「そうそう。お前の石、奪ってベンくんに渡しちゃうよー?」

「やめろ!!」

「え・・・・・・?」

 蒼褪めた顔をして、昔の僕のドッペルゲンガーは答えた。

「それだけは、今はやめてくれ。」

「はあ?急にどうしたんだ、お前。」

「お願いだから、それだけは・・・・・・!」

 僕とスファルディは顔を見合わせた。

「俺は、どうしてもやらなきゃならないことがあるんだ!!」

「それって、オレに作ったものすごーい借りよりも・・・・・・?」

「そうだ。」

 僕は一瞬、ロルフィネッサが言い逃れの噓をついてるのかと思った。タイミングが微妙だったから。

 でも、なんとなくだけど、僕は感じた。彼は噓をついているのではないって。

 彼の瞳は、今まで見た誰の者よりも真っ直ぐに透き通っていた。

「・・・・・・もしかしてだけど、その姿に関係・・・・・・。」

「ある!!」

「!」

「はあ・・・・・・?」

 ロルフィネッサはきっぱりと言い切った。

「そうだ。この姿にも関係ある。俺が初めてお前と会った時、シグは言ったはずだ。あいつは精霊王の身体を操っている、と。」

「・・・・・・うん。」

「あいつの言う通り、今の俺は精霊王の姿を借りているんだ。勿論、もとの姿にもなれる。だけど、俺は王を護るためにこの姿でいなければならない。」

「お前が王様の身体に入ってるのは見ればわかるけど、それってどういうこと?」

 スファルディは眉を顰めた。

「石が砕けて、俺たちは五つの人格に分かれただろ?その後、何が起きたかお前は知ってるか?」

「・・・・・・何者かが精霊界に干渉して、元の身体を盗みに来たんだったけ。」

「そうだ。スファルディ、お前はそれ以上に知らなかっただろうが・・・・・・その後、俺は元の身体に、密かに守護をかけたんだ。だが、次に体の様子を見に行った時、守護が解けかけて体が呪われそうになっててな。」

「お前の守護が解けかけたというのか・・・・・・?」

「ああ。前代未聞の事態だった。だから、俺が元の身体に入り込んでるってわけ。」

「そうだったんだ・・・・・・。」

 僕の中で、細い糸の絡まりが解けたような気がした。

「だが、俺がまだ消えられないのは、その理由だけじゃないんだ。身体を護るのもだが、呪いをかけたヤツを見つけなくちゃなんない。」

「だろうね。また干渉してくるおそれがある。」

「そうだ。そいつをぶちのめし、お縄にして、そこではじめて俺は役目を終えられる。だから・・・・・・。」

「協力してほしいってこと?」

「うーんと、半分正解。協力もだけど、シグを説得してほしいんだ。あいつ、頭がカタいから、俺が言っても言うこと聞かないし、必ずジト目で追い返されるから。」

 ロルフィネッサは困った顔をした。

「いいよ。僕、これからシグのところに行かなきゃいけないから。」

「あ、なら、オレたちが運んでいくよ?」

「でも、さっきイアスから、精霊界の秩序を守るために試練が課されているって聞いたけど・・・・・・。」

「あははは・・・・・・!」

 二人は途端に笑い始めた。

「へ・・・・・・?」

「なるほどね。それでケルベロスがあの状態ってわけか。」

「あはは!精霊士サマ、正直だなあ。」

「ど、どういうこと・・・・・・?」

「お前、イアスに騙されたんだよ。」

「ええっ・・・・・・!?」

 さっきから驚かされっぱなしだけれど、それと比較にならないくらい、僕は驚いた。

「お前、きっと、シグに会うためにイアスに連れてこられたんだろ?」

「そうだったんだけど・・・・・・。」

「あいつのことだし、本当に石に混ざっていいのかって疑心暗鬼になって、一応、頼れるかどうか試練を課したってとこだろ。」

「実際、僕たちの手にかかれば、びゅーって飛んで行けちゃうし。」

「まあ、無視するか。」

「うん。そんなの無視、無視!」

「えーっ!?」

(無視して大丈夫なやつなの!?)

「ほら、行くぞー!」

「うわわわっ・・・・・・!?」

 僕はスファルディに担ぎ上げられて、どんどん地上から引き離されていくのだった。


「ほーい!」

「痛っ!?・・・・・・くない。」

 雲を突き抜けて、突き抜けて・・・・・・突き抜けたその先で、急に、放り投げられた。

「あははー!びっくりしてるー!!」

「僕で遊ばないでよ、もう!!」

 膨れっ面になって顔を上げると、目の前に巨大な建物があった。

「な、なんだ・・・・・・これ・・・・・・!?」

「光陰の聖殿だよ。」

 光陰の聖殿と呼ばれたそれは、名のとおり眩いばかりの白葡萄色と、根付くような闇色に包まれていた。全てを見通すような螺旋階段。光と闇が織りなす不思議な柱や壁。美しく奇異な光景に、圧倒される。

「おーい、シグ?」

 ロルフィネッサが奥へと呼びかける。

「シグ・・・・・・っ!」

 僕も大声で呼ぶ。

「おい!お前の契約主が北っていうのに、呑気に寝てんじゃねえよ・・・・・・!さっさと来いよ!!」

「僕だよ・・・ベンだよ!!」

 なおも返事はない。

「チッ。・・・・・・こうなったら、侵入するか。」

「そうだな。バリケードを破って、一階のトラップを潜り抜け、螺旋階段に辿り着けば大丈夫か?」

「いや、それじゃリスクがある。・・・よし、飛ぼう。」

 ロルフィネッサとスファルディが示し合わせたように頷くと、僕はロルフィネッサに掴まれて、またもや宙に浮いていた。

「わわわわっ!?」

「五月蝿い。少しだけ、静かにしててくれ。」

 僕は反射的に口を押さえた。

 ―と、次の瞬間。

「ひゃっ・・・・・・!?」

 僕は聖殿の中にぶち込まれた。

「よし、上手くいったな!」

「オレたちも行くか。」

 しゅっ、と滑るように、次々と侵入してくる。

「成功だ・・・!」

「これでシグの部屋まで行けるはずなんだが・・・・・・。」

「あ・・・あれじゃないか?」

「あれだな。」

 二人は廊下の先の、ひときわ威厳のある部屋を見た。

「行くぞ、ベン。」

「もうすぐだ。」

「・・・・・・うん!」

(あそこにシグが・・・・・・!)

 僕たちは走った。シグに会えるまで、きっと、もう少し。

 途中でトラップを踏んで、氷柱に阻まれたり、空気の剣に斬られそうになったりしたけど、それでも、走り続けた。

「ふう・・・・・・。罠が多いな。」

「うーん、面倒だし、無効化しちゃおうかな?」

 スファルディは壁に触れた。紫の光が廊下を廻って、彼方に消えていく。

「これで大丈夫、のはず。・・・・・・急ごう。」

「うん・・・・・・!」

 僕たちなら、辿り着ける。そう信じて、ひたすら走る。着実に、長い廊下の先が近づいてきた。

「はあ、はあっ・・・・・・。」

(できる・・・・・・出来る、絶対に!)

 あと百メートルくらい・・・・・・・・・・・・五十・・・・・・二十・・・・・・十・・・五メートル・・・・・・!

「はあっ・・・・・・着いた・・・・・・っ!」

「ああ・・・・・・疲れた。」

「あと百年は動きたくない・・・・・・。」

 みんな、重苦しそうにバタバタとへたり込む。

 ロルフィネッサはパチンと指を鳴らした。緑色の魔法陣みたいなものに包まれる。

「はあ・・・・・・深呼吸だ。」

 僕たちは深く息を吸った。すると、一気に疲れが癒えていく。

「ありがとう。」

「キツかったな・・・・・・。」

「辿り着けて良かった・・・・・・。」

 もう一度、息継ぎして、僕たちは立ち上がる。

「・・・・・・ぶっ壊すぞ!!」

「ベン、力を貸してくれ!」

「えっと、どうすればいいの・・・・・・?」

 二人は僕の手を握って、空いた方の手を扉の前に翳す。

「・・・・・・オレがお前の手を強く握ったら、すぐにあいつの手を握れ。ひと呼吸置いたら、一緒に『ラシャド』と唱えるんだ。」

「・・・・・・うん。」

 僕は緊張と不安でどきどきしながら、真っ白な扉を見据えた。

 スファルディが手を握り、間髪入れずに僕はロルフィネッサの手を握り返す。

「ラシャド・・・・・・!!」

 大声で叫ぶと重厚な扉がパリンと音を立て、空気がひび割れて、硝子になって足元に砕け落ちていった。無理な干渉による圧力で、戸が開け放たれる。小さな音から始まる崩壊は、段々と轟音に変わり、どこもかしこも玻璃の雨が絶え間なく降り注いでいく。

 その光景を、ロルフィネッサの防御陣の中で眺めていた。

 痛々しく、冷たく、儚い夕立は、ありったけの光と影を燦然と撒き散らした後、小降りになって、はらはらと消えていった。

「さあ、入ろう。」

 こくりと頷き返して、奥に進むと―。

「え・・・・・・噓・・・・・・。」

 極光に包まれた部屋の中央で、シグの身体が浮いていた。髪がふらふらと四方に靡いている。

 綺麗だったけれど、どこか哀しいような感じがした。

 ロルフィネッサがシグのほうにすうっと手を翳すと、身体がふわふわ落ちてきた。

「スファルディ・・・・・・、ロルフィネッサ・・・・・・。シグが・・・・・・。」

「眠っているだけだよ。」

「呼びかけ続けるしかないだろーな。」

「・・・・・・シグ、・・・シグ。」

 シグの顔を覗き込む。蒼白ではない。

「シグ・・・・・・起きて、シグ!」

 幾度、その名を呼ぼうと、幾度、その身体を揺さぶろうと、一向に起きる気配がない。

「シグ・・・シグ・・・・・・っ!・・・・・・うわああああっ!!!」

 涙が溢れる。それでも、ひたすらに呼び続ける。

「起きて、シグっ!・・・・・・ひ・・・・・・っく・・・起きなきゃだめだよ!!・・・・・・お願い・・・・・・!!」

「起きろ、シグ。お前の主人をどんだけ泣かせるつもりだ。」

「シグ・・・・・・馬鹿野郎!さっさと戻って来いよ、この野郎・・・・・・!!」

 スファルディとロルフィネッサの怒声が響いた。

「シグ・・・・・・っ。戻ってきてよ・・・・・・。」

 ぼろぼろと、棺に小さな水晶玉が転がっていく。

「約束したよね・・・・・・一緒に、石を集めるって・・・・・・。」

 一言。吐き捨てて、残った水滴を袖で拭った。

「お、おい・・・・・・!」

「あれは・・・・・・!!」

「へ・・・・・・?」

 目を開けると、黄金と漆黒の入り混じった靄が、花になって、シグの心臓に吸い込まれていった。キーン、という高音を立てながら輪が現れ、途端にぐるぐるとその身体を囲んで、光と闇の破片が飛んでくる。

「わっ・・・・・・!?」

 輪が粉砕されると、シグは目を瞑ったまま、宙に立っていた。

「な、何・・・・・・!?」

 僕たちが呆然と見上げていると、シグが目を開けた。

「し・・・シグ・・・・・・っ!!」

 金と紺の双眸がこちらに向けられる。

「なぜ、ここに・・・・・・?」

「遅いっっ!!」

 ロルフィネッサは眉を顰め、怒鳴りつけた。

「何故、汝らまでそこにいる・・・・・・?」

「・・・・・・おまえに用だよ。ベンも、オレたちも。」

 スファルディは半ば呆れ顔でシグに言った。

「シグ・・・・・・。まずは、無事でよかった。僕ね、シグが帰ってこないから、心配で・・・・・・。それで、会いに来た。風の精霊―イアスに連れられて。」

「イアス・・・・・・?だとしたら、どうして奴はここにいない・・・・・・?」

「ベンは、試されたんだよ。あいつが簡単に石に溶けるはずがない。」

「・・・・・・。」

 すぱりとロルフィネッサに言い切られて、僕は俯かざるをえなかった。

「・・・・・・うん。そしたら、道の途中でスファルディとロルフィネッサに遇って、今ここにいる。」

「そういうことか。」

 シグが天井を仰ぐ。一面には極彩色が舞っている。

「起きたってことは、呪いが解けたってこと・・・・・・だよね?」

「呪い・・・・・・?」

「掛けられた覚えはないが・・・・・・。」

「え!?」

 三人の眉間に皺が寄る。

「だって、イアスは、シグが帰ってこないのは、スファルディの呪いのせいだって・・・・・・。」

「オレ、呪いなんか掛けてないし!?」

 怪訝そうに、互いに顔を見合わせる。

「・・・・・・もう、イアスのことは一切信じるんじゃない。」

 ロルフィネッサは苛立ちを含んで吐き捨てた。

「・・・・・・。」

 戸惑いながら、静かに頷いた。でも、心の片隅では、不明瞭なものが渦巻いていた。

 シグが咳払いをする。

「そ、そうか・・・・・・。とにかく、すまなかった。」

「ううん。・・・・・・ありがとう。」

「ん?」

「帰ってきてくれて・・・・・・生きていてくれて、ありがとう・・・・・・!!」

「ああ。シグがここでくたばってたら、やってらんない。」

「うん。お前が戻らなかったら、聖殿ごとズタズタにしてたかも。」

「心配をかけた。遅くなったが、・・・・・・只今、帰参した!」

 全員の顔がふっと綻ぶ。

「・・・・・・みんなで、人間界に帰ろう。」

「そう、だな。」

 張り詰めた空気が、柔らかな安堵へと転じた。その刹那―。

「ねえ、みんな。ところで、ぼくのこと忘れてなーい?」

「!!!」

 聞き覚えのある優し気な声音が飛んできて、ぎしりと表情が歪んだ。

 ふよふよとしていて、つかみどころがない。

「ふふ。バレちゃったみたいだね。ま、想定内だけど。」

「イアス・・・・・・。」

「目に見えるものだけがホンモノじゃないよ、皇子くん。」

「・・・・・・。」

 突然現れては笑みを溢すイアスに、寒気がした。似ていないけれど、全然似てないのだけれど、雰囲気がルシアのときみたいだ。

「駄目じゃないか、ロルフィネッサ。試されてることを勝手に教えないでよ。」

「・・・・・・そう言われる筋合いはない。」

「ひどいなあ。」

 飄々とした様子でくるくると動くと、その白い指は僕の鼻をつついて、こう囁いた。

「僕はまだまだ、石に入れられたりなんてしないよ。残念だったね。」

「・・・・・・そう。」

「だって、そこの幻影みたいになるとも限らないじゃん。閉じ込められれば、癒着して動けないし。」

「・・・・・・。」

 僕は、イアスを軽く睨んだ。

「ん?なーに?」

「どうして、嘘を吐いたの?」

 イアスは、考える素振りを見せつつ、無垢に答えた。

「そうだなあ・・・・・・。面白かったから?なーんて。」

「へえ・・・・・・?」

 斬り殺したくなるような、むず痒い衝動を抑え、逸らすことなく太陽色の瞳を見つめる。

「何がホントで、なにがウソか・・・・・・。知りたいなら、自分で見極めてみて。」

「・・・・・・。」

 瞳の奥の混沌とした部分が、「服従しない」と云っている。イアスは双眸を眇めた。

「まあ、ぼくの石の持ち主は君だし、自力で動いたりはできないから、抗ったところできみの言うとおりにする他ないんだけどね。」

「あ、ちょっと待っ・・・・・・!」

 諦めたような薄っぺらい微笑を浮かべて、イアスはどこかに消え去った。

「・・・・・・嫌なヤツ。」

「・・・・・・ムカつくな。」

「・・・・・・。」

 急に沈黙が訪れる。イアスが割り込んできたことで、話が行き詰ってしまった。

 微妙な空気感の中、次に口を開いたのは―。

「イアスのやつ、言うだけ言って帰りやがってさ・・・・・・。」

「おい、シグ。そういえば、話があるんだが・・・・・・。」

 スファルディとロルフィネッサが同時に喋りだして、彼らは丸くした目を見合わせた。

「あ、お前に譲るよ。」

「おう。」

 懐かしい蛋白石の瞳がこちらを向く。

「シグ、あんたに話すべきことがある。」

「今更、何だ。」

「俺が入ってるこの身体、元のやつなのはお前も知ってるだろ?」

「ああ。」

「実は・・・・・・。」

 ロルフィネッサは淡々と事の顛末を告げた。

「・・・・・・で、呪いをかけたヤツをどうにかするために、協力してほしい。」

「・・・・・・。」

 シグは目を逸らした。そして、じっくりと思案し、こう言った。

「・・・・・・はっきり言えば、汝と仲良く手を繋ぐのは癪だ。」

「そりゃ、俺だってヤダよ。・・・・・・だけどさ、あの偏屈野郎とあんたを比べたら、あんたのほうが百倍はマトモだ。」

「褒めても何も出ないし、あやつと比較され、しかも汝に評価されるのも癪に触るが・・・・・・。」

「はは・・・・・・。」

「まあ、聞いてやらないこともない。」

「!」

 シグは、ほっと目を伏せた

「・・・・・・勘違いするな。お前に協力するのは、その抜け殻が呪われたら、永遠に復活できなくなるからだ。あと、ベンの顔を立てて、だな。」

「・・・・・・そうかぁー。」

 ロルフィネッサは脱力した。

(なんだかんだ仲良いな、この二人・・・・・・。というか・・・・・・。)

「スファルディもなんだけど・・・なんか、ロルフィネッサって、シグから聞いてた話と全然違かった・・・・・・。」

「そうなの?」

「ん?あいつ、なんか変なこと言ってないよな・・・・・・?」

「遭遇したら、僕はロルフィネッサに木端微塵にされるとは言われたかな・・・・・・。」

「は?」

 ロルフィネッサは間の抜けた顔でシグをじろりと見た。

「言った。・・・・・・確かに、言ったな。」

「俺って、そんなに信用されてなかったわけ!?」

「そうだねえ。信用されてなかったかも。」

 スファルディが悪戯っぽく小突いた。

「汝は、先日まではしっかりとグレていただろう?」

「先日っていつだよ!?」

「百数十年前、精霊王の心にみんなで棲んでいたときのお前じゃない?」

(スケールでかっ!?)

「まあ、あの時は芽生えたばかりでヤンチャしてたからな・・・・・・。」

 だんだん、頭が追いつかない。急な情報に、僕は混乱した。

「ということは、精霊王の心の中って、一体どうなってたの・・・・・・?」

「言ったはずだ。我々は精霊王の『人格』だと。」

「あ・・・・・・。」

 そういえば、そんなことを言っていた。石が割れたことで人格が五つに分離した、と。

「え、でも・・・・・・石が割れて人格が分離したってことは、その前はひとつだったんじゃ・・・・・・?」

「確かに、オレたちはひとつだったよ。ただ、精霊王自身の人格の中で、僕たちはすでに生まれていたんだ。石が割れたときに束ねていた檻みたいなものが壊れて、完全に分離しちゃっただけ。」

「だから、俺たちは精霊王であって精霊王ではない存在。」

「つまり、不十分、ということだ。」

「なるほど・・・・・・。」

 言い換えれば「石を混ぜることで檻が復活する」ということだ。

 僕の中で、一連の出来事がするりと繋がっていく。

「我らは石を混ぜることで精霊王を復活させると言った。が、厳密に言うと、もう一度我らをひとつにすることで、元の人格に戻すという意味だ。」

「・・・・・・。」

 僕は、それが悲しいことのようにも思えた。でも、希望にも見える。

 今なら、混ざることを拒んだイアスの気持ちが理解できた。

 あらゆる感情が絡み合って、ぐるぐると渦巻いていく。

 思案の末、思い切って訊いた。

「・・・・・・みんなは、本当にそれでいいの?」

「なぜだ?」

「だって・・・・・・。」

 唇を浅く噛む。

「だって、みんなは今、同じだけど違うでしょ?」

「そりゃ、もう少しだけ解き放たれていたいよ。でも、お前はあることを忘れてる。」

 スファルディは凛とした黒白の眼で僕を見透かした。

「オレたちは、ここにいちゃダメな存在なんだ。人格でありながら実体化したオレたちは、世界の秩序から外れてる。」

「でも・・・・・・。」

「でも、じゃない。俺たちが元通りになることが、この世界のためであり、俺たちの使命なんだ。秩序から外れたものが生き延びると、秩序の範疇に生かされたものが代償になる。・・・・・・運命は、誰にも変えられないんだ。」

 僕は静かに俯いた。

「・・・・・・だけどな、違う人格である限りは、あんたの言う通り、俺たちは同じで違う。・・・・・・感情があるということが、こんなにも憎らしいとはな・・・・・・。」

「そうだな。・・・・・・いつか消える存在なら、この実体や、人並みの心など、分け与えられたくはなかった。」

「・・・・・・。」

 その時のシグは今までで一番弱々しかった。僕まで、泣き出してしまいそうだ。目元が熱を帯びていく。

「・・・・・・とはいえ、こんな辛気臭い顔してたって、どうにもならない。だから、せめて俺たちがいなくなるその日まで、今のこの状態を楽しまないか?」

「・・・・・・そうだね。オレも同感。どうにもならないことを考えてたってしょうがないよ。」

 スファルディは明るく笑ってみせた。胸が熱くなる。

 僕は彼らに、また、自分自身に誓った。

「・・・・・・うん、そうだね。みんなが良かったと思えるような、そんな時間を紡いでいこう。」

「そうだな。」

「うん!」

「ああ!」

 永遠も、不変もない。不思議の力も、この世界も。

 間違いなく、彼らと万民を天秤にかける日はやって来る。

 だとしても、いつか、笑顔で別れられるように―。そう、願いを込めた。

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