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第三章 己を知る

「ロルフ!」

「あ、思い出した?」

 レネディセフの言葉に我に返る。

「教えてよ。」

「あ・・・・・・その・・・・・・・・・・・・おかしいと思われるかもしれないんですけど・・・・・・。」

「?」

 僕は、僕を知った。でも、“転生”なんてあり得るのだろうか?

 笑われてもいい。そう覚悟を決めて、唇をぎゅっと結ぶ。

「僕は、多分、ロルフでした。アルキナ帝国第二皇子、ロルフ・レン・ヴェルファイア。妹に濡れ衣を着せられ、火刑に処された皇子。」

「・・・・・・ご名答。」

「え?」

「やっと分かったかぁー。俺は気づいてたよ。君の記憶の話を聞いたときに、痛めつけられた銀髪の少年って言ってたから、なんとなく、そうかもしれないって思ってた。」

 この男は、どこまで知っているのだろう。あんな僅かな、断片とも言える情報から、そこまで推察していたとは。

(博識・・・・・・伊達じゃない。)

 レネディセフがにやりと笑う。

「もちろん僕は魔塔の魔法使いだし、君が気に入ったから、手を貸す。君は、本当は石のことも、悪魔のことも知っているだろう?“世界の化身”とやらもそう言ったはずだ。早く、気づいて。」


 その晩。俺は一人、自室の机に向かって考えていた。すっかり忘れていた、ジネ―ルフのメモを見る。そこにはこう書いてあった。

「石については、この二つの事例が怪しい。

  ・8年前、世界各国に光が降った。その正体は宝石だった。

  ・10年前、オルシャ神国にて、“原初の石”と呼ばれるものが粉々に砕けた。

 悪魔は、下記のいずれかだと推察する。

  ・ノックス王国ガノヴェット伯爵令嬢

シュマリ・モナ・ガノヴェット

  ・ヴァルス公国トレステン公爵

   ネストル・フォン・トレステン

  ・アルキナ帝国ルイフィーニャ子爵

 ロジェル・クウェン・ルイフィーニャ

  ・アルキナ帝国第三皇女

   ルシア・レーヌ・ヴェルファイア

  ・ラミュエラ帝国ライロッテ侯爵令息

 アゾフ・ペノ・ライロッテ

  以上5名。いずれも強大な力を有する。更に、一番目と二番目は殺生を楽しむような冷酷無比 な人物である。このことは決して他言するな。どれだけ近しい者にも。」

(もっと早く見とけば良かった・・・・・・。)

 今更ながら、読み忘れていたことを後悔した。

(分からないや・・・・・・。でも、五つの石を探せって言ってたよな・・・・・・。ってことは、上に書かれてる光が降った話が怪しいかも・・・・・・。悪魔は・・・・・・本当に分からない。ジネ―ルフは何も言ってないけど、でも、ルシアが冷酷無比なのは知ってる。僕を、ロルフを、殺したから。)

 ますます頭がこんがらがる。

(とりあえず、光のことを聞いてみよう。)

「ベン?なにしてるの?」

「あ、兄上!ノックはしてください。」

「したさ。でも、返事がないんだもん。」

「ああ、ごめん。集中しちゃってたみたい。」

「何か、考え事?」

「はい。兄上は八年前に世界に降り注いだ光のことを知ってますか?」

「ああ、うん。各国に光が降ってきて、それは本当は宝石だったって話だよね?」

「多分、そうです。各国に降ったってことは、この国にもあるんですか?」

「うん。父上が持ってる。ぼくも見てみたいなあ・・・・・・。そうだ!明日、一緒に父上に頼みに行こうよ。」

「いいですね!楽しみです!!」


 という訳で、翌日、僕はレネディセフと歴史書を読んだ後に、ローレンスと二人でエデンの執務室に押し掛けた。

「父上!失礼します。」

「失礼します。」

「あれ?ローレンス様、ベン様、どうなさいました?」

 アーノルドが驚いたように尋ねる。エデンの仕事を手伝っていたらしい。腕には書類がどっさり抱えられている。机の上も書類だらけだ。

「父上に頼みたいことがあってきました。」

「なんだ?今はこの書類を見なければならない。アーノルド、代わりにお前が聞いてやってくれ。」

「分かりました。」

「あの、八年前に降ってきた石を見てみたくて・・・・・・。父上が持っていると兄上から聞いたんです。」

「ああ・・・・・・。なら、そこの本棚の箱の中だ。」

「それなら本棚の、鍵が付いた木箱に入ってます。」

 エデンとアーノルドの声が同時に発せられる。

「私に聞けとおっしゃったじゃないですか!?」

「いや、お前は知らないかと思ったから・・・・・・。」

「知ってますよ!補佐して何年だと思ってるんですか!?」

「十五年だが、お前に石の在処は言ってなかったから・・・・・・。」

「言われてなくても、前に見ました!」

「・・・・・・まあいい。別に危険なものではないはずだから、この機会に見てみなさい。」

「はい。」

 アーノルドに鍵を渡されて、ローレンスが箱を開ける。

 箱の中には、澄んだ夜の色をしたひとつの塊が、ころんと入っていた。石は、菫色とも、闇のような深い青とも見える色を放つ。

「これは・・・・・・。」

「“菫青石の雫”です。この国に落ちてきたのは大きな菫青石、一般にはアイオライトと呼ばれる宝石でした。」

「アイオライト・・・・・・。」

 本当に光を帯びて落ちてきてもおかしくないくらい、綺麗だ。

 ローレンスが首を傾げながら石を取り上げる。

「ベンの瞳みたいな色・・・・・・。ねえ、石の中に何かあるよ。・・・・・・傷?」

「本当だ。ちょっと見せて。」

 石の中には文字のような、絵のようなものが刻まれていた。僕は気になって石に触れる。

 すると、刻み込まれたものが浮かんで、光を放った。黄金の輝きが僕を包む。

 耳元で、透き通った囁き声が聞こえた。

「我を召喚せしめる者、我の声を聞きし者よ。我こそは光と闇を司る王なり。汝の望みは何か。」

 次の瞬間、雷のようにかっと光が満ちて、風が起こる。

 恐る恐る目を開けると、目の前のローレンスがぴたりと動きを止めていた。アーノルドも、エデンも動かない。まるで、時が止まってしまったみたいだ。

「選ばれし子よ。」

 声がした方を振り向くと、背の高い奇妙な出で立ちの少年が立っていた。髪も目も黄金と濃紺の二色で、左右で色が違う。服も同様だった。神様が存在していたら、こんな姿なのかもしれない。

「余は光と闇を司る精霊。名をシグという。精霊使いと出会うのは四百年ぶりかの。」

(やっぱり僕は精霊士だったんだ・・・・・・。)

「我と契約したいのか?」

「契約って・・・・・・?」

「おや、知らぬのか?ならば今、ここで教えてやろう。精霊使いは精霊と契約することでその力を行使する。見たところ、汝は未だいずれの精霊とも契約していないらしい。故に汝は本来の力を使えぬ。汝は力を欲しているのだろう?だから、我と契約せぬか?」

「・・・・・・ただで契約するわけじゃないんですよね?」

「なかなかに鋭いな。その通り、契約するからには代償を払ってもらう。我は力を与える代償として、汝に石を集めてもらう。」

「石?」

「我が宿る菫青石の他に、世界各地に落ちた残り四つの石だ。」

「どうして?」

「我らが王を蘇らせるため。我らは、元は一人の精霊だった。要するに、石が砕けたせいで人格が五つに分かれたのだ。」

「そんな・・・・・・。」

 シグは僕の手をぎゅっと握り、跪く。

「頼む、この通りだ。精霊王の人格が分離してしまったことで、世界中の精霊たち、特に下級精霊たちは消滅してしまった。中級精霊や上級精霊が消えていくのも時間の問題だ。精霊が消えて、その守護がなくなると、この世界はあらゆる厄災に見舞われ、破滅する。汝は今現在、唯一の精霊使い。どうか、世界のために、我と契約してくれ。」

「・・・・・・・・・・・・。」

 世界の破滅・・・・・・。僕はあの樹に、世界の秩序を保つことを託された。仮に僕がシグと契約しなかったなら、世界は滅ぶと言う。そして、この世界の願いを無下にすることとなる。

 僕に拒む理由はなかった。

「分かった。シグ、君と契約するよ。」

「ありがとう。」

 シグは僕の左手の甲に、彼の手のひらを当てた。シュウっという音と共に、霧のような、湯気のようなものが立つ。彼が手を離すと、そこには魔法陣のような紋章が浮かんでいた。

「これで、契約完了だ。これから、よろしく頼む。」

「うん!よろしく、シグ。」

 シグはにっこりと微笑んだ。

「ひと先ず、時の流れを戻してやろう。契約した精霊は、名を呼べば召喚される。我が宿るこの石は、汝が持っていろ。」

「あ、待って!聞きたいことが・・・・・・。」

 指をパチンと鳴らしかけたシグを、慌てて引き留める。肝心のことを聞き忘れるところだった。

「?」

「僕、実は、“世界の化身”から、悪魔を倒し、五つの石を探すことを託されたんです・・・・・・。」

「“世界の化身”・・・・・・。もしや、その姿は一本の白い大樹ではなかったか?」

「なぜ、それを・・・・・・?」

 シグの言葉に目を丸くする。

「やはり。その樹は、冥界と天界と精霊界、そしてこの下界をつなぐ道の真ん中にある、四界の番人だ。汝は、そこに立ったのか・・・・・・。」

(え?)

「番人は、全てを見通し、全てを知る。そして、嘘をつかない。あの樹の言葉を絶対に忘れるな。五つの石は、この、精霊王の魂の欠片で間違いない。悪魔は・・・・・・今の汝に太刀打ちできる相手ではない。ベン、力を付けろ。一刻も早く。」

「ちょっ・・・・・・待っ・・・・・・!」

 シグの体が段々と透けていく。彼の衣の裾をとらえようとしたが、その前に消えてしまった。

 止まっていた時間が動き出す。

「まぶし・・・・・・え・・・・・・?」

「石が、光って・・・・・・んんっ?」

「・・・・・・!?」

「幻覚・・・・・・?さっき、石が光ったよね?」

「ええ。文字が浮かんだはず・・・・・・。」

 僕以外の三人は、目を見合わせた。神妙な顔で互いを見つめ合う。

「おかしいな・・・・・・確かに光ったはずなのに・・・・・・。」

 ローレンスとアーノルドは石を覗き込む。エデンも筆を止めてこちらにやってきて、三人一緒に石を覗いた。無論、精霊士は僕だけなので、僕以外には反応しない。

「まあ、いいや。」

「いいか。」

「・・・・・・いいだろう。」

(いいの・・・・・・!?あ、精霊士だってこと、言った方がいいかな・・・・・・?)

 僕は、エデンの肩をトントンと叩いて、耳元でごにょごにょ言った。

「父上、ちょっと、お話が・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 エデンの淡い青の瞳が間近で、じいっと僕の眼の奥を見つめてくる。何かを察したかのように、頷くと、「アーノルド、ローレンス、少し外せ。」と言って、二人を部屋の外に出した。

「何だ?」

「さっき、石が光って、文字が浮きましたよね?あの直後、少しだけ時間が止まったんです。」

「そうだったのか・・・・・・?」

「はい。その間、僕は精霊に会いました。」

「ああ・・・・・・。そういうことか・・・・・・。」

 エデンが一人で納得する。

「つまり、ベンは精霊士だったと。」

「そうです。それで、召喚した精霊と契約しました。どうやら精霊王の魂が砕けて世界に散ったものがその石なのだそうです。僕は世界で唯一の精霊士なので、石を集めて魂を戻してくれと言われました。」

「そうか・・・・・・。私も、ベンに力を貸す。だが、石を集めるのは自分でやりなさい。自分で決めたのだろう?」

「契約したこと・・・・・・責めないんですね。」

「終わったことだ。それに、それがお前の役目なのだろう?ベンが決めた道なのだから、何も文句は言わない。但し、やるならとことんやりなさい。」

 頭を優しく撫でられる。その手は大きくて、温かかった。

「さて・・・・・・お前の役に立つかどうかは分からないが、精霊に関する本を、国中から取り寄せよう。とりあえず、レネディセフにはこのままお前の師になってもらえるよう、賢者と大魔導士に要請する。あの者からお前が学び取るものは、かなり大きいはずだ。」

「・・・・・・ありがとうございます。」

 なんだか涙が出そうになった。

「貪欲に学び、自分の信じる道に真っ直ぐ、誠実に進みなさい。」

 いつもむっつりした顔をしているエデンが、珍しく微笑みを浮かべる。僕も、嬉しくなった。


「ベン。」

 廊下に出てみると、ローレンスがまだそこにいた。

「あれ、アーノルドは?」

「ああ、さっき自分の部屋に戻ってった。」

 窓から吹き込む夜風にローレンスのプラチナブロンドの髪がさらさら靡く。

「ぼく、さっきの話聞いちゃった。」

「・・・・・・。」

 廊下に響く沈黙と、火焔の色。ローレンスと二人の時に、こんなに気まずくなるのは珍しい。

「僕が精霊士だってこと、内緒にしててほしいんだ。あと、石を探していることも。」

「うん。約束する。僕も・・・・・・ベンを手伝ってもいい?一緒に、探そう。」

「ありがとう、兄上。」

(兄上には、悪魔のことは話さないでおこう・・・・・・。心配させるし。)

 秘密を、笑顔の仮面の下へ隠す。

(でも最終的に、ばらすことにはなるだろうな・・・・・・。)

「ベン。ぼくはベンのために、ぼくが出来る限りのことをするよ。だから、もし困った時とかは・・・・・・。」

「はい。兄上を頼ります。」

「うん。何でも、相談に乗るよ。」

「ありがとうございます。」

 今度は、僕は純粋に笑った。ローレンスもほっとした様子で笑みを浮かべる。

 ローレンスは僕の頭を両手でぐりぐりした。

「へへ。」

「隠し事はするなよ。傷つくから。」

「・・・・・・はい。」

 申し訳なさで心が痛い。胸が苦しくなる。あどけない笑顔を見せられると、余計にずきずきする。

(兄上・・・・・・ごめんなさい。でも、僕が転生者だってことも、悪魔を倒さないといけないことも、今は何も言えない・・・・・・。)

 そうして部屋に戻り、僕は眠りについた。


 アルキナ帝国皇宮―。

「・・・・・・ぐ・・・・・・はっ・・・・・・・・・・・・。」

 シャリン、という物騒な金属音。銀の刃からは、ぼたぼたと真紅の液体が滴る。その横で、音もなく事切れる衛兵。

「ひっ・・・・・・なんで、お前が・・・・・・。」

 玉座に座る皇帝の声が裏返る。

「ふん・・・・・・。」

 男はつかつかと段を上ると、皇帝の首に握っていた剣を突き付けて―そのまま静かに皇帝の腹を裂いた。

「ぐあっ・・・・・・!た、たすけ・・・・・・。」

 恐怖に蒼褪めた皇帝の腕やら指やらを、ばらばらに切り落としていく。

「たっ、た・・・・・・た、た、たすけて・・・・・・!!」

 涙を溢して乞い願う皇帝を嘲り笑いながら、男はその首を一閃した。王冠を捕まえ、首を片手で持つ。

「己の息子に手を掛けられるとは・・・・・・愚かな。」

 笑いが溢れて止まらない。血のように紅くべたついた混沌の眼が、歪な形に曲がる。

「まあ、お父様を殺したのね。」

 女の声がした方を振り向く。長い白銀の髪が、東に昇りくる満月にきらりと輝いた。

「ルシア。」

 男は腕についた飛び血をべろりと舐めると、女の方に向かって歩いた。

「あはははは!」

 女は、甲高い声でさも愉快そうに笑う。

「何故笑う。」

「だって、滑稽じゃない。自分の息子に殺された父親。何の取柄もない老人が、さも威厳あり気に振舞っていたのに、最期は恐れおののいて、命乞いしながら殺される。」

「こいつは消えるべき人間だ。悪政を敷くうえに、女癖も悪い、この世のクソだ。」

「ふふっ。あなたの終末はどうなるのかしら。」

 女の長い指は、遠い過去に彼女が双子の兄にしたように、するりと男の顎を掴む。蛋白石の瞳には殺気が滲んでいた。

「あなたの物語を、最後まで読ませて。ジュヌ。」

 男は、苛立ったように赤い目を眇めた。

「何が言いたい。何がしたい。」

「私と手を組みませんこと?」

「なぜ?」

 女は男の鼻先を、つん、とつつく。

「気紛れ。」

「気紛れ・・・・・・。」

 男はその言葉を復唱し、口端を上げた。

「面白い。」


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