第一話・1/4パート
[セミの鳴き声]
背の高い広葉樹が生い茂る森。強い陽の光が木々の影にあぶれた地表を照らす。
何本かの木の根元には不自然な穴が開き、中には尖った木片が上を向いて刺さっている。
木片には赤黒くくすんだ複雑な模様の布きれが刺さって残っている。
[風の音]
木々の間を吹き抜ける風。落ち葉を舞い上げて砂埃をおこす。落ち葉が除かれ陽にさらされた地面には何者かの足跡がわずかに残されている。
足跡の近くの地面には棒で描いたような円形の模様が引かれ、模様の所々には梵字の羅列が書かれている。
森の上に広がる青空。青く澄んだ遥か上空には小さな雲が点々と浮かぶ。
[遠くから響く雷鳴の音]
森の西側には森を囲むように浮かぶ低い入道雲が浮かぶ。入道雲の下部は黒く陰り、細々とした稲妻が遠目に見える。
稲妻の光によって入道雲の中心部が途切れ途切れに光り、その光の中で巨大な城と思しき影が浮かび上がる。
[都内某所・冬]
「さてさて、今年もいよいよ終わりが近づいてきました!皆さんはいかがお過ごしでしょうか?近頃は全国的に寒くなってきたので体調管理には特に気を付けてください!何を始めるにもまずは健康からですよ!」
「いよいよ来週は今年最終回!特別なゲストをお呼び立てしてお送りします!」
「えー!どんな人が来るんですか?!」
「んーとねぇ・・・来週のおたのしみです!」
「なにそれー!」
「ケチー!」
「まぁこの放送する頃には収録は全部終わって、来年分も撮ってるんですけどね!」
「あー!それは言わない約束じゃないですか!」
「いいのいいの!どうせ深夜枠の放送だし、年末特番にも組んでもらえないからさー!」
「最近は皆ラジオあんまり聞きませんからねぇー」
「この番組もいつまで持つことやら・・・トホホ・・・」
「はいはい怖い話は置いといて!向こうにいるプロデューサーの顔が真っ青になってますよ!」
「あぁ彼はね、朝食べたおにぎりがあたったんだよ。冷凍してたヤツ。ね?!」
「まさかぁ!え、ホントだ!頷いてる!」
「と、いうわけで!そろそろお時間が近づいて参りました!プロデューサーのお腹が決壊する前に終わりましょう!」
「ではでは皆様!来週お会いできる方はまた来週に!」
「そうでない方はまた来年!」
「お会いしましょーう!」
[缶の転がる音]
室内の電気は消え、カーテンも閉められている。
大きなゴミ袋の山で半分が敷き詰められた薄暗い室内。
玄関から延びるレジ袋の群れは部屋の奥まで敷き詰められている。
玄関から程ない距離にある居間には、大量のゴミ袋の山が部屋の中央を取り囲むように盛られている。
部屋の中央には積み重ねられた缶チューハイの塔が生え、塔のふもとには丘のような毛布の膨らみがある。
塔の根元には床が見え、床には乾いた飲料の繊維が木目調に被さるようにこびりつく。
12月、外は曇り。敷布越しに伝わる床の冷たさが冬の訪れを告げるようだ。
目の前に見える缶は先週飲んだチューハイだろう。缶の側面に小さな蛹の抜け殻が付いている。
部屋の中央で静かにしていた毛布の膨らみが動く。膨らみの一部が高く盛り上がり、青年の頭がすっぽりと出てくる。
髪は何本かが束になって固まっており、頭頂部から傘のように広がっている。缶チューハイを握る手は小刻みに震え、額に付いた前髪の間から見える一重の目は黄色みがかり、床に転がるチューハイから手元に目線を戻す。
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この青年、七生ケンジは本作の主人公。20歳の年末を孤独に過ごす。半年前に大学を2年生で中退し、現在は無職。リモート授業が肌に合わなかったようで、中退時に取得していた単位数は20。しかし大学に行った意味はあった。彼は400字のコメントペーパーを即興で書ききる能力を獲得した。残念ながら就活では活用する機会が無かったが。
七生家は、珍しい苗字である他に、少し特殊な事情を持っている家庭でもある。彼の両親は彼が中退する前に死亡しており、母は自殺、父は脳出血で彼を残していった。彼には父親分の保険金と大学からの支援が残されたが、保険金だけを手に取って大学を辞めた。提出先が違うにも関わらず、退学届けを受け取ってくれた学生支援課の人の、優しい顔が今でもたまに思い起こされる。
今は貯金を切り崩し、都内のアパートに部屋を借りている。無職で活気の無い若者を受け入れてくれた大家には、貯金の半分を入居日に差し入れた。聞くと、半年まではタダで住めるというのだから感謝するべきだろう。
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手の震えが止まらない。少し飲み過ぎたようだ。しかし昨日はいったいどれくらい飲んだのだろう。ダメだ、思い出せない。
ケンジの側、敷布の上に倒れるタバコはまだ火が消えておらず、布の一部を焦がして煙を出している。
しかしもう12月か。早いな
ケンジはカーテンから漏れる灰色の光を見つめ、缶チューハイを足元の敷布に置く。毛布を肩に被せたまま玄関の方を向き、口を縛っているレジ袋を引っ張って自分の方へ寄せる。
[氷が缶に当たる音]
口の縛りをほどき、中を覗く。氷水で満たされたプールの中には缶チューハイが沈んでいる。
[氷水が動く音・水滴の落ちる音]
ケンジは缶チューハイを取り出し、内股に挟む。再びレジ袋の口を縛ると結び目を掴んで部屋の隅へ投げる。
[ゴミ袋が沈む音・壁に水が当たる音]
75点ってところか。良いリーチだったな。
[缶のフタを開ける音・炭酸が抜ける音]
ケンジの喉仏が凸凹に動き、チューハイを胴体へ送り込む。缶を伝って落ちる水滴がケンジの太ももに落ちる。
[喉仏が動く音]
ケンジは缶を高く持ち上げチューハイを飲む。ケンジの着ているシャツには髪の毛とホコリが所々に付き、お腹の辺りには茶色のシミが広がっている。
[毛布が摺り落ちる音]
ケンジを覆っていた毛布が落ち、敷布に横座りでチューハイを飲むケンジが姿を現す。
ケンジは缶を口から離すと、再び内股に缶を挟む。
寒い。毛布の外がこんなに寒いとは思いもしなかった。しかしチューハイはキンキンに限る。
[咳き込む声]
ケンジは口に手を当て、咳き込む。口から離した手には血が付いている。
ウソだろ、これは、、、少し飲み過ぎ、、、
[缶が潰れる音・倒れる音]
ケンジは上半身の力が抜けたのか、頭から前に倒れる。内股に挟んでいた缶は太ももに押し潰され、ひしゃげる。
倒れたケンジは目だけを動かし、目の前にあるペットボトルの中に浮くカビを見つける。
身体に力が入らない。口も動かない。なんだこれ、飲み過ぎたのか。
ケンジは口を半開きにしたまま血を垂らし、瞼が少しずつ下がっていく。
マズい、部屋が暗くなってきた。早く救急に、、、あっ
[微かな風の音]
動かなくなったケンジの横で燃えるタバコの煙の一部が細い線のようになってケンジの下の床に落ちていく。
[強まる風の音]
タバコから出る煙が勢いを付けて床に吸い込まれていき、室内は風の音で徐々に満たされていく。
タバコの先端が風に吸い込まれ始め、火の粉を纏ったカスが舞う。ケンジに吸い込まれるように向かうカスのいくつかが繊維に付くと、カスについた火の粉が大きく光る。
[燃える音・鳴り響く風の音]
吸い込む風は流れを変え、ケンジを囲むように大きな渦を巻き始める。渦の外側は激しく燃える火の粉で囲まれ、毛布や敷布などにも火の粉が移り始める。目の前の風に巻きあげられるように、ケンジの口から漏れる血が渦に向かって吸い込まれていく。
[破れる音・弾ける音]
ケンジの身体が液状に弾けると散り散りになり、渦に飲まれていく。渦の外側を囲む火の粉は高速で回り、環状の光を作ると、梵字を浮かび上がらせる。
[高く響く叫び声・強く吸い込む風の音]
渦は液体を取り込み厚さを増すと、薄く広がって赤黒く変色し、回転が収まって円となる。
赤と黒が互いに混じる環状の円が高音の奇声を発しながら床に広がり、床にヒビが入る。
[床板が剥がれる音]
剥がれた床板の下には穴が開き、強風が室内に入り込む。穴の下には青空と雲が広がり、遥か下には微かに草原らしき地表が見える。
[鳴り響く高音の叫び声・更に強まる風の音]
円は大きく歪み、大波のようにうねると眩しく光り、光と共に消える。
円の消えた室内で残された風が周囲のゴミや木片を巻き上げると、徐々に速度を失い、消える。
[細かな物が床に散らばる音]
円が消えた室内には散乱した残骸と静かな空間が残され、崩れた缶の塔が毛布の切れ端に沈む。
ケンジがいた場所は黒く焦げ、その焦げ目は環状に広がっている。剥がれた床板の部分には何かの焦げ目がこびりつき、穴の部分を塞ぐ。
[廊下側から響く、扉に近づく足音]
[壁の裏側に缶が当たる音]
壁越しに聞こえる男性の声「うるせぇぞ!何時だと思ってんだ!」
窓の外からヘリコプターの音が聞こえ始める。
[森上空・吹き荒れる風の音]
強い風が吹き荒れる上空。地表部分は厚い雲に遮られ、まばらにその一部が見える。
ケンジ「・・・ハッ!・・・」
[スパーク音・低く野太いうめき声]
上空に赤黒い環状の円が広がり、円が黒と赤の外環を繰り返しながら広く広がる。周囲の空が赤黒く染まり、分厚い雲をその光が照らし出す。雲の中には塔のような影があり、更にその下には建物群の影が浮かび上がっている。
ケンジ(・・・あれは、、、城?)
ケンジは背中を地表に向けて落下しており、頭を上げて雲の中の影を見る。影の横も厚い雲で覆われており、その全体は見えない。ケンジが自分の体が落下しているのに気付くのには少し時間がかかった。
ケンジ「・・・ッ!」
ケンジは徐々に遠ざかる上空の赤黒い円を見て、なんとか身体を返そうと手足を動かす。しかし下からの突風によって四肢は返らず、身体は勢いを増して落ちていく。唯一動く頭を上げると、凄まじい勢いで近づく地表部分が見える。近づく地表部分の緑の部分は、近づくうちに木々の先端だと分かる。
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ、ヤバイッ!・・・
[甲高い奇声・空気を裂く音]
ケンジのうなじ部分の血管が浮き上がり、ミミズ腫れのように身体中の表面血管が腫れあがっていく。腫れあがった血管の表面には梵字のような焼き目が浮き上がり、焼き目が光る。
[空気を裂く音・地面が割れる音・強い風の音]
稲妻のような速さで丘に衝突するケンジ。衝撃波は草木を薙ぎ倒しながら丘の草原を伝い、森の入口を形作る木々にぶつかる。衝撃波を受けた木々は角度を揃えて枝を倒し、それぞれについた葉が勢いよく散って宙に舞い上がる。