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第四章 謀略の渦

 五年後。

「っ・・・・・・やあっ!」

「くっ・・・・・・だあっ・・・・・・!」

 かきんかきんと剣がぶつかり合う。一度後ろに引いて、向かい合うアーノルドの動きを見ながら、柄を握る手に集中する。

 迫りくるアーノルド。僕は剣を振り上げ、刃に青白い光を纏わせながら、アーノルドの剣を遠くへ撥ね飛ばした。

「・・・・・・参りました。」

「これで五十六勝、四十八敗だ。」

「もうベン様も、私と互角ですね。」

「ああ。」

 僕はこの五年、着実に力を付けていた。基本的な勉学に加え、霊力と体力の増強、攻撃・保守能力の向上、そして政治や経済や帝王学・・・・・・。とにかく、いろんなものを詰め込んでいった。

 今や、第一騎士団長のアーノルドとも互角に戦えるし、レネディセフの魔法にも屈することはない。まあ、レネディセフについては、多少の手加減はあるのかもしれないけれど。

 僕の背丈も黒髪も、成長と共に伸びていって、今は髪を切らずに後ろで一つに束ねている。

「ベン、アーノルド、稽古はどうだい?」

「ローレンス様。」

「兄上!」

 ローレンスは昔と変わらず、明るくて優しい。でもその背丈は伸びたし、声も低くなった。何より、昔よりも顔立ちがすごく端正になった。たまにメイドたちが、ローレンスを見ながら、きゃあきゃあ言ってるのを聞く。当の本人は興味ないようだが。

「アーノルド、少しだけベンを連れていくよ。」

「あ、分かりました!ベン様、次こそは負けませんからね!!」

「ああ。」

 僕はローレンスに連れられて、騎士団の稽古場から庭園の四阿に移った。

「この時期はからっとした暖かさで、草の匂いがよくしますよね。」

「うん。今の時期の庭園は最高だよね。」

 小鳥や木々を二人で穏やかに見つめる。午前中の瑞々しい太陽に、ほのかに海風が薫った。

「で、何か御用ですか?」

「うん。大魔導士さまのこと、覚えてる?」

「覚えてますよ。ジネ―ルフさんですよね。」

「そう。大魔導士さまが急遽、皇宮にいらっしゃることになった。」

 ジネ―ルフとは、あれ以来、ずっと手紙でやりとりをしていた。石や悪魔について、あの時の言葉通り、丹念に調べてくれている。ありがたい限りだ。

「彼だけじゃない。今回は塔の魔法使いが全員集結する。賢者様もいらっしゃる。」

「何でですか?何かあったんですか?」

 驚きながら、ローレンスに尋ねる。ローレンスは渋い顔をした。

「アルキナ帝国のことについての話し合いだ。あの国の様子がおかしいらしい。」

 僕はどきりとした。脳裏に、ルシアの顔がそっと浮かんだ。背筋が凍りつきそうになる。

「ぼくも出席する。丁度、魔法使いたちが全員集まるから、何か情報を得られるかもしれないよ。」

「あの・・・・・・、僕もその会議に出席してもいいですか?」

「え、いいけど・・・・・・。どうして?」

「そ、その・・・・・・。」

 ローレンスはきょとんとしたように俺を見つめていたが、しばらくして、少し寂しそうににこりと微笑んだ。

「いや、理由は言わなくてもいいよ。ベンもおいで。」

「・・・・・・はい。ありがとうございます!」

 ローレンスに頭を撫でられる。たまに、こうして撫でられることが今でもある。

「会議は明後日だよ。」

「分かりました。」

 僕は後ろを振り返り、四阿を後にした。ローレンスが心配そうな、寂しそうな、傷ついたような光を、眼の奥に閉じ込めていたことには気づく由もなかった。


 会議の日。いつかのように、大広間にはずらりと魔法使いたちと皇族たちが並んでいた。以前見た時よりも、更に多くの人たちが集まっている。ジネ―ルフもルティルシャも、数年前とは全く変わりない様子だった。

 多分、ジネ―ルフの隣に座っているのが賢者様だろう。先代の賢者様から代替わりしたばかりなので、まだお若い。若い、というよりも、肩までのふんわりした金髪と薄緑の大きな眼が特徴の、15、6歳くらいの少女だ。僕やローレンスとそんなに変わりない年頃なのに、こんな重役を担っているのは、普通にはできないことだと思う。

 賢者の役目は代々、原初の魔法使いの血筋である1つの家系が引き継いでいく。今の代の賢者様で確か、164代目だった気がする。この大陸に国家が誕生する以前から続く“賢者と魔塔の魔法使い”の仕組みは、現在に至るまでずっと、世界を守り続けているのだ。

 賢者様はこちらを見て、にこりと目を細めた。

 ジネ―ルフが話し始める。

「今回はアルキナ帝国についての会議、ということだったな。あの国の様子がおかしいというのは、権力の中心に聖者と第三皇子がいるというところだ。」

(第三皇子・・・・・・だって?栗毛の、ジュヌが?)

 僕の中で、とある記憶が蘇る。さらさらした栗毛の髪と、真ん丸で黒目勝ちな黄金の瞳。在りし日の弟の姿だ。

 僕がロルフだった時、僕には1人の兄と2人の弟がいた。僕が亡くなった時、末の弟の第四皇子・フォーシェは産まれたばかりだったが、第三皇子・ジュヌは10歳だった。僕にはミュオルという2歳年上の金髪金眼の兄もいたが、彼は戦場に送られた末にそこで死んでしまった。

 生前、ミュオルもジュヌも嫌われ者だった僕と仲良くしてくれた。

 でも、ジュヌは5歳のある日、僕と遊んでいたことを彼の母親にこっぴどく叱られ、その罰として光一つない真っ暗な場所に閉じ込められて―。ジュヌは三日間、ろくに水も食事も与えられず、泣いて謝った果てに気絶したらしい。僕も女官たちによって、背中に鞭を打たれた。それ以来、ジュヌは明らかに僕を嫌悪するようになり、かなりショックを受けたのを覚えている。

 それからすぐ、唯一僕を弟として可愛がってくれたミュオルも、隣国のラミュエラ帝国の侵攻を防ぐために辺境に送られ、戦死した。

以降、僕はより一層嫌がらせを受けるようになった。

 さっき思い出したのは、僕と仲良くしてくれていた頃のジュヌの姿だろう。懐かしさと悲しさに胸が締め付けられる。

「皇帝陛下はどうなさったのですか?」

 ローレンスが尋ねた。

「皇帝は先月、第三皇子の手により殺された。」

(殺された・・・・・・?あの、皇帝が?)

 疑問の波が寄る。

(確かにあの人は恐怖政治をしていたから、恨みを買ってもおかしくないが・・・・・・まさか・・・・・・。)

「第二皇子、何か心当たりがあるのか?」

「あ、ああ・・・・うん・・・・・・その・・・・・・。」

 無意識中に口に出ていたらしい。ジネ―ルフが不思議がった。魔導士たちも首を傾げる。

「えっと、あくまでも僕の推測なんですけど、もしかしたらその、ジュヌ、皇子の裏に聖者がいるのではないかと思ってしまって・・・・・・。」

「おっ、やるやるー!」

 レネディセフがニヤリとして、拍手を送る。魔法使いも賢者も皇族もみんな、彼の様子にポカンとしていた。レネディセフは椅子から立ち上がって、テーブルの周りをゆっくりと歩きながら、続ける。

「俺もそう思ってたとこだったんだよーっ!あいつ底意地汚かったし、恨み買われてもおかしくなかったからねー。流石は俺の弟子!!」

「はあ・・・・・・。」

(アルキナに行ったら死罪ものの発言だ・・・・・・。)

 やっぱり彼はどうかしてる。最っ高にイカれてると思う。

「それに、君と歴史書を漁るうちに、聖女の陰謀も見えてきたとこだったし。」

「陰謀?」

「陰謀だと!?」

 あたりがざわつき始める。少女の凛とした声が通った。

「その話、確信はあるか?」

「ええ。大いに。」

「なら、今ここで教えてくれ。」

 エデンがじっとレネディセフを見つめる。

「いいよ。いいけど、条件がある。ベン。」

「え、僕ですか?」

「うん。教える代わりに明日、賢者様含め魔法使い全員に、城下町の美味しいクレープ奢って。」

(え?・・・・・・それだけ・・・・・・?)

「これ、勝手に儂らを巻き込むな!」

「いいじゃん。ね?いいでしょ?」

 強引で、周りを振り回してくるレネディセフの満面の笑みに、俺はなんとなく負けた。

「何かと思ったら、そんなことですか・・・・・・。父上、外出許可、いただけますか?」

「ま、まあ・・・・・・いいだろう・・・・・・?」

 この落ち着いた父には珍しく、予想外の流れに少し驚いていた。

「よし、交渉成立!んじゃ、話す。」

 本人、滅茶苦茶上機嫌。

「多分ね、聖女のやつはどうにかしてあの国を意のままに操りたいんだ。早急に。」

「早急に?なぜ?ルシア、皇女は皇位継承順位第一位のはず・・・・・・。」

「うん、そうだよ。いずれは皇帝になれる。でも、皇帝が死ぬのを待ってたら遅いんだ。あいつは多分、天地をひっくり返すようなことを企んでる。例えば、世界征服みたいにね。寧ろ、恨んでたのは第三皇子のほうだから、きっと、利害の一致だろうよ。」

「うーん・・・・・・。」

(なるほど・・・・・・その線はあるかもしれない。)

 ルティルシャが顔を顰める。

「聖者が皇帝を恨んでいて、聖者と仲の良い第三皇子が代わりに殺した説はないのか?」

「え?それはないない!あり得ないね!聖女は皇帝が嫌いだったかもしれないけど、でも、第三皇子が無条件で下僕のようにこき使われると思う?よっぽどの馬鹿でなければそんなことはしないよ。あと、ついでに言っておくけど、聖者と第三皇子の奴、そんなに仲良くないからね?利害の一致でもなければ、皇帝と一緒に、第三皇子によって串刺しにされているところだろうよ。」

 からからとレネディセフが笑った。

「乗っ取った挙句、もし本当に世界征服でもしようものなら、なんというちっぽけな野望なんだ、って嗤ってやってもいいね。その前に俺たちが頑張って食い止めるけど。」

「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・今後の展開をじっくりと観察した方が良さそうだな。」

「魔塔も、迂闊に関わらないように気をつけよう。アルキナ帝国の魔塔は、こちらに情報を流してくれ。フィランツォ帝国には、私から文書を送って伝える。」

「分かった。」

「ああ。そうしてくれたほうが助かる。」


 会議の後、僕は心に深い靄を抱えつつ、ジネ―ルフとルティルシャ、賢者様にひと通りの挨拶をした。



「ジネ―ルフさん、ルティルシャさん、お久しぶりです。」

「ああ。・・・・・・大きくなったな。」

「うむ。久しぶりだな。」

「初めまして、賢者様。フィランツォ帝国第二皇子、ベン・ヘイリー・コールドウェルと申します。」

「あ・・・・・・はい。えっと、賢者のアリア・ゼノ・テイラーです。アリア、で大丈夫ですよ。」

「じゃあ、アリアさん。僕や兄上と同じくらいの年頃なのに、魔法使いたちを纏める賢者の役目を担ってるのって、すごいことだと思います!」

「いや、私はそんなに大層なことは何も・・・・・・。」

「賢者よ、そんなことはない。だが、まだまだ成長段階だ。これから先の成長を期待している。」

 ジネ―ルフの言葉に、ルティルシャも頷いた。

「あ、ありがとう・・・・・・。」

(この人は、僕と年齢はあまり変わらないけど、もっと、ずっと僕らより大人に見える。でも、それでもまだ未熟なんだ・・・・・・。僕も、“第二皇子”という立場に恥じないように、頑張っていかないと。)

「殿下、後で話がある。夕食後、部屋まで足を運んでも良いか?」



「分かりました。僕も、この五年で話したいことが山積みです。」


 夕食後、部屋にノックの音が響いた。今日も、彼ら魔法使いは城に泊まることになっている。今回は帝国の見物も兼ね、ジネ―ルフとルティルシャ、賢者様は二泊する。

「はい。」

「私だ。」

 ジネ―ルフは颯爽と入室し、椅子に腰かけた。

「レネディセフから、精霊使いとして目覚めたと聞いた。契約もしたらしいな。」

「はい。シグ。」

 空気が歪んで、人型が飛び出す。変わらぬ少年の姿のシグが現れた。

「余は光と闇を司る精霊、シグ。汝は・・・・・・大魔導士じゃな。」

「ああ。精霊使いも精霊も消えたと聞いていたが・・・・・・。」

「うむ。下級精霊と中級精霊の半分ほどは消えたな。上級精霊や精霊王の分身は辛うじて残っておる。」

「そうだったのか・・・・・・。」

「はい。先生からはどれくらい聞いてますか?」

「殿下が精霊と契約し、学問にも体技にも真面目に取り組んでいる、といった具合だろうか?」

「そう言われると、なんか、ちょっと大袈裟な感じもしますけどね・・・・・・。」

「そうか?並の人間よりよっぽど真面目な気もするが・・・・・・。」

「気のせいです。・・・・・・そこまで聞いているのでしたら、要点を掻い摘んで詳しくお話しするのが良さそうですね。」

「ああ。では、気になったことを質問をするから、それに答えてくれ。」

「はい。」

「初めの質問は・・・・・・。」

 ここからはひたすらにジネールフの問いかけが飛んできた。石の話、悪魔の話、精霊のこと・・・・・・次から次へと、底無し沼の如く溢れ出す。

 最後に聞かれたのは―。

「お前は、誰だ?」

「・・・・・・っ!」

 僕は、すぐには答えられなかった。間を置いて、言葉を発する。

「ベン・ヘイリー・コールドウェル・・・・この、フィランツォ帝国の、第二皇子・・・・・。」

「・・・・・・そうか。」

 赤い光が、眇られた目の奥で、ぬらりと光る。この感じを知っている。あの時の、ロルフだった自分に向けられた、氷のように冷えた眼光・・・・・・。レネディセフも、たまに同じような目をする時がある。自分が見透かされている気がした。全然違うけど、似通った眼差しに、俺はぞっとした。

「今の質問は、気にするな。これ以上、聞きたいことは無い。」

「え・・・・・・はい・・・・・・。」

「顔色が悪い。休め。・・・・・・周りに、隠すな。怯えは自らの厄難に繋がりかねん。」

「・・・・・・ありがとうございます。」

「もっと、頼れ。」

 それだけ言うと、ジネールフは出ていってしまった。

(気遣ってくれてるのは分かる。・・・・・・だけど・・・・・・。)

 また、不安が過ぎる。

(ジネールフなら、いいのかな・・・・・・?一度、レネディセフに相談してみよう。)

 僕は、唯一僕の素性を知っているであろう、彼に話を聞いてもらうことにした。


「朝だよーーー!!!早くクレープ奢ってーっ!」

 ばちーんという嫌な音と、駆け抜ける痛み。

「痛っ!?」

 翌朝、僕はレネディセフに尻をぶっ叩かれて、非常に刺激的な目覚めを体感した。

痛みに悶える寝起きの僕の前で、抹茶色の瞳がウインクする。

「クレープクレープクレープクレープクレープクレープクレープクレープクレープクレープクレープクレープクレープクレープ・・・・・・。」

「奢るから!!!クレープを繰り返すのやめて!?」

「クレープクレープクレープクレ・・・・・・。」

「僕はクレープじゃないです!朝食の前に言わないでください、お腹いっぱいになるから!?」


「はぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・。」

 目覚めがあまりにも酷すぎて、僕はパンをかじりながら、長い長い溜息をついていた。

「何かあったの?」

心配そうな兄の声。

「ええ・・・・・・ちょっと、予想外が起きて・・・・・・。」

「レネディセフか?」

「はい・・・・・・。レネディセフです・・・・・・。」

当の本人は、目の前で蜂蜜を舐めていた。顔を見るだけでげんなりする。

「叩き起されて、クレープの羅列を聞かされました・・・・・・。」

ルティルシャが、同情の顔で頷く。

「災難だったな。」

「ええ・・・・・・本当に・・・・・・。」

「ねえねえ、クレープまだ?」

 蜂蜜どころか、パンの上のマーガリンまで食べ尽くそうとするレネディセフが、無垢な目を爛々と輝かせる。

ジネールフが彼の頭を叩いた。ごん、と鈍い音がする。

レネディセフは口の中のパンを吹き出しそうになった。

「いっ・・・・・・たっ!!??」

「お前の胃袋は一体幾つあるんだ!?」

「うーん・・・・無限大!」

「うむ・・・・・・無尽蔵だろうな。」

「・・・・・・怖っ。」

「お主は食べても、全く太らないからのう・・・・・・。」

「羨ましい限りだな。」

「こいつには本当にびっくりさせられる。」

 他の魔法使いたちも話に混じって、がやがやと賑わう。

「ベン殿、彼のクレープは抜きでもいい。」

 アリアが言う。

「そうですね~。」

「待っ!?抜かないで!?」

「冗談です。」

 僕は可笑しくて笑った。


「早く~!こっちこっち!!」

「待って待って、早い!」

「あっちは人形の店だー!」

「こっちは武器屋・・・・・・。」

「そっちは食器屋!」

「見て!紙芝居やってる!」

「ちょっ・・・・待って・・・・・・。」

 ジネールフとアリアと、ルティルシャ、そしてレネディセフに、あっちこっちへ引っ張られる。

 護衛としてついて来たアーノルドが苦笑する。

「皆さん、ベン様は一人しかいないので、順番に回りましょうね・・・・・・。」


「んーー!おいひい!」

「生クリームがいっぱい。」

「悪魔の食べ物だ・・・・・・。この間、ダイエットしたばっかりなのに・・・・・・。」

「・・・・・・甘い。」

 僕たちは気の向くままに通りを進み、なんだかんだ、わちゃわちゃしながらも、なんとかクレープ屋までたどり着いた。

「甘くて美味しいですね!」

「いらっしゃい、いらっしゃい!まだまだクレープ売ってるよ!!」

「おひさん、ほんどはちょほへーほふひーむのやちゅをふれ!(おじさん、今度はチョコレートクリームのやつをくれ!)」

「毎度!」

 レネディセフが、化け物みたいにクレープを消費する。これで4つ目だ。

「そろそろいいだろう、食べ過ぎだ。」

「やば、まばはべる。(やだ、まだ食べる。)」

「何言ってんだ?」

「ものを口に含めながら言うんじゃない。何を言ってるのかさっぱりわからん。」

「今頼んだのが来たら、次の店まで強制連行しよう。」

「それがいい。」

「ばはあ、まばふぁべ・・・・・・。(だから、まだ食べ・・・・・・。)」

「お待ちどうさん!」

「ぎゃーっ!」

「え、今、何やったんですか!?」

「クレープを掴んだ瞬間に、無詠唱で空間移動魔法と力魔法を複合し、次の店の中まで飛ばした。逃げられては堪らないから、ルティルシャも一緒に飛ばしておいた。」

「なるほど・・・・・・。」

(すごい魔法を易々と・・・・・・。それから、ルティルシャさん、頑張れ・・・・・・。)

「ベンさん、あっちに本屋さんがあります!見て行ってもいいですか?」

「いいよ。」

「じゃあ、私は先に、2人の所へ行っている。護衛騎士がいれば、恐らく大丈夫だろう。」

「そうですね。アーノルド、護衛を頼む。」

「分かりました。」

 僕たちは本屋に入っていった。

店の中には、本はもちろん、望遠鏡や顕微鏡、模型、標本などが置いてあって、本屋というよりも、研究室みたいだった。

「いらっしゃい。」

 店主とおぼしき丸眼鏡の老爺が言った。

「ここには、色んなものが置いてあるんですね!」

「おや、興味あるかね?」

「はい。見せていただけると嬉しいです。」

「ホッホッホ。儂は昔、ノックス王国にある王立学園で、助教授をしておった。」

「そうなんですか!?」

「ああ。天文学を教えとった。あの望遠鏡やら何やらは、その時の名残じゃ。」

「へえ・・・・・・!」

「そういえば以前、ある天文学者の言葉で、 「星にこそ世界の真理が宿る」というのを聞いたことがあります!」

「ほう、知っとるのか。それはペデスの言葉じゃな。あやつもノックス王国の出身で、儂の無二の友人じゃ。よく休憩中にスコーンを齧っては、星について論じあったものじゃよ。さっきお嬢さんの言った言葉は、あやつが本の宣伝の際に放ったものでな、新聞にも使われた。儂は、まさにその通りじゃと思うておる。宇宙こそが全ての根源。ならば、世界の真理はそこに形成された星にこそ宿る。」

「なるほど・・・・・・。」

「・・・・・・世界は、何からできてるんでしょうね。」

「一言では、表せない。無理に表すとするのなら、得体の知れない何かじゃな。」

「・・・・・・・・・・・・。」

 僕は、お爺さんにこそ、問いかけるべきだと思った。―僕の役目を。

「・・・・・・質問なんですが、世界を守るって、どういうことだと思いますか?」

「私も、知りたいです。世界を救うとは、どういうことでしょう。」

「そうじゃな・・・・・・ふむ・・・・・・。儂には、答えられん。」

「・・・・・・。」

「じゃが、全てを信じ、全てに抗い、全てを守る、というのはできぬな。」

 世の中は、見方によっては、そういう風に出来ている。信じる者は裏切られ、真面目な者は馬鹿を見て、英雄は脅威と化す。団結すれば、いつかは決裂し、必ず報われる者がいれば、絶対に報われることの無い者もいる。また、“全て”をどうにかすることはできない。

「世のために何かを成そうとするのならば、自分にできそうなことを積み重ねることじゃな。その先は、誰にも分からん。」

 そう。人間は結果論に固執するが、結果は、過程の積み重ねに過ぎない。言うなれば、なるべくしてなったもの。だが、行き着く先も、生まれる弊害も、全て見通すことは不可能だ。

「ただ、これだけは言える。未来は変わる。そして変えられる。但し、欲に足を取られた者にはいずれ、制裁が下るじゃろう。それは、しかと胸に刻んでおけ。」

「変えられる・・・・・・。」

「変えられないことも、ありますよね?」

「当たり前じゃ。未定があるなら固定もある。ここには、両極端が存在するのじゃ。ある程度の範囲内なら、自分でどうにかできるがな。」

 人生は、創るもの。だったら、前の人生も、何かきっかけがあれば、変えられた・・・・・・?

いや、そんな馬鹿な。風化していない固定概念を変えることほど、難しいことは無い。思想をひっくり返すのは、そう容易くできることではない。

「お前たちにアドバイスをしてやろう。何があっても自分を信じ、自分を忘れるな。しかし、固執するな。柔軟こそが一番。」


「なんか・・・・・・分かっているけど、解らない。」

「・・・・・・うん。」

 本屋を出て、僕とアリアは考えていた。

「でもさ、解らないってことは、僕は無意識に、目を逸らしていたってことなのかもしれない。だから、気づかなかった。」

「・・・・・・・・・・・・。」

「僕、やらなきゃいけない事がある。探し物をしてるんだ。」

「探し物?」

「うん。自分の問題だから、これは、自分で決着をつけないとダメなんだ。・・・・・・僕はちゃんと、与えられた役目を果たさなくちゃいけない。」

「私も同じです。・・・・・・賢者として、みんなを救わなきゃ。」

「でも、僕は苦しい。このせいで僕は、みんなに迷惑をかけて、みんなに本当のことをちゃんと言えないから・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・。」

 空を見上げて、深呼吸をした。冷たい空気が肺を満たしていく。

「・・・・・・ごめん。余計なことを言ったよね。」

「そんなことは無いです。・・・・・・私は、私には賢者という役目は重すぎると思っています。でも、それでも、これは私のすべきことだから、前を向かないといけないんです。弱いけど、足でまといになることもあるけど、魔法使いたちのためにも、世界のためにも、自分が怯えていたら終わりなんです。・・・・堂々と、腹を据えないと。」

「・・・・・・・・・・・・。」

 話をしていたその時、どさりと、何かが倒れる音がした。

「・・・・・・え?」


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